第十九話 夏休みと懸念2
何度書き直したことか。
書いてはダメ出しを受け、そして白紙からやり直し。
周りは次々に課題を終わらせていく中、自分だけは同じ課題を題材を変えての繰り返しをしていた。
そして、二時間ほどが経ったぐらいで、ようやく皆が渋々だが頷く内容の自由研究の課題を完成させることが出来た。
内容はいたって簡単「少子高齢化」について。
もっと簡単な題材を選べないのか、そんなことを周りからは言われたが、それでは何故か閃いてこない。
創作意欲と言うか、モチベーションの問題か……。
簡単な内容にすればするほど、やる気が下がるのは性格なのか。
時間的に、一息つくことになり、火野君が全員に紅茶を淹れて配ると、静かだった室内が笑い声に包まれる。
「悪いね神崎に怜、無理言って付き合ってもらって」
「いえ、私こそお誘いしていただいて嬉しかったです」
「まあ、特別用事もなかったから構わないわ」
雫はすぐに姿勢を正して、綺羅坂は瞼を閉じたまま淡々と返す。
なるほど、これは会長が言い出して参加することになったのか。
俺には事前情報が無かったのですが、なんて意味のある視線を会長に向ける。
気が付いた会長は、少しだけ苦笑いを見せて、こちらの意図を察したのか告げた。
「真良に関しては断られることは予想できていたから当日となった……すまないな。二人には君の監視役と連れてきてもらう条件として参加してもらうことになったんだ」
「いえ……まあ恒例なのであれば仕方ないです」
個人の我儘で組織のやり方を否定、変化するのは下積みが必要だ。
それだけのことを俺がしてきているわけではない。
連行の仕方が完全に悪い人を逮捕する感じだったのだが、それに関しては目を瞑ろう。
目の前の紅茶に一人、砂糖とミルクを多めに入れながら言った。
それにしても、生徒会の活動とは夏休みの序盤から課題などを終わらせなくてはならない程、二学期が忙しいとは予想外だ。
確かにイベントは盛沢山だ。
体育祭に文化祭、二年は修学旅行もある。
生徒会が大いに関わることは自明の理だが、夏休みくらいはゆっくりと家で何も考えずに過ごしたかったのが本音である。
窓の外では、運動部の生徒達が今日も汗を流して部活に取り組んでいた。
いや、本当にあれだ、ご苦労様です。
俺のいる生徒会室は冷房があるだけマシなのだろう。
世間話もほどほどに課題を再開しようと思っていると、正面に座っていた小泉の顔が視線に入る。
笑っているが、どこか取り繕っているような笑みだった。
普段なら気にしない程度の些細な変化に、今日は強い違和感を感じた。
何かを隠しているような、周りに気が付かれまいとしているかのようだった。
「……何か気になることでもあるのか」
「え?」
小泉に問うと、意外そうにこちらを見る。
しかし、小泉はすぐに首を横に振る。
「なんでもないよ……大丈夫」
「……ならいいけど」
大丈夫、そこ言葉は自分に言い聞かせているように聞こえた。
当然、会話を生徒会室にいる全員が聞いていた。
別に隠して聞くことでもないので、当たり前なのだが……
雫と綺羅坂、そして火野君は何のことかと不思議そうに見ていた。
だが、会長と三浦だけは何か思う点があるのか、僅かに表情を曇らせる。
まあ、古参のメンバーだけの秘密もあるだろう。
俺や火野君が、部外者とも言える雫と綺羅坂が知らないことがあるのは致し方ない。
余計な詮索は人間関係を壊しかねない。
優しさや同情は時に人を激しく傷つけることもある。
それに、会長が理由を分かっていて話をしないということは、俺達には関係のない話なのかもしれないし、まだ言えない事情でもあるのかもしれない。
深追いは避け、今はただ目の前の課題を消化する作業に戻った。
黙々とペンを動かし、気が付くと外が薄暗くなり始めていた。
外から差し込む光よりも、室内の照明の光の方が強く感じ始めた辺りで、会長は告げた。
「今日はここまでにしよう……一日に詰め込んだところで効率が下がるだけだ」
「では、職員室の先生に終了で家庭科室を借りることを伝えてきます」
三浦が真っ先に立ち上がり、室内から出ていく。
この後の予定は家庭科室を借りて夕食を作り、その後水泳部が普段使用しているシャワールームを使い、そして茶道部の和室で布団を並べて就寝。
もちろん男子女子は別になる。
茶道室は隣にも小さな部屋がある。
普段はそこに荷物を置いたり着替えたりする際に使用するそうだが、今回は男子が寝るときに使わせてもらうことになっている。
「湊君はどれくらい進みましたか?」
「ああ……数学は終わらせたからあとは現代文と日本史のレポートだな」
「数学が一番課題の量が多かったから、それが終わったのは上出来じゃないかしら」
まあ、そんなこと言っている二人はその課題を全て終わらせているんですけどね。
自由研究は除外するとして、逆に俺が一科目終わらせるのにこんなにも時間が掛かっているのに彼女達は短時間でどう終わらせたのか聞きたいくらいだ。
自由研究を外したのは、単にあんなもの感想文みたいなものだからだ。
自由だからこそ、同じ題材を元にしても結論は個人で変わる。
教師もそれが分かっているから、この手の課題は評価が甘い傾向がある。
生徒側の俺達からしたら、ありがたいことだ。
一日で固まってしまった背中を伸ばすように背もたれに深く寄りかかっていると、会長が立ち上がる。
「小泉、少し良いか?」
「はい」
会長が小泉を呼び出すと、内容を聞くことなく小泉は従う。
二人して部屋を出ていくと、残された俺達は互いに顔を見合わせる。
「どうしたんすかね小泉先輩……真良先輩は何か聞いてますか?」
「いや……必要とあれば俺達にも言うだろう」
少し心配そうにする火野君を横目に一人瞑目する。
お世辞にも良い状況ではなさそうだ。
完全に悪い話と言うわけでもなさそうだったが、小泉の表情が脳裏から消えない。
会長と小泉は、三浦が職員室から戻った後もしばらくの間、生徒会室に戻ってくることは無かった。
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