ただただ平凡で
僕は今、会長を前にして正座している。
そして会長も正座している。
僕も彼女も一言も言葉を発さない。
あるのは居心地の悪い―――何かだけ。
何故こんな歪な状況になったと問われれば、僕にもそれは分からない。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
けどたった一つ分かることがあるとするならば、それは会長から滲み出る雰囲気のせいだろう。
余りに剣呑な様子の会長は、今の僕にとって荷が重すぎる状況だ。
形の良い眉はハの字に曲がり、彼女の性格をそのまま表したかのような少しつり目の瞳はシュンと下がり、普段の会長からは想像もできないような顔をしている。
僕は図書室で会長に会った時、眩しすぎる会長を直視することが出来ず俯きがちに会話をしていた。
僕とは全く違う世界を生きていると、瞬時に理解したから。
だけど今の会長は明らかにあの輝きを失っている。
だから僕は今、会長を真正面から見ることが出来るのだと思う。
「‥‥‥その、会長。何か用があって来たんでしょ?」
険悪な雰囲気に耐え切れなくなった僕は、遂に初めて言葉を発した。
「あ、ああ、すまない。少しぼんやりとしていたようだ」
「‥‥‥そう」
……どちらかというと、僕には会長がぼんやりしているというより、何か考え事をしているように見えた。
思案顔で、何かを探っているような―――。
「まず最初に、君の家にお邪魔させて頂いた事に礼を言うよ。どうもありがとう」
そう言って、彼女は頭を下げた。
「いや、別にそれは大丈夫だよ。妹が無理やりした事だから‥‥‥」
「まさか君の妹があの1年の国竹玲奈君だとは思いもしなかったよ」
「はは…そう、ですよね」
それは、そうだよ。
僕はブサイクすぎる。
玲奈と僕が兄妹だなんて、世界中どこ探しても信じる人は一人もいないだろう。
「会長。出来ればなんだけど、僕と玲奈が兄妹って事、誰にも言わないでくれるかな?」
僕と玲奈が兄妹だという事は、あまり知られたくない。
それは勿論玲奈の為を思ってだ。
僕みたいな気持ち悪くて醜い男が兄だと知られたら、玲奈が余りに可哀そうだ。
玲奈はブサイクな僕に普通に接してくれているけど、心の中では多分、僕には近づきたくも無い筈だ。
小さい頃から玲奈は心優しい子だった。
だから僕を気遣ってくれていると思う。
それがどうしよもなく嬉しくて、同時にどうしようもなく怖い。
もし兄妹だということがバレれば、玲奈に何かしらの被害が及ぶかもしれない。
それは絶対に阻止しなければいけない事だ。僕が命を賭けてでも玲奈を守らなければいけない。
玲奈には辛い思いをして欲しくないから。
「それは良いのだが、理由はあるのかい?」
会長ははてな顔で僕に聞き返してきた。
なぜ僕が玲奈との関係性をバラしたくないのか分からないのだろう。
いつもは勘が良過ぎるくらいなのに、なんでこのくらいの事が分からないんだろう。
それとも、分からないふりをしているのだろうか。
「‥‥‥いや、何でもない。今のは忘れてくれ」
「は、はぁ」
会長は自分で質問してすぐ、再び思案顔に戻り取り消した。
やっぱりこの人は分からない人だ‥‥‥。
「玲奈君は優等生で、私もかなり前から目を付けていたんだよ。あわよくば生徒会に入って欲しかったのだが、どうにも。玲奈君はいつも家に早く帰るからね。勧誘しようにも出来なかったよ」
‥‥‥なんでそんなに玲奈の事を知っているのかは置いといて、玲奈の帰宅が早いのは本当だ。玲奈は部活に所属していないから放課後は真っ直ぐに帰宅するらしい。
だから今日も、僕はかなり早く家にたどり着いた気がするけど玲奈は既に家に居た。
【命分け】を使っても、それは変わらないらしい。
少し、嬉しかったのは事実。
変わらないものは確かにあるんだ。
そう、思った。
「‥‥‥会長は僕の妹の話をしにきたんですか?」
しびれを切らした僕は会長に問うた。
会長は決してこんな話をしにきた訳じゃ無い筈だ。
彼女程の人間が、妹の話をしにくるはずがない。
「‥‥‥そうだね。すまない。私とした事がどうにも緊張しているようだ。慣れない事はするものではないね」
「‥‥‥?」
会長が、緊張している?
あの完璧超人の会長が?
そんなバカな‥‥‥‥。
「単刀直入に言うと、私は君に謝罪をしにきたんだ」
「謝罪?」
「ああ、先程私は、君に対して人としてしてはイケない事をしてしまった。君を傷つけてしまうと分かっていて、それでも私自身の興味を優先させてしまった。本当に最低最悪な事をしてしまった。本当に‥‥‥すまない」
会長は最後まで言い切った後で、予想外の行動に出た。
「っ‥‥‥!?」
会長はその場で膝を折り、そして綺麗に揃えた両手を床につけた。
所謂――――土下座だった。
「これで許して貰えるとは思っていない。私に出来ることは何でもする所存だ。なんでも、言ってくれていい。本当にすまなかった‥‥‥」
会長は深く土下座したままピクリとも動かずそう言った。
腰まで伸びた彼女の綺麗な艶髪は、今の心情を表すかのように、滑らかに、ただひたすらに、垂れていた。
「本当にすまない」
「っ」
‥‥違う。違うそうじゃない。
そんなものじゃない‥‥!
僕が欲しいものはそんなんじゃない!
会長の土下座なんて!
完璧超人の謝罪なんて!
僕はそんな大それたものが欲しいんじゃ無いんだ!
もっと平凡で、もっとなだらかで、僕には勿体無すぎるくらいに滑稽で醜くて酷くてダサくて泥臭くて、そんなもので十分なんだ!
なのになんで、なんでこんなことになるんだ‥‥‥。
僕なんかに関わるから、会長はこんなに目になるんだよ‥‥。
僕はただ――――、
「っ‥‥‥なんで君が、泣いているんだい?」
――――平凡に生きたいだけなんだ。
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