第十七章 兄と妹4
一日なんて数字の単位ではなく体感してみれば早いもので、カレンダーの日付は土曜になっていた。
今週初めに会長から話があり、まだ六日もあると思っていたプール清掃が当日にまで来ていたのだ。
毎度の事ながら空は見事なまでの快晴。
もしかしたら、俺は晴れ男なのかもしれない。
そんなどうでもいい真良湊君情報が更新された。
朝早くで肌寒さは感じるものの、これで昼頃になれば気温も上昇して、もしかしたら一般生徒よりも早いプール開きが本当にできるかもしれない。
昨日の内に準備しておいた着替え一式を入れたショルダーバックを肩に掛け、玄関で相手を待つ。
暇つぶしに相手が履くであろう靴を左右反対にして遊んでいると、妹は駆け足でやってきた。
「お待たせしました!」
「……行くか」
今日は土曜の休校日、本来であれば制服を着用することはない。
学校が違うので着る以前の問題の楓は簡単に夏服に着替えていたが、片や俺は制服のまま。
これは、会長から最初に言われていたことで役員は休日であろうと制服で登校するのが決められている。
いくら決まりでも、休日に制服に袖を通すと嫌な感じだ。
社畜にでもなってしまった気分……。
役員は絶対制服登校。
これを決めたのは学長だろうか。
だとしたら、今日中に学長の椅子を下限まで下げるという悪戯で対抗しようではないか。
幼い発想と決意を胸に楓と肩を並べて閑静な住宅街を歩いた。
少し時間が早い。
そのため、休日でも外で活動している子供たちも姿もまばらで、清々しい気分だ。
裏にそびえる山からマイナスイオンすら出ている気がする。
途中、雫と合流して、そして優斗とも合流をして。
最後には綺羅坂とまで合流をして、気が付くとそれなりのグループが形成されていた。
普段、こんな合流して登校することなんて無いが、今日は休日に生徒会の活動として学校へ行くのだ。
生徒会関係の生徒と一緒に登校しようとする気持ちは理解ができる。
仮に一人で学校に到着してしまっても、どこで待っていればいいか分からなくなってしまう。
それにしても、休日にこうして五人で歩くのはいつ以来だろうか。
俺の記憶の限りでは、遊園地に遊びに行ったとき以来だ。
大して前でもないのに、随分と昔のように感じる。
体感というのは本当に曖昧だ。
俺がこの一か月程度を途方もなく長く感じている間に、周りの人は一瞬のように感じているかもしれない。
要は、一日の重要度、濃さが違うだけなのだ。
俺にとっては初めてで、記憶に鮮明に残った出来事も周りからすれば日常的なことなのかもしれない。
だが、俺は人生で一番と言っていい程に周囲の関係性が変わった。
それに伴って人間関係も変わった。
一人、一日をルーティーンのように終わらせる日々から、何かしら問題が起こる日常へと変化した。
だからこそ、ここまで一日一日が長く感じるのだろう。
今、こうして妹も含めた五人で歩くことが出来ているのも、今までに迫られた選択肢を一応は間違えていないという結果だと捉えてもいいのだろうか。
答えは誰も教えてはくれない。
そんな選択肢の答えなど、誰にも分からないのだから。
分かるのは将来の自分だけだ。
過去の自分を見て、あの選択は間違えていたと言えるのだから。
最後尾で歩きながら、そんなことを考えていた。
桜ノ丘学園の屋外プールは校庭に隣接するように設置されている。
外からはフェンスと緑色の布で中が見えにくい加工がされている。
今日は校庭には生徒がいないので、特に気にする必要はないがそれでも周りから見られる心配がないのは気持ち的な余裕を生む。
下だけトランクスタイプの水着を着用して、上には捨ててしまっても構わない古着を用意した。
優斗も同じスタイルで現在、女子生徒が出てくるのを待っていた。
「女子も俺達と似たような格好でやるのかな?」
