第十九話 夏休みと懸念
第十九話 夏休みと懸念1
夏休み
それは、学生にとって最大の長期休暇であり、同時に己との戦いでもある。
無限にも思える時間と日数が学生達の欲求を駆り立て、毎日、毎日、日が暮れるまで遊び惚けて最終的には課題に追われる人が後を絶たない。
毎年年に一度訪れる、いわばボーナス期間であるのにも関わらず、毎年繰り返される終盤の修羅場。
学習能力がない、そう言われればそれまでだ。
だが、皆が思ってしまうのだ。
「明日から始めればよい」と。
その結果、夏休みの終わりに痛い目を見ることになる。
これまでの俺の経験則であり、今年も例外なく同じようになると思っていた。
課題を楽しいと自ら進んで行う生徒などいないだろう。
予定としては、夏休みの序盤を家で過ごし、中盤を家で過ごし、終盤も家で過ごす。
課題はその合間合間を見て進め、最終日までに終わらせれば問題は無い。
だから、夏休みが始まり、冷房の効いた自室で昨日も読書をしているはずだった。
はずだったのだが……
「では、次は真良の番だな」
どこか気を引き締められるような声が掛けられる。
もう座り慣れた椅子から立ち上がり、周りの人からの視線を集めている中、手元の原稿用紙に目を向ける。
そこには直筆の文章が、最終行までビッシリと書き写されていた。
原稿の冒頭から、やる気の欠片もない声量で読み上げる。
「自由研究課題”学生の集団心理について”―――」
学生の集団心理について。
二年三組 真良湊
学生の集団心理とは、現代社会において大きな影響を及ぼしている。
それは現実、ネットを問わない。
本来、一人では決して行わないはずの行動を個人ではなく集団でとなると自制心が緩み行動に移す傾向がある。
校則違反然り、校外での態度然り。
学生間で劇的なブームを引き起こす物には、必ず集団的心理が介入しているのだ。
個人ではなく集団であるからこそ発生する問題であり、つまりは一人でいれば何も問題は無いのではないだろうか。
個人であれば、それは本人だけの問題であり、集団で行うほどの被害や迷惑は起きることは無い。
しかし、現代社会において集団行動、集団での意見の尊重が主として考えれる傾向があることも事実である。
物事の決定において、それは正しくもあり間違いである。
なんでもかんでも皆で仲良く考えれば良いのではなく、自己意識を学生のうちに確立させて―――
「もういい、そこまでだ真良……それ以上は言ってはいけない」
「いや……まだ序盤の前書き的な所ですけど」
会長はこめかみに手を当てて、頭痛でも抑えるようにして呟いた。
会長以外の人達、生徒会の面々に雫と綺羅坂も含めた人達は一様に渋い顔をしていた。
また世界の真実を突き詰めてしまったか……
少し胸を張り、会長の口から発せられるであろう続きの言葉を待っていると、短く一言だけ告げられた。
「その研究はやり直しだ」
「なん……だと……」
これは極めて非常事態だ。
俺の力作とも言えるこの自由研究が、まさか冒頭の文章だけでやり直しだと……。
一体、何のために時間を費やしてきたのだというのだ。
これを書き終わるまでに費やした時間は……十分くらいだが。
「まったく……夏休みだが皆を呼び出しておいて正解だった」
「はは……僕も手伝うから頑張ろう」
会長は体を椅子に預けて嘆息を零し、小泉が途端にフォローに回る。
小泉が慰めの視線が俺のガラス並みに弱いハートに突き刺さる。
同情は要らぬ!
欲しいのは休みだ。
発表と同時に没となった原稿を机の上に置き、なぜこんな状況に自分が置かれているのかを思い出す。
俺達は、夏休み開始早々に生徒会室に呼び出され課題を終わらせるべくこうして一丸となって取り組んでいた。
そもそもの発端は夏休み初日の昼間の事だ。
リビングでくつろいでいる時、珍しくスマホ君から初期設定の着信音から何も変更のしていない機械的な音を鳴り響かせた。
画面には会長の番号が表示され、何事かと手に取ってしまったのが運の尽き。
前置きもなく、開口一番で告げられた。
「生徒会は毎年課題をすぐに終わらせて二学期の準備に取り掛かる」
「それは真ですかお師匠様……」
句読点一つなく、有無をも言わせぬ勢いで、一方的に用件だけが述べられた。
その後、予定の時刻と用意する荷物を告げられ、迎えを送るので自宅玄関で待機しているようにとの命令が下される。
脳内でいくつかの選択肢がチラつく。
何事もなかったかのように無視をするか、純粋に断るか、言う通りに従うか。
だが、脳内会議も数秒で決断が下される。
答えは……断っても強制連行させられるだ。
渋々準備を済ませて玄関の前に佇むこと約五分、会長の指示の通りに迎えの車が真良家の前に停車する。
黒くて長い、セレブな人が載るイメージが定着した車。
何も言わなくても分かった、これは絶対に綺羅坂家の車だ。
僕知っているよ!これ、リムジンっていうんだよね!
後部座席は黒くスモークが掛かっており、綺羅坂本人の姿は見られないが、彼女もこの計画に加担していることはすぐに察した。
その瞬間、思考よりも早く体が反応を示す。
脱兎のごとく玄関前から逃げ出そうとするが、背後にもう一名、見慣れた顔があり体を拘束される。
完全無欠の究極美少女、神崎雫ちゃんが湊を捕まえた。
やったね!
……何を言っているんだ俺は。
この強制参加の勉強会で、少々脳にダメージを受けているらしい。
まあ、端的言えば、会長から電話があり、課題を終わらせる合宿があると告げられた。
日程にして三日間。
分からないところを集まった人達で教え合い、早々に課題を終わらせて二学期に備える。
生徒会としては夏休みは休日出勤と同じ。
二学期に迫ったイベントの多くの準備を開始しなくてはならない。
俺も一応生徒会の役員であるので、これは致し方ない。
会長の指示に従い、準備を済ませて外で待機していると綺羅坂家のと思われる一台の車が家に前に止まる。
逃げ出そうとしたが、突然現れた雫も実は会長のグルで捕まる。
そして、夏休みで誰もいない校舎で泊まり込みの課題を終わらせる地獄の日々が始まったというわけだ。
「なんでこんなことに……」
ボヤいてみるが、答えは返ってこない。
カリカリとシャーペンが動く音と、時計の針の音、そして俺の後ろで楽しそうに鼻歌を歌いながらこちらを傍観している雫と綺羅坂の姿があった。
「二人は課題をやらなくていいのか?」
「もう終わりました!」
「あんなの一日あれば終わるわ」
……この秀才どもめ。
皮肉めいた言葉だけが、自分の中に渦巻くのだった。
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