彼女は誰も呪わない

えう

第1話 異質な彼女

はじめて彼女を見たのは、コンビニでのアルバイト中だった。


違和感、といえばよいのだろうか。

何かがいつもとは違う、少し気持ちの悪い感覚。


僕の立っているレジの位置から、ガラス越しに横断歩道が見える。

距離にして50〜60メートルくらいだろうか。

あの横断歩道を渡った反対側の歩道に、ひとりの少女が立っていた。


黒髪のロングヘアに黒いワンピース。ワンピースは肩が露出するキャミソールタイプで、スカートの丈は膝よりも少し短い。腕や脚は細く、透き通るように白い。

顔までは見えないものの、その姿や形におかしなところはない。


それでも彼女は、明かに普通ではなかった。


なぜなら、彼女はあの場所からずっと動いていない。

ずっと、というのは5分や10分どころの話ではない。

正確には、僕が今日アルバイトをはじめた正午12:00から、今現在の15:15まで、最低でも3時間以上、あの場所で微動だにしていないのだ。


はじめは、ただの待ち合わせか何かだろうと軽く考えていた。

だがおそらくそうではない。

彼女には誰かを待っているような素振りが一切ない。

周囲をきょろきょろと見回したり、携帯を取り出して確認したり、そういった動作もなくただひたすらじっと固まっている。


いつもこのレジの位置からあの横断歩道を見ているから分かる。

そもそも、普通の人はあんな所で意味もなく立ち止まったりしない。


このコンビニが面している道路は、駅と住宅街をつなぐために作られたものだ。

ゆるやかな坂道になっていて、下れば駅があり、上れば住宅街がある。

歩道を歩くほとんどの人たちにとっては、そのどちらかが目的地であって、あそこは通過点でしかない。

信号待ちなどで一時的に立ち止まることはあっても、何時間も立ち続ける意味などないはずだ。


アルバイト中、レジや品出しをしながらちらちらと横断歩道に目をやるたびに、嫌でもあの黒いワンピースが僕の視界に入る。

蟻の群れの中に一匹だけ違う虫が紛れ込んでいるような、そんな違和感。

彼女の存在は、その他大勢の中にあってただただ異質なものに見える。


「お兄さん、レジ」


「あ、すみません、どうぞ」


彼女を見ていて、レジに並ぶ客に気付くのが遅れる。

僕は慌ててカウンターに置かれた商品のバーコードを読み取る。


「あと、154番のタバコをひとつ」


タバコは万引き防止のため、レジの後ろの棚に置いてある。

僕は後ろを振り返り、指定された番号の棚からタバコを一箱手に取る。


「こちらでよろしいですか」


「うん」


客に確認してからバーコードを読み取る。

黒いパッケージが特徴的な、JPSという銘柄のタバコだ。

僕はこのコンビニで半年ほどアルバイトをしているが、手に取ったのは初めてかもしれない。

あまり人気のない銘柄なのだと思う。


「2点でお会計、620円です」


客がポケットから財布を出す。

僕は商品をビニール袋に入れながら、もう一瞬だけあの横断歩道に目をやる。


……いない。


僕が目をはなした一瞬のうちに、彼女はいなくなっていた。

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