道三の手紙

橋本洋一

道三の手紙

 わしは――後悔している。


 小さい頃から何でもできた。物の計算や文字を書くことはもちろん、できないことはないってくらいだった。

 大人になっても変わらなかった。油売りから土岐氏に仕え、主から気に入られて、その上美濃国を盗ることができた。子どもにも恵まれた。

 そうして産まれたのはお前だ。義龍。

 しかし何でもできる俺が唯一できなかったのは、親として立派に子を育てられなかったことだ。

 親の背中を見て育つと人は言うが、そんなのはまやかしだ。

 あるいはごまかしだ。

 きちんと正面から向かい合って、膝を交えて語るのが子に対する親の責任だ。それを怠ったのは、ひとえにわしの無責任であるのは間違いないだろう。

 義龍。俺はお前の親であるなどと言えないだろうが、それでもまだ親の責務を果たそうとするのなら、それは死を以って償う他ないだろう。


 美濃国を二分する大きな戦を仕掛けたお前を、謀反人として殺すのは大名としての責務である。しかしそれはできぬ。わしはお前を殺すことなどできるわけがない。

 何故なら、大事な息子であるからだ。

 お前は正真正銘、わしの息子だ。わが主だった土岐頼芸さまの息子だという醜聞はあるが、それは大きな間違いだ。

 だからこそ、お前に試練を与えようと思う。

 義理の息子、織田信長に国譲り状を渡した。これは信長にとっての大義名分であると同時にお前が尾張を取るための方策でもある。

 自国を攻められて、その反攻で尾張を狙うことは至極当然のことである。もし尾張を取ることができたのなら――天下を狙える。

 お前は美濃国が第一と思っているが、他国を取ることで自国が栄えるのは道理である。わしには時間がなかった。だからこそ、天下への夢はお前に託すことにする。


 長良川で雌雄を決する――その気持ちに変わりはない。しかし、このままお前に討たれても良いと思うと同時に、一人の武将として不利な状況から生き残りたい気持ちもある。人間の本能とはままならぬものよ。

 わしはお前を無能と評したが、それは誤りだったようだ。お前は当世一流の誉れ高い武将である。最期になって認めるのは汗顔の至りだ。本当にすまなかった。

 お前は生きろ。そして天下を狙え。

 わしのように生きるな……

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道三の手紙 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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