第二十五話 開票と離別6



 生徒会長選挙が始まってから数日。

 残す日程もわずかになり、これからが佳境といったところだろう。


 どの生徒もだれに投票をするか、もしくは他の役員で立候補をしてみるか……なんて話を校内で広げていた。

 実際、話をするだけで生徒会に立候補している生徒は未だ現れていないから、その場での話のノリなのだろう。


 この調子では、生徒会長が決まっても落選したどちらかが副会長の席に着き、会計の三浦に庶務で火野君が在籍するだけの小規模組織で終わってしまいそうだ。


 会長もその点では悩ましい所だろう。

 学内全体が選挙に意識が傾いている状況で、クラスでも話題は決まってそれだった。


 誰が誰に投票するのか、そんな話。

 必要もなく、ただ自分の考えで投票すればいいのに、クラスの意見を参考にして決めているあたり、実際に活動をしている二人には読めない票の動き方をするのだろう。


 集団での選挙、それも若く学生のとなれば仕方がない気もする。

 だが、仮に周りが小泉に入れたから俺も小泉……なんて投票で本当に選挙と言えるのか疑問ではある。


 やはり、ただの人気投票ではないか。

 危惧、いや違うな、予想していた通りの状況になってしまったのだ。


 教室が、学年自体が、そして学校自体がその流れを感じ取っている。

 誰が誰に、自分の意思は後回しにして周りに合わせる風潮が蔓延している。


 別に悪いと言っているわけではない。

 これも選挙では必然的に起こりうる状況だ。


 だが、それでも立候補者の二人とそれなりに近しい人間からすれば、周りの意思など関係なしに自分で決めて投票をしろ、なんて思ってしまうものだ。

 それが難しいことも分かっているが、感情とは意思とは反して沸き上がる。



 今日も朝の挨拶運動をして、昼にはどこかのスペースで演説活動をする、そして放課後は大々的に活動をしている。

 彼ら二人の一日の流れはこのような感じだ。


 そして、今日は朝の挨拶運動を終えて、授業を消化していた。

 今行われている四限が終われば昼休みが挟まれる。


 一斉に生徒達は教室からいなくなり、学内のどこかで演説を眺めながら、高見のランチとしゃれこむのだろう。


 かく言う俺もその一人ではあるのだが……

 四限が終わりの鐘を鳴らすと、生徒達が立ち上がるのを確認して俺も流れ出るように教室から出る。


 教室内では優斗も雫も綺羅坂もいたが、関係なく屋上へと向かった。



「……頑張っているな」


 屋上からは二つの集団が見えていた。

 校庭側に小泉、中庭側に白石だ。


 校庭に続く大通りを使いスピーチをしている小泉の後ろには火野君の姿が見えた。

 隣には三浦がビラのようなものを配っている。


 生徒会が一丸となっているのはいいことだ。

 これで当選すれば、彼らの結束は確固たるものへ変わるだろう。


 一方白石だが、彼女も同級生の力を借りて演説を行っていた。

 小泉のような大きな広告関連は無いが、それでも一人一人に丁寧に接するのが好評だとか、クラスで話していたな。


 屋上からでも何度も生徒間を行き来しているのが見える。

 彼らの周りに集まる人数も、そこまで差は感じられない。


 目下の情報を信じるのであれば、いい勝負なのだろう。

 問題は、先にも述べてた周りに流された投票数だ。


 こればかりは予想が立てられない。



 なんて、俺には関係のない話か……

 手伝っているわけでもなく、もしくは立候補しているわけでもない。


 そろそろ、俺もどちらに投票するか決めないとな……なんて考えていると、屋上の扉が開く音がした。


「高みの見物かしら?」


「……周りから言われるとなんだか嫌味に聞こえるな」


 扉から姿を現したのは綺羅坂だった。

 彼女は弁当を片手に屋上へ訪れると、後方にあるベンチに腰掛ける。


 そして弁当を包む布を取り払うと、一人で昼食を開始した。


「頼まれているんだろ、応援演説に来てほしいって」


「客寄せパンダはごめんだわ」


 彼女らしい回答だ。

 それに苦笑いを見せて、視線をまた下に向ける。


「あなたこそ、手伝いに行かなくていいのかしら?」


「火野君もいるし、三浦も最初から手伝ってたからな……人員的に問題は無いだろう」


「いえ、私が言ったのは白石さんの方よ」


 ハッキリと、否定するように告げられた。

 振り返り綺羅坂と視線を交わせると、彼女の凍てつくような鋭い視線が突き刺さる。


 久しく感じていなかった彼女の視線に、一瞬の沈黙をするがすぐに思考を巡らせて言葉を口にした。


「それこそ必要ないだろ……あいつがいま求めているのは俺じゃない」


 彼女が求めているのは、選挙の勝負を左右する票……つまりは周りの意見で流されるであろう票を獲得できる人物の応援だ。

 それは、学内でも影響力の大きな人材でないと叶わない。


 だから、優斗や雫、綺羅坂のような人物が最適だ。


 事実だけを伝えると、綺羅坂は黙り込む。

 彼女も俺の意見には否定的な部分が見いだせないのだろう。


「それでも、あの子はあなたの助けが必要になるから手伝いを頼んだのではないの?」


「……」


 綺羅坂にしては珍しく食らいつくように言葉を繋いだ。

 そこに、何かしらの私情を感じるが、今は気にしてはいけない。


 もう、そうすると決めたのだから。


「……前にも言ったろ、俺はあくまで三人への橋渡しだ。能力でも認知度でも何一つ周りの代役なんて出来やしない」


 むしろ、マイナスな効果を生み出してしまう可能性もある。

 良くも悪くも目立たない俺だが、雫達のことを慕う人間からは嫌われている自身がある。


 鬱陶しい邪魔な存在としてカテゴライズされているはずだ。


 俺がそう告げると、綺羅坂の視線から鋭さが薄れたように感じた。

 代わりに寂しそうな、悲しそうな瞳へと変わる。


「また独(ひと)りになるの?」


「違う……前に戻るだけだ。お前達のおかげで約半年の間は十分過ぎるくらいに忙しくさせてもらったよ」


 ……それを内心、悪くないと思っていたのも事実。

 嫌だ、面倒だと言いつつ、内心では初めての体験で意外にも悪くないと思っていたのだ。


 それでも、結局は分かってしまった。

 俺と彼らを別つ大きな溝に。


 その溝を超えるのは、俺には難しい。

 何より、心がその溝を超えていくことが出来ない。


 昼食がてらに訪れたが、ここで昼食は辞めるとしよう。

 荷物を手に取り、綺羅坂の隣を通り過ぎて出入り口へと向かう。


「……私はあなたを独りにさせるつもりはないわ」


 すれ違いざまに、綺羅坂は小さく呟いた。

 その言葉に、胸がチクりと痛む錯覚が自身を襲う。


 だが、悟られることが無いように、何事もなかったかのように屋上を去った。

 残った屋上には、凛とした綺羅坂怜ではなく、一人の少女として寂し気な表情を浮かべた綺羅坂だけが残ったのだった。



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