急展開

フラワー

「昔々、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。ある日、お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に―――」


 一体、なんでこんな事になったんだろう。


「ほら、サボっていると子供達が困ってしまうよ」

「う、うん、ごめん」


 数人の子供達相手に読み聞かせをしていた会長に言われ、僕は仕方なく目の前の子供の相手をする。


「ほ、ほらおもちゃだよ」

「‥‥‥」


 あれ、もしかしてこのおもちゃダメだったかな?

 僕が小さい頃はよく遊んでいた戦隊ヒーロのフィギアなんだけど‥‥‥。

 最近の子供の好きな系統が分からない‥‥‥。

 その分会長は凄いよ。

 こんなに大勢の子供達を手懐けているんだから。

 

「これはどう?」


 戦隊ヒーローは受けないと分かったから、次はおままごとセットを渡してみた。

 どうかな?


「‥‥‥」


 だ、だめか‥‥‥。

 目の前にいる5歳くらいの女の子は僕がおままごとセットを渡すと首を傾げ、何色にも染まっていない純粋な瞳で僕の顔を覗き込んでくる。


 そんな時間が数秒経ったかと思うと、両手に大きな熊さんの人形を抱きかかえている女の子はやっと口を開いた。


「‥‥‥変な顔」


 グサっ――!


 う、うん悪意はないって分かってるけど、純粋だからこそ来るものがあるな‥‥。


「‥‥‥おじさん?」


 グサっ――!


 やばい‥‥‥僕の精神がゴリゴリと削られている気がする‥‥‥。

 実は悪意の無い言葉って一番ダメージが多いのかもしれない。


「こ、こらっあずさ君、お兄さんに向かってそんな事言っちゃダメだよ」


 子供相手に打ちひしがれていた僕を見かねたのか、読み聞かせを中断した会長が少し慌てた様子で介入してきた。

 

「‥‥‥ごめんなさい」


 会長の言葉を受けて梓と呼ばれた女の子はペコリと僕にお辞儀をした。

 そう言ったと思うと、女の子は熊さんのお人形を両手で持ったままテクテクと数歩歩いてポツンと座り、熊さん人形に向かって話し掛け始めた。

 独特な子だなぁ‥‥‥。


「すまないね‥‥‥。あの子はいつも口数が少ないんだが一旦興味を持つととことん突き詰める子でね。随分と珍しい事であるが、多分あの子は君に興味を持ったんだろう」

「そ、そうなんだ‥‥‥」


 確かに口数が少ない子だとは思っていたけど、会長がそう言うんだからかなりミステリアスな子なのかもしれない。


「おねえちゃーん。絵本のつづきー!」

「あぁ今行くよ」


 読み聞かせを中断していた会長を呼びつける子供達。

 どうやら会長の読み聞かせは人気らしく、子供たちの大半は会長の読み聞かせに集まっている。

 集まっていない子はさっきのミステリアスな女の子くらいだ。

 未だにお人形さんと会話してる‥‥‥一人二役だけど。



「‥‥‥やっぱり凄いな、会長は」


 僕は梓ちゃんの隣にポツンと座りながらそう呟いた。

 

「‥‥‥?」

「あぁごめん、なんでもないよ」


 僕の呟きを拾った梓ちゃんが首を傾げて僕を見上げてきた。

 彼女は然程興味を持たなかったのか、再び熊さん人形との会話に没頭し始めた。

 

「お婆さんが川で洗濯をしていると川上から大きな桃が流れて――――」


 僕は会長が読み聞かせをしている姿をぼんやりと眺める。

 子供達相手に読み聞かせをしている会長はとても楽しそうで、その表情は慈しみに溢れているようだ。

 そしてその表情は―――僕が今まで学校で見てきた会長の顔と何一つとして被らない。

 僕は今まで会長が笑ったのを一度たりとも見たことが無かった。

 僕にとって厳格なイメージしかない会長。いつもは厳しい顔で指示し、そして行動している印象しかないのが正直な話だ。

 

 でも、今、会長は―――――笑っていた。


 それは、偽物なんかじゃなく、子供達相手に本当に心の底から楽しんでいるのだと思う。

 子供たちが笑えば、会長が笑う。

 会長が笑えば、子供たちが笑う。

 読み聞かせ一つで、彼女はここまで人を幸せに出来るのだと、思い知った。

 キラキラとした表情の会長はただただ美しかった。

 それはきっと幻想的な、神秘的な、何か。


 やっぱり会長は凄いや‥‥‥。

 彼女に出来ない事は何もない気がする。 

 天才だ‥‥‥。 


「‥‥‥お姉ちゃんのこと好きなの?」

「っ、そんな訳ないよっ」


 なんて事聞くんだこの子‥‥‥。

 思わず吹き出しそうになったじゃないか。


「‥‥‥でもさっきからずっと見てる」

「いややっぱり凄いなぁと思って見てただけだから」

「‥‥‥ふーん」


 なんだその疑わしいものを見る目は‥‥‥。

 確かに会長の事をずっと見ていたのは認めるけど、それとこれは別だ。

 

 そもそも僕には大好きな人が――――――。


「‥‥‥」

「‥‥‥どうかしたの?」

「う、ううん。何でもないよ。……ちょっと外の空気吸って来るね」


 僕はそう言って外に出た。


「‥‥‥」


 だめだ、考えちゃ、ダメだ。

 それはとっくに諦めたはずだ。

 あとは全部、かけるに任せたはずだ。

 考えちゃ‥‥‥だめだ。


「ふぅ~はぁ~」


 深呼吸をして徐々に荒くなってきた呼吸を治す。

 そのおかげか段々と思考が楽になった気がする。

 

