第二十五話 開票と離別19
生徒会長選挙から一夜が明け、火曜日の朝。
今日の昼休みには、正式に役員立候補者の名前が掲示板に貼り出されることになっている。
出来ることは早めにしておいたほうが良い。
選挙の表立った行動は公表後だが、事前準備は可能だ。
普段よりも一時間は早く家を出た俺は、桜ノ丘学園の生徒会室に立ち寄った。
室内には既に二人の生徒の姿があった。
「おはよう真良」
「おはよう真良君、会長から立候補の話は聞いたよ」
生徒会室の中にいた柊茜と小泉翔一は、朝の挨拶を口にすると微笑んで迎え入れた。
「おはようございます……小泉もあれだ、当選おめでとう」
まだ言っていなかった言葉を投げかける。
嬉しそうに、そして気恥しい様子で頭を掻いて頬を赤く染める小泉は、完全に会長の威厳など感じられない。
この親しみやすさが、彼を会長まで押し上げたのだからこれも一つの才能だろう。
自席にカバンを置いて、中から一枚の書類を取り出すと会長に差し出す。
先週に渡されていた立候補用紙の正式な書面だ。
これは会長が受け取った瞬間から、あとには引けない。
不備がないかを確認してから会長は受け取ると、静かに息を吐いた。
「……先日、荻原からも正式な書面を受け取っている。これで、双方の希望が重なったことで役員選挙が行われることになります。私からの注意事項は事前に知らせているものに変わりない……いいね?」
「大丈夫です……」
俺が手を離して、会長はその書面を小泉に差し出す。
小泉も確認をしたことで、間違いなく本日をもって生徒会役員選挙、会長補佐の対立が確定した。
「私も可能な限りの尽力は約束しよう、他でもない君の頼みだ」
「会長の可能な限りであれば問題ないです……たぶん俺なんかより何倍も戦力になりますから」
謙遜にも聞こえる言葉に、苦笑で返すと小泉が心配そうな視線を向けてきた。
おそらく、昨日の選挙後に初めて俺と優斗が立候補していることを聞いたはずだ。
実にタイミングの悪い知らせになったことだろう。
「悪いな……水を差すようなことして」
「そんなことないよ、僕も真良君と来年も一緒に活動出来たら嬉しいから」
でも、そう付け足して言葉は止まる。
分かっている、何を言いたのかは予想の必要もない。
「別に思い出作りでも、負け戦でもないぞ……別段勝負の結果にこだわる主義でもないが、相手によっては違う」
誰にどんな勝負で負けても、それで笑われたとしても、これが現状の結果であると納得できる。
それに、知らない人の評価など、いちいち気にしていたら俺のような人間は何もできなくなってしまう。
捨てたはずなのだ、とっくの昔にくだらない見栄を張ることは。
そんな俺でも、一度くらいは勝つことにこだわってもいいはずだ。
「僕に出来ることがあればなんでも言ってね、全力で応援するから!」
「助かる……でも、優斗に票を入れなくていいのか?」
実際、能力や組織的な向上を考えるのであれば、優斗を支持するほうが得策だ。
優斗もその期待に十二分に答える能力を持っている。
片や、何が出来るのかも分からない、役に立つのかすら不明な生徒だ。
俺の問いに小泉はすぐに首を横に振る。
「荻原君も一緒に活動できるなら嬉しいよ、でも友達が出るのなら僕はそっちを応援したい」
「……友達か」
小泉はそんな風に俺を見ていてくれたのか。
正直、この言葉を聞いて罪悪感を抱いてしまった。
俺の中で、まだ友人と知り合いの関係性について線引きが不透明な部分がある。
拗らせた性格が生んだ悪い点なのだが、いまだにそこだけは自分の中でも答えを出せていない。
黙り込んでしまった俺を不思議に思ったのか、小泉は会長の席の方向に振り返る。
気を利かせた会長が、話を変えるように言う。
「さて、話を本題に戻すとしよう……これから約一週間の間真良には選挙活動の時間が与えられる、生かすも殺すも君次第だ」
席から立ち上がった会長は、小泉の傍に歩み寄り両手を彼の方に乗せる。
そして、いつもの笑顔を見せた。
「それでは今から君が司令塔だ、君の思い描くシナリオに沿うには私達は何をすればいい?」
その表情は、とても楽しそうに見えた。
