カンニング!

黒うさぎ

第1話 消しゴム

「筆記用具以外の物はしまえよ」


 榎本先生の指示に従って教材の類いを片付けていくクラスメイトたち。

 私も当然その指示に従う。


「それじゃあ始め」


 そして私と榎本先生の熾烈を極める闘いの火蓋が切って落とされた。


 ◇


 榎本先生は授業開始直後に必ず小テストを行う。

 その時間こそ、私の求める戦場に他ならない。


 テストをするからにはいい点をとりたい。

 でも答えがわからない。

 こんなとき、誰しも一度は脳裏をよぎったことがあるだろう、その甘美な誘惑が。

 そう、カンニングだ。


 絶対禁忌とされ、場合によってはその場で即留年が決定するというあまりにもリスクの高いその行為。

 一時の利益のために行うには重すぎる罰則故に、多くの者は理性をもってその誘惑を断ち切ることだろう。


 だが、私こと御堂楓は違う。

 カンニングはバレなければカンニングではないのだ。

 先生の目を盗んで行われる絶対禁忌のその行為。

 平和な日本で身近に潜むスリリング。

 一度味わってしまえば、決してやめることのできない、まるで麻薬のような多幸感。


 私はカンニングがしたい!


 さあ榎本先生、いざ尋常に勝負!


 ◇


 静かな教室にカリカリとペンを走らせる音だけが響く。


 そんな中、私は余裕の笑みを浮かべていた。

 今日の仕込みは完璧だ。

 これならあの榎本先生にだって見抜けまい。


 私は間違えたところを消す振りをして、そっと消しゴムに視線を向けた。

 そう、今日のカンニングアイテムは消しゴムだ。


 消しゴムでカンニングなんて、ありきたりだって?

 私を侮ってもらっては困る。

 私はカンニングを愛し、カンニングに愛され、カンニングの為に狂おしいほどの時間を捧げてきた御堂楓であるぞ。


 ただ消しゴムに単語を書き込むだけのビギナーと一緒にしてもらっては困る。


 私の仕込みはこうだ。

 まず新品の消しゴムを用意する。

 正確には使用済みでも構わないが、あまり使っていないものの方が好ましい。

 なぜなら今回使うのは消しゴムのケースの部分だからだ。

 消しゴムの大きさに合わせて、ケースを切ってしまってはケースが小さくなってしまうからな。


 私が用意したのは誰でも一度は見たことがあるだろう、青、白、黒の配色でお馴染みの消しゴムだ。


 初めにこの消しゴムのケースを外して展開する。

 次にスキャナーでデザインの読み取りを行う。

 そして読み取った消しゴムのケースに単語を書き込んでいく。


 もちろん、無暗やたらに書き込むわけではない。

 書き込むのは四面ある内の一面、使用上の注意書きがある面だけだ。

 元々印字されている注意書を白塗りにして消し、その上からフォントや文字数を合わせたカンニングワードたちを書き込んでいく。


 後はこれを写真としてプリントアウトし表面に透明なテープを貼って組み立て、元の消しゴムにはめ直せば、あっという間にカンニング消しゴムの出来上がりだ。


 この消しゴムの利点はパッと見普通の消しゴムと差異がないことだ。

 時折机の間を巡回する榎本先生でも、さすがに一瞬で消しゴムに印字されている文字は読み取れまい。


 この勝負、私の勝ちだ!


「はい、そこまで。

 後ろから答案用紙送ってくれ」


 やり遂げた達成感に浸りながら、答案用紙を前に回す。


「あ、そうそう。

 御堂は後で準備室な」


(何っ?

 呼び出しだと!)


 まさかカンニングがバレたのか?

 いや、私に落ち度はなかったはず。

 それなのにいったいなぜ。


「先生、どうしてですか」


 平静を装い、榎本先生に尋ねる。

 万が一にもカマをかけられている可能性があるからだ。


「どうしてってお前なぁ。

 机の上に消しゴムを30個も並べているのは、いくらなんでも不自然だろう」


「なっ……」


「それじゃあ授業を始めるぞ」


 こうして本日の闘いは御堂の敗けで終わった。


 ◇


「失礼します」


「おう、来たか。

 ほら、今日の分。

 同じ範囲から適当に違う問題作ったからやってみろ。

 もちろん、カンニングなしでな」


「はぁ……」


 カリカリカリカリ……


 一度も止まることなく紙の上を滑るシャーペン。


「できました」


 そしてものの数分で全ての問題を解き終わる。


「どれどれ……。

 うん、全問正解だな」


「それじゃあ私はこの辺で……」


「ちょっと待った、御堂」


「なんですか?」


「お前、どうしていつもカンニングなんかしようとするんだ?

 成績いいんだから、カンニングなんてしなくてもいい点とれるだろう」


 なんだ、そんなことか。


 私は榎本先生と向き合った。


「先生、先生は一つ勘違いをしています」


「勘違いだと?」


「私は別にいい点数をとりたくてカンニングをしているわけではありません」


「だったらいったい、なんのために」


「私はカンニングをしたいからカンニングをしているんです!」


「はぁ?」


「失礼します」


(決まった!)


 私はスカートの裾をひるがえし、さっそうと準備室を後にした。




 この物語はカンニングに魅入られた一人の少女による、闘いの軌跡である。



 

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