「‥‥‥やっぱりまだ僕は絶ち切れていないのか」


――――この思いを。


 疾うに捨てたはずの。

 割り切ったはずの。

 諦めたはずの。

 この思いを―――。



「大丈夫かい?」

「っ‥‥‥読み聞かせは大丈夫なの?」


 気付いたら会長が後ろに居た。


「あんな顔面蒼白で出て行かれたら、流石に見過ごせなくてね」

「‥‥‥もう、大丈夫だから」

「そうかい。それなら良かった」


 会長はやけに白々しかった。


「‥‥‥聞かないの?」

「訳を聞いて君は答えてくれるのかい?」


 ―――恐らく、答えないだろう。

 誰かに曝け出したら、もうこの思いは止められなくなる気がするから。

 この思いを封じるためにも、僕は言わない。


「ここはね、私にとっての楽園なんだ」

「‥‥‥?」


 だんまりを決め込んでいる僕に見かねた会長は、いきなり振り返ってそんな事を言い始めた。


「可愛い子供たちに囲まれて、な者に囲まれて、私はこの場所に救われたんだ」

「‥‥‥会長が、救われた?」

「あぁ。ここがどんなに世間的に疎まれる場所だろうが、私にとってのこの場所は楽園なんだ」


 そう言った会長は、やけに自信満々な表情でこのにゆっくりと目を向けた。


 そこには―――、




『児童養護施設』



 ―――そう、書いてあった。



 ◇


 

 事の発端は、放課後のある出来事だった。


 会長が僕の家に上がってあんな事をした次の日だから、何となく気まずいものがあったけど何とか勇気を振り絞って学校に行った。

 やっぱりこんな顔だから僕は登校中も色んな人の視線を浴びまくった。

 出来るだけ見られないように俯きながら登校したけど、やっぱりそれにも限度がった。


「次は辞書使うから無い奴は図書室から借りて来いよー」


 休み時間に国語の先生からそんな報告を受けた僕は、慌ててバッグを開いて辞書があるか確認した。

 案の定そこには辞書が無く、僕は出来れば行きたくない図書室に行くことにした。

 でも考えてみれば休み時間にも会長があの図書準備室に居るはずもなく、そこ難なく辞書を借りることが出来た。


 ただ問題だったのは、辞書を返しに行く放課後の事だった。


 放課後になり辞書を返しに図書室に入ると、そこにはカウンターに座って受付をしている会長が居た。

 

「‥‥‥」

「‥‥‥」


 目が合って数秒間二人して時が止まったかのように静止した。


 僕はこのままじゃ埒が明かないと思い、そっとカウンターに辞書を置き、返却の手順を踏もうとした。


「や、やぁ」

「ど、どうも」


 き、気まずい‥‥‥。

 どうやら会長も僕と同じ気持ちなようで、彼女にしては珍しい苦々しい表情をしている。


 ぴっぴっ。


 バーコードを読み取る機械音だけが図書室に響く。

 返却自体はすぐ完了したので早々に立ち去ろうと思った矢先―――。 


 ばたんっ!


「りーーーん!!ごめん!今日私”フラワー”行けなくなった!」


 図書室のドアを勢いよく開いたのは会長の事を下の名で呼ぶ女子生徒だった。

 ブロンド色の髪をサイドアップにした勝気な印象を受ける女子だ。


「こら愛奈。図書室では静かにしないか」

「ごめんってば。それより私急用で今日”フラワー”行けなくなったの。凛一人でも大丈夫?」

「え?別に私は大丈夫だが‥‥‥」

「ホント!?ごめんね凛、明日は絶対行くか―――きゃああああああああ!!!」

「「っ!?」」


 な、なんだ!?


「か、怪物!?」


 あ、僕か。


「こら愛奈!!今すぐ謝れ!」

「えええ!?なんでそんなに怒ってるの凛!?」

「いいから早く!」

「う、うん。ごめんなさい?」


 未だ困惑している様子の会長の友達は、明らかに納得は出来ていないが一応謝った。


「べつに全く気にしてないんで大丈夫ですよ」


 ‥‥‥正直、この人から悪意が全く伝わらないから本当に気にしていない。

 それに仮に僕が逆の立場であっても多分同じ反応をしていたと思う。

 こんな顔だからね。


「すまない。愛奈は別に悪気があった訳じゃなくてだな‥‥‥」

「凛が人に謝った!?」

「その出来れば許してほしいのだが‥‥‥」

「凛から覇気が感じられない!?」

「‥‥‥さっきから煩いぞ愛奈」


 一体何なんだこの人は‥‥‥まるで一人漫才してるかのようだ‥‥‥。

 

「むふふふふふっ思わぬ所で面白い人材を発掘してしまったようだ‥‥‥!」


 なんか変なキャラになってるし‥‥‥。


「君凄いよ!凛にこんな顔させるなんて!私でも初めて見たよ!」

「は、はぁ」


 そうなんだ‥‥‥。


「君一体何者だよ!‥‥‥あ、もしかして凛ってBせ――」

「こら愛奈いい加減にしろ!困ってるじゃないかっ」

「むぅ‥‥‥凛がそこまで言うなら今日の所はここまでにしておいてあげるよ」


 出来れば今日限りにして欲しいんですが‥‥‥。


「あ!私いい事思いついちゃった!」

「また意味の分からない事を言い出すは止めてくれよ愛奈‥‥‥」


 僕の事凄い凄いって言ってたけど、会長をここまで疲れさせるこの人も中々凄いんじゃ‥‥‥。

 

 そして愛奈さんはニタニタとした表情で僕へ指差し、こう言った。




「――――私の埋め合わせを君に命じる!凛と一緒に”フラワー”に行ってくるんだ!!」

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