自分が想像しているものとは違う物を見せてくれと言わんばかりに、期待の入り混じった声音で告げられた。
「……会長には投票権のある教員のピックアップと担当部活動などを調べてください、小泉には他に頼みたいことがある」
「何でも言って!まずは演説場所の確保と小道具の準備だよね、それから―――」
「いや、それは後回しで大丈夫だ、それに今日は両方使わないだろうからな」
まるで自分の選挙でもしているかのように、真剣に必要なものを挙げていく小泉を制すように掌を差し出す。
そして告げると、口を開いたまま小泉は硬直した。
「確か、生徒会からも生徒にプリントとかを配布することは可能だったよな?」
「う、うん、それは可能だけど原稿とかの準備をしなくちゃいけないから今日中に作成だと時間が……」
もっともな指摘を小泉がしている中、俺はもう一度カバンの中から一枚の用紙を取り出した。
昨日、自室のPCで作成した簡単なアンケート用紙だ。
内容はシンプルなもので、役員選挙で俺と優斗のどちらに投票するかの欄と、生徒会に望む要望を記入する欄の二つ。
あとは日付や生徒会からのアンケートであることを示すために組織の名前と、タイトルを付けた簡単なものだ。
「これ……全学年分印刷して配布したいんだが」
そう言って、一発目から小泉に多大な量の仕事を与えてしまった。
昼休み
学食よりも先に生徒が集まったのは、学内用掲示板の前だった。
噂というものはどこから広まっていたのか分からないが、優斗が立候補するという話を聞きつけた生徒達が本当なのか確かめに正門前に集まっていた。
「本当だ!荻原君の名前が書いてある」
「真良……誰だっけ?」
集団の中から、そんな声がいくつも飛び交っていた。
その様子を、少し離れた木陰から眺めていたが、まるでお祭り騒ぎのような盛り上がりを見せていた。
「予想はしていたけど……かなりの賑わってるな」
「荻原君はいままでグループとか部活とか、一定の場所に入ることはありませんでしたからね」
俺の呟きに雫が答える。
長い髪の毛が、この残暑で鬱陶しいのか一本に結わいて前に垂らすように髪型が変わっていた。
知名度と話題性が先行して、これだけの盛り上がり方をしているのだから、間違いなく生徒の票は優斗側に多く流れるだろう。
優斗に対して俺の事前情報など生徒にはない。
せいぜい去年のクラスメイトや現在のクラスメイト達が意外そうな表情を浮かべていたくらいだ。
というか、俺クラスに在籍していた生徒にしか認知されていないとか、一応生徒会でもあることが申し訳なるレベルの知名度だ。
「何をそこまで盛り上がる要素があるのかしら、自分達が実際に何かするわけでもないのに」
木陰の大本たる樹木に背を預けて溜息を零す綺羅坂は、目の前の光景を一瞥してから視線すぐに手元の書籍に移す。
普段なら、太宰治とか芥川龍之介とか、時には全く別ジャンルのラノベも呼ぶ雑食な読書家の綺羅坂だが、今日に限っては『必勝!選挙の戦い方』なんて胡散臭い本を読んでいた。
二人とも、髪型や本を変えるとか本気ですねお二人さん。
「……周りからすればこれは一種の祭りだよ、誰が誰に勝つか負けるのか、それを見て盛り上がるのは歴史でも人間が行ってきた娯楽みたいなものだろ」
一応、念のために掲示板を確認しに来ただけの俺達はすぐに踵を返して棟のほうへ戻る。
俺と雫と綺羅坂、そして視界の端でもじもじと居心地が悪そうにしていた白石が、何かを言いたそうにこちらに目を向ける。
「あ、あの……私はなぜ呼ばれたのでしょうか?」
「……」
事前に理由も説明することなく、緊急の要件だから体育館前に集合とだけ連絡をして何も説明していなかったことを思い出して、やべっと息を漏らす。
「……その言葉を待っていた」
「ぜ、絶対待ってませんでしたよね!?なんなら、今『やべぇ』って顔してましたよね?」
白石は、一瞬だけ浮かべた焦りの表情を見逃すことなくツッコミを入れる。
しかし、何事もなかったかのように振り返り、彼女と視線を交差させると彼女に頼もうと思っていた内容を告げた。
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