「……まあ、最初は同じようなもんだろうな」
清掃用のブラシを手に、ぶらぶらと適当に振り回して遊んでいると奥から数人が歩いてきた。
「おはようございまっす!」
「お、おはよう!」
「……ああ、おはよう」
校舎側の入り口から中に入ってきたのは、女子生徒ではなく小泉と火野君だった。
隣の優斗が見るからに落胆しているのを見て、アホかと思いながら挨拶を返す。
小泉も火野君も俺達と別段変わらない格好でいた。
違いを上げるとしたら、小泉が真っ黒の水着に黒のTシャツと真っ黒スタイルで、火野君は上も下も真っ赤という単色で統一していたくらいだ。
俺は水色の水着に白の無地シャツだから何ともいない。
優斗もグレーの水着に朱色のシャツだ。
何よりも先に火野君の語尾に『っす』と付け加える癖は知っていたが、おはようございますに合わせると『おはようございまっす』になることに疑問を抱いた。
『おはようございますっす』じゃないのね……。
顎に手を当て思案顔で火野君に視線を向けていた俺とは違い、小泉は清掃の進行が円滑に進むように用具の準備を始めていた。
俺はそれを手伝おうと近寄ると、小泉の隣にいた火野君がきょろきょろと周りを忙しなく見回しているに気が付いた。
「何してんだよ……」
俺が不意に声を掛けると、丸まっていた背筋を伸ばした。
「そ、そろそろ女性の皆様、それに女神である楓様が来られると考えると緊張で……」
この子はまだ楓を崇拝しているのか。
女神だとか言ってしまっている時点で、重度の信者なのが分かる。
いや、妹は何もしていないのですがね?
気が付いたら火野君という自称女神楓の信者となっていた。
女神楓か……なんだか俺を甘やかしてくれそうな女神だから、俺のその派閥に入るのも悪くない。
もっと言えば、信者の中での地位は一番上だろう。
お兄さん補正ってやつだ。
つまりは、俺が実質ナンバーワン。
組織のトップに立つことも出来るのではないだろうか。
……なんて冗談だ。
火野君と俺しかいない組織の一番になったところで、面白おかしな話だ。
とりあえず、楓を女神とまで好いている火野君は準備など頭にないらしく、身だしなみを整えていた。
小泉が何も言葉を挟まないのは、結果が見えていたからだろう。
火野君が大して戦力にならないことを。
溜息を零して優斗に手招きをしてから、清掃道具の用意を始めた。
プール内の水を抜き、専用の洗剤を掛けて少し待つ。
ここからが本番だ。
足腰痛めてブラシで汚れを落とさないといけない。
ここから先は女性陣が合流してから始めようと、一時の休憩をしていると入口が騒がしくなるのが分かった。
「遅くなって済まない、意外と準備に手間取ってね」
「いえ……」
会長を先頭にプール脇を歩く女性陣から思わず目を逸らす。
俺が言うのもあれだが、今回の女子生徒のレベルは非常に高い。
会長を筆頭に二学年で一、二を争う雫と綺羅坂。
それに真良家エースの楓に会計の三浦。
三浦も控えめで前に出ないので目立ちはしないが、意外と男子生徒からは人気があるらしい。
インテリというか、あの仕事できる感が男子からしたらたまらないのだろうか。
そんな女性陣がプールに入ってきたことで、男子生徒は全員が動かなくなった。
息を呑んだというのが正しいのかもしれない。
普段とは違う、それも水着という格好が彼女達の良さをいつも以上に引き出していたからだ。
正直、この状況は男子生徒が喉から手が出るほど羨む状況だろう。
だが……だがしかし、俺は言わないといけないことを見つけてしまった。
いや、必然的に見なければいけないかった。
意を決して会長に問いかける。
「会長……なんで競泳水着なんですか?」
一人、目立つにもほどがある水着を着た少女が、そこにはいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます