第三十一話 青春の旅路10



 綺羅坂の父親、綺羅坂怜弥がホテルを去ってからのことだ。


 優斗と二人で気まずい雰囲気の中、談笑する気にもなれずに適当にベンチに二人して腰かけていると、一階に桜ノ丘学園の生徒達が賑わい始める。


 時刻を確認すると、既に夕食の十五分前になっていた。

優斗と肩を並べて会場へ向かう生徒達の後ろに続く。


 一階のホールに続々と生徒達は集まっていた。


 別段、他にやることもないので流れに身を任せて夕食を食べる席を探す。

 自由席になっていることから、多くの生徒達は塊で腰を掛けていた。


 逆に空いているのは、小さな四人掛けや大きなテーブルでも二人程度が座ることができる程度で、いまいち良い席は見当たらない。


 個人席とかはないんですかね。

 ホールの出入り口で立ち尽くしながら、中を見回していると入口後方から来た生徒に腕を引かれる。


「こっちに座りましょう!」


「……おう」


 入口から二人並んで入ってきたのは雫と綺羅坂だった。

 俺の腕を雫が引いて、その後ろを綺羅坂が無言で付いて歩く。


 優斗も何も言うことなく、自然とこちらについてくることから、同じ席に座るつもりなのだろう。


 気が付いた綺羅坂が振り返り問うた。


「あなたは床でも座っていなさい」


「俺は犬かな……同席させてくれないか?」


 苦笑して、慣れた様子で綺羅坂の言葉を受け流すと優斗言った。

 綺羅坂は一瞬、とんでもなく嫌そうな表情を浮かべたが、こちらに振り向くと溜息を零して何も言い返すことはなく歩みを再開させる。


 それを、許可の合図と受け取って優斗も意気揚々と後ろから付いて歩く。


 ……なんか、主従関係でも出来上がっているのでしょうか。

 雫に連れられる中、ふと思ってしまう。


 空いていた四人掛けのテーブルを占拠すると、席順は俺の隣に優斗。

 対面して雫と綺羅坂が腰かける。


「神崎さん、こっちで一緒にどう?」


「荻原君も来なよー」


 大きなテーブルを誰よりも先に独占していた学内カーストの高い生徒が二人へ声を掛ける。

 金髪に赤髪に緑に黄色、おいおいここはどこの花畑でしょうか。

 いくら頭髪の指定がないからと、二年生は少々浮かれ過ぎではないだろうか。


 大きなテーブルに意味ありげに残された二つの席。

 隣り合わせになり、女子が左側に男子が右側に挟まれる形で並ぶ。


 当然、自分達と共にすると思い込んでいるのだろう。こちらに嘲笑すら浮かべていた。

 そんな場所じゃなくて、こちらに来ればいい。


 室内の隅に腰掛けたのを笑われているような反応に、二人は首を横に振る。


「無理して皆さんと一緒に食べる必要はありませんので」


「ごめん、先に約束していたんだ!」


 互いに微笑を浮かべていたのだが、言葉は自然と両極端なものだ。

 棘のある拒絶を珍しく見せた雫に対して、優斗は穏便に済ませるように言葉を選ぶ。


 どちらが正しいわけでもないが、誘った生徒側は不満そうにこちらを見る。

 いや、こちらをというよりかは、俺を見ていた。


 綺羅坂でもなく俺。

 理由は単純で、彼らにしてみれば楽しい修学旅行の夕食会を邪魔する障害は真良湊なのだ。

 

 優しい男子高校生諸君ならば、俺に構わず先に行け的な発言をすることだろう。

 生憎、気の利いた系男子に育った覚えはない。


 二人が中央のテーブルのグループを断り、腰かけたのを確認すると向けられた視線に一瞥もくれることはなく視線を外す。




 全生徒が席についてたのを確認すると、学年主任が一言一日目を終了するにあたっての挨拶をしてから、沖縄の料理が振舞われた。


 沖縄そばにタコライス、マンゴーなどのジュースも飲み放題で、四人で少しずつ分け合って個人個人の好みを話し合う。


 一番疑問だったのが、肉料理だ。

 ポークソテーの上に紫芋のムース的なのが乗せられた一品。


 神奈川県甘党選手権でも上位入賞は間違いないと言われている真良湊君ですら、この味には理解を示すことが出来なかった。


 何故、しょっぱいと甘いを混ぜてしまったのか。

 口に入れた瞬間、頭の上には疑問府が浮かんでいたことだろう。


 考えた人は、きっと奇想天外な発想をする方に違いない。

 しかし、普段口にする料理とはどれも少し違い、土地勘のある面白い夕食となった。


 腹ごなしも終わり、後は風呂に使って寝るだけ。

 ホテルのホールから出て、廊下を歩いてると雫が言った。


「もしお暇でしたらシーサー作りに参加しませんか?」


「……何、ここで作れんの?」


「はい! 七時から小ホールで希望生徒は体験できるらしいですよ」


 雫が楽しそうに言っているのを見て一考する。

 この後は、本当に予定はない。


 部屋に帰って適当に小説でも読んで寝ようかと思っていたくらいだから、暇つぶしには良いかもしれない。


 目線で優斗と綺羅坂にも尋ねると、二人も頷いて参加の意思を示した。


「んじゃ、七時に集合だな……」


「了解です! 行きましょう綺羅坂さん」


「はいはい、せっかちな人ね」


 雫は身を翻して女子の部屋がある三階へと足早に戻る。

 そのあとを綺羅坂が呆れたような息を零して続く。


「ちょっといいかな」


「……?」


 俺達も一度部屋に戻って汗を流してから再び一階へと戻ろうと歩みを再開した時に後ろから突然声を掛けられた。


 声は女子生徒のもので、俺ではなく優斗だろうと最初は振り返ることもなく立ち止まる。

 しかし、横目で優斗が話を始めていないことに疑問を思い振り返ると、そこにいたのは昼間に写真を撮ってあげた宮下の姿があった。


「何か用か……?」


 俺から問うと、隣に立つ優斗に彼女は視線を向ける。

 少し恥ずかしそうに、そして意味のある視線だった。


「あぁ、俺は先に戻っているから二人でどうぞ」


「ごめんね、荻原君」


「気にしないで」


 彼女が向けていた視線が、俺と二人で話がしたいという意味であったことに気が付いた優斗は、気を利かせてこの場から立ち去る。


 むしろ、俺はそばにいてもらいたいのを察してもらいたかった。

 おい、何年の付き合いだ。


 それくらい分かってもいいだろう的な視線を向けると、「がんばれよ」的な暖かい瞳を向けられる。


 ダメだ、こいつは脳内がピンクだらけの青春野郎だ。


 優斗の姿が視認できなくなるまで二人で立ち尽くすと、宮下は周囲に気を配る。

 この二人きりの状況は見られたくないのだろう。


 人影の少ない売店裏の通路を指さすと、誘導するように先を歩く。



 移動した先で壁面に体を預けて何用かと思い、待っていると宮下は小さな声音で話を始めた。


「今日は……ありがとう」


「写真の件か?……それなら別にお礼とかいらないから」


 むしろ、あの複雑な状況で彼女を一人置いて行った方が後味悪いから。

 同じ班だし。


 雫や綺羅坂なら別に気にしないのに、いざよく知らない女子生徒を対面すると声は低くなり視線は下に向けられる。


 コミュニケーション能力の低さが露呈してしまう。

 でも、そんな気にもする必要のない用事の為に二人きりの状況を作るとは思えずに続く言葉を待っていると、彼女は胸の前で小さな手を合わせていた。


 何かを決意しているような仕草に、思わず息を潜めた。

 自分の中で、何か決意が固まったのか弱々しかった瞳には生気が宿り、合わせた手には力が込められている。


「真良君にお願いがあるの……!」


「……」


 そう宮下は口にした。

 瞬間、脳裏にはとある情景が浮かぶ。


 また、これなのか……。

 記憶に強く残り、時と状況の変化を経て薄らいでいたはずの情景。


 忘れさせまいと、思い出させるかのように時間は進む。

 この先に彼女が発する言葉は分かっている。


 何を求められるのかも分かっている。

 だが、強く決意の籠った瞳を向けられて、待ったをかけることができなかった。


「私、荻原君のことが好き……だから協力してほしいの!」


 館内の騒然とした賑わいなど嘘のように、俺の耳には彼女の言葉だけが響きわたる。

 同時に、俺と優斗の間で止まっていた歯車が、再び動き始める、そんな予感がしたのだ。




 

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