後宮の守護剣姫 〜陰謀渦巻く後宮にて、友の処刑を回避せよ〜
由岐
第一章 親友の婚儀と不穏な報せ
第1話 鐘家の姫君
その昔、東の大陸にて最大勢力を誇る
叡賦帝国の皇帝・
それから二十年余りの月日が流れ、高齢であった嶺游が崩御した。
先代に代わって叡賦帝国の新たな皇帝に即位したのは、若き龍と呼ばれし
嶺明は先代とは異なり、争いを嫌う性格であるらしい。
先帝・嶺游が健在であった当時は、古くから皇族に仕える
けれども、鐘家の治める帝国最西端の
それこそが近年発生している小競り合いの原因であり、その解決に奔走している者こそが、大将軍の一人娘・鐘
「それは本当なのですか、父上!」
父の口から飛び出した話題に、鈴綾は驚愕の声を上げた。
「ああ。
絹のように滑らかな黒髪を腰まで届く三つ編みにし、武官の娘に相応しい凛とした顔立ち。帝国最強と
そのうえ戦場に立てば一騎当千の活躍を魅せてしまう鐘家の姫君は、例えどのような敵が相手であっても、何者をも恐れない。
丁度その頃から、鈴綾の活躍は国中に知れ渡るようになった。
と同時に、まだ二十一である鈴綾への縁談はパタリと止んでしまっている。
いつしか叡賦帝国の天才
西の暴動を鎮圧した後、鈴綾と銀魄親子は蘭白州にある鐘家邸にて戦後の身体を休めていた。
更に銀魄は、目をまん丸にさせた鈴綾に続けざまに言葉を続けた。
「我も参列を命じられておる。当然の事、これは皇帝陛下直々のお言葉である」
「陛下と、
鈴綾にとって、この話は「まさか」というよりも「遂に」という感想が正しかった。
時の皇帝嶺明と、蘭白州に隣接する
鈴綾にとってその
何故なら鈴綾と桃香は、物心ついた頃からの幼馴染であるからだ。
武芸に秀でた男勝りな鈴綾とは対照的に、
鈴綾が戦に出るようになってからは、会う機会がめっきりと無くなってしまっていた。
だが国を挙げての婚礼の儀ともなれば、軍事において帝国には欠かせない存在となっている鐘家は、そう簡単に蘭白州を離れる訳にはいかない。先の暴動はすぐに鎮圧出来たが、叡賦帝国には敵が多い。またいつ似たような争いが始まるか、予測もつかないのだ。
それならばせめて、大切な幼馴染である桃香にとびきりの贈り物を届けさせねば……!
あれはどうか、これならどうだろうかと脳内で一人会議を開催する鈴綾。すると、
「……なあ、鈴綾」
「は、はい! 何でしょうか、父上」
脳内会議を中断させた父の言葉に、鈴綾は慌てて居住まいを正す。
「我の代理として、都にて婚儀に参列してくるつもりはないか?」
「私が父上の代理を……⁉︎」
「うむ! ……桃香の花嫁姿、その目で見届けてくるが良い」
「父上っ……!」
桃香の父親である奏
その縁もあって、鈴綾と桃香は幼い頃から交流があり、自然と二人の仲が縮まっていったのだ。
そんな幼馴染の努力の日々が身を結ぶ晴れ舞台に、銀魄は鐘家の当主代理として、鈴綾の婚儀への参列を認めてくれた。それがどれだけ鈴綾にとって嬉しいことか、銀魄もよく理解しているからこその判断だった。
「ありがとうございます、父上! この鈴綾、父上の代理として……そして桃香の一番の友として、彼女の晴れ舞台をしかと見届けて参りますっ!」
それから間も無くして、都に皇帝と金華州の姫君の婚礼の日取りが告知され、その報せは瞬く間に各地を伝わっていった。
*
叡賦帝国の皇帝は代々世継ぎを残すべく、後宮にて各地より集めた麗しい姫君と愛を育んできた。
当代皇帝・嶺明も例外ではない。多くの
桃香を加えた三人の上級妃の中から、誰が次代の皇帝の子を産み皇后へと格上げされるのか──
そんな女同士の厳しい社会に放り込まれる友。鈴綾は少なからず不安を抱えながらも、将来の皇后候補として熱心に努力してきた桃香の幸福を願っていた。
……けれども鈴綾のその不安は、思わぬ形で的中してしまう。
遂に皇帝と桃香の婚礼の儀を間近に控えたある日、上級妃の一人である
彼女の死因は公表されていない。けれどもその報せは、どこからか都の民草にまで漏れ聞こえている始末なのだとか。
蘭白州から都までは、かなりの距離がある。鈴綾が祝籃の死を知ったのは、都への移動中のことだった。
そんな中でも、桃香の婚儀は予定通り進むのだろうか?
祝籃の死因が病によるものなのか、それとも暗殺なのかも不明な現状。宮中のみならず都全体が混乱しているであろう時でも、二人の婚姻を推し進める必要に迫られている。
その最も大きな理由が、現皇帝・嶺明の後継者問題だ。
まだ子供の居ない若き皇帝に、一刻も早く世継ぎを……という周囲からの圧力があるのだろう。
それでなくとも叡賦帝国は、先代皇帝の手で引き起こされた二十年前の戦争によって敵が多いのだ。万が一にも嶺明の身に何かがあれば、指導者を失った帝国は衰退の一途を辿るはず。
「これも、国の未来の為に必要なことなのだろう。それでも……」
都行きの馬車に揺られながら、鈴綾は友を想った。
安全が保障されない後宮へ移り住もうとしている桃香は、きっとその恐怖に震えている。
いつ自分も祝籃と同じ道を辿ってもおかしくない、そんな場所でこれから生きていかねばならぬのだから。
一日でも早く都へ着かないものかと、鈴綾は傍らの愛剣をぎゅっと握り締めながら、焦燥に駆られるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます