第三十話 開幕22
「……」
真良湊君の人生において、最大級に真面目だった自信があるのだが、苦笑を零されるとは想像を斜め上に超える反応だ。
しかし、三人は一つの見解を持って否定を口にする。
「君は慣れ合うというもの自体に不適合だ」
「えぇ……ストレート過ぎません?」
「事実だから仕方がないのよ」
一つ年上だからと、直球な意見を告げた先輩に半目で少し睨んで見せるが、反対から短く事実だと告げられる。
それに雫までが頷いている時点で、否定する要素がなくなってしまった。
多数決で勝てませんでしたからね。
「湊君は一つ勘違いをしています」
人差し指を立て、雄弁に語る雫に視線を向ける。
安心してもらいたい、間違いなど一つで済むはずがない。
人生の大半を間違えている自信がある。
「湊君は私達のことを思って変わろうと、何かしようと思ってくれているのでしょうが、それは無用な気遣いです」
口元に微笑を浮かべて、雫は言い放つ。
小さく口を開けて、告げられた言葉に唖然としていると、言葉は紡がれる。
「私達が湊君を変えることが必要であって、その逆はありません……私達は本来の湊君に惹かれてここにいます」
「むしろ、こちらが変わることを君に示すために神崎はここへ呼んだのだろう?」
何を今更と言わんばかりに、会長は呆れ気味で口を開く。
手摺に添えていた手を口元に充てて、栗色の髪を輝かせて会長は視線で雫に問うた。
だが、雫の声よりも先に中庭のステージに立つ生徒の声が校内のスピーカーを通じて反響する。
『それでは、今年度のミスコンの発表を始めたいと思います!』
そう司会の生徒が声高々に宣言すると、生徒たちの歓声は最高潮へと昇る。
誰が選ばれるのかは大半の生徒が分かっていながらも、その名前が呼ばれるのを皆が待つ。
わざとらしい仕草で、司会は手元の集計用紙を開くと大きく息を吸う。
『今年度のミスコンは……史上初男女共に二連覇の荻原優斗さんと神崎雫さんです!』
歓声と拍手が学校全体に広がり、近隣の住宅にも優に届いているであろう大きな盛り上がりを見せる中庭で、二人の名前が告げられた。
優斗は中庭の中央らへんで生徒に囲まれ騒いでいた。
女子生徒はまるで自分の推しメンが選ばれたように喜び騒ぎ立てる。
男子も似たような反応だが、女子生徒よりも落ち着いてはいた。
優斗が司会に誘導されて壇上に上がるが、ミス桜ノ丘学園は現在屋上でございます。
どうするの?なんて意味の籠った視線を送るが、彼女は微笑むだけだった。
『神崎さん?神崎雫さーん?ステージへお越しください!』
中庭のどこかで生徒に囲まれていると思っていたのだろう、司会は周囲を見渡すとそう言った。
しかし、そこには雫はいない。
だって、屋上にいるもの。
「さっき湊君と話してから考えていました……私が湊君に振り向いてもらえるにはどうすればいいのか、何を変えればいいのか」
手摺に両手を置いて、下の光景を眺めながら静かにつらつらと言葉が続く。
表情は自然で、彼女の中で一つの答えが出ていたのだと思った。
未だに雫を呼ぶ生徒たちの声が続くが、屋上だけは別の世界のようだ。
雫の声だけに全員が耳を傾けている。
屋上に吹いた風は肌寒く、雫の長い黒髪を撫でた。
彼女の口元からは白い息が零れ、夕日と相まって儚い存在のように見える。
隣で綺羅坂も、流し目で雫を見つめて片手では髪を抑えて、もう片手で制服のスカートが乱れないように留めていた。
雫の言葉に、思わず息を呑んだ。
彼女にとって、何がそこまで強い動機を生み出しているのか。
俺の考え方と雫の考え方では何が違うのか。
おそらく、根本的な所で違うのだ。
それが、どうしても今の状況だからこそ問うてみたかった。
「なんで、そこまで俺にこだわる」
短く、端的に質問を投げかけた。
彼女の中で、何か大きな理由があるのか、それとも単純なものなのか。
返ってきたのは一言だった。
「幼馴染だからです」
優しい声音と表情に、それ以上何かを問うことができなかった。
それくらいに純粋な感情を向けられていた気がする。
「湊君が否定しても、私にとっては唯一無二の存在です。誰が何を言おうと私にはあなたが特別です」
そう語ると、彼女は中庭が見えないベンチの場所まで移動する。
本来、自分が上がるはずだった壇上から目を背けるように。
「きっかけとかは些細なこと、それは周囲の評価も同様です」
袋の中から一つお茶を取り出すと、綺羅坂さながらの流し目で大胆に言い放つ。
しかし、その張り詰めたような表情も一瞬の出来事で、すぐに普段の朗らかな笑みへと変わる。
その豹変ぶりに、彼女の本性の一端を垣間見た気がする。
……女性を怒らすと怖いというのは、本当だから気を付けよう。
「私もこれでお役御免、女子生徒に戻るのなら色恋沙汰に時間を割くこともできる」
雫が登場しないことで、少々混乱が起きていたが優斗が適当に言い訳でも考えたのだろう、状況が落ち着いてきた生徒達を眺めて会長は言った。
会長の言葉に綺羅坂が冷たい視線を向けるのも、その反応を楽しんでいるようで、会長は不敵な笑みを浮かべる。
いつもなら、ここから小言の言い合いに発展するところだが、中庭ステージでは次のプログラムへと進行する。
『それでは、今回の文化祭で最多の来場者、総売り上げ、初の合同開催を成功させた実行委員長の白石さんと生徒会長の柊先輩に贈り物がございます!お二人は壇上へお越しください!』
司会が告げると、会長は「おや?御呼びだ」と踵を返して屋上から早々に去ってしまった。
去り際といい、この人はさらりと面倒事から避ける能力にも長けているようだ。
下でも白石が生徒会の面々に背を押されて壇上へと上がっていた。
俺も知らされていない内容だったので、サプライズ的なものなのだろう。
彼女も慌てふためいて、ぺこぺことお辞儀をしながら体を縮めて進んでいた。
称えられている内容にそぐわない姿勢に、苦笑を零してから俺も屋上のベンチに腰掛ける。
もう、下の光景を見ることはあるまい。
ベンチの端に腰かけて、雫が真ん中に座り、綺羅坂が反対側に座る。
下から二度目の賑わいが聞こえてきたのは、会長が中庭に登場したからだろう。
情景を思い浮かべながら、暗くなり始めた空を見上げていると、綺羅坂が小さな声で呟いた。
「文化祭は楽しかったかしら?」
「普通だ……」
それが雫ではなく、俺に向けられた言葉だったのは何となくわかった。
だから、短く返事を返す。
すると、今度は雫が尋ねてきた。
「準備も大変でしたね」
「……こんなもんだろ、俺達より実行委員の方が大変だからな」
言葉が中庭の歓声にかき消されて霧散して行くように、口元から零れ出た白い吐息もすぐに消えていく。
会話自体に意味はない。
俺も、彼女達も心境が落ち着くまでの合間を繋いでいるにすぎないからだ。
去年の文化祭では、優斗が俺の隣にいた。
ミスコンやらお似合いカップルやら、色々受賞してニヤニヤとしていた顔にいら立ちを覚えていたはずなのに、今はその姿は見えない。
当然、今年も変わらないとあの時は思っていたのに現実は異なる。
文化祭が終わり、いよいよ年内最後の学校行事は修学旅行だ。
そして、旅行から帰るとあっという間に年末年始の忙しない日常になり、そして年が明けて暫くすれば会長は卒業していく。
激動の一年も終焉が見えてきた。
物語の終わりが、どう締めくくられるのかは誰にも分からない。
それでも、俺達が過去を振り返った時に後悔だけはしないように、人生の選択を繰り返すのだ。
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