第十四章 想いと答え3
現代文の教師が、視聴覚室に来るまでの間、生徒たちの談笑は続いた。
今日は何を見るのか、放課後どこへ出かけるか、最近の流行りについてなど様々だ。
完全に締め切った教室からは、外を眺めて暇な時間を過ごすこともできず、かといって周りみたいに話をする気もない。
ただボーっと一人、黒板を眺めながら考える。
今日の映画は何の作品だろうか。
前回は時代劇だった。
その前は、アニメーション作品。
一癖ある現代文の教師は、その日の心境で見る映画が変わる。
逆に言えば、その時の心境を簡単に判別できるということだ。
俺は海外の歴史に関するものと予想した……
重い引き戸が勢いよく開けられると、そこからは現代文の教師が勢いよく入室してくる。
「静かに!これから映画を始めます」
開口一番で言った。
前ぶりも、説明も何もなく、ただまっすぐに機材に進み淡々と作業をする。
教師が来たことで、静かになった教室内からは「今日は何を見るのかな?」なんて、俺と似たような考えを話している声が聞こえた。
「今日は皆さんに恋愛の素晴らしさを知ってもらいたい!古文には恋や愛を題材にした詩が数多くあります!」
プロジェクターに映し出された映像は、一昔前に人気を博した恋愛映画だった。
テレビのCMでも何度も見かけたし、周りで映画館へ見に行ったという話を何度も耳にした。
現代文の教師は、我が校では珍しく新任の女性教師。
新しい恋でも芽生えてしまったのだろうか。
先生の心境を当てようと、一人思考を巡らせていると、映画が開始された。
現在は、映画の中盤。
一通りの登場人物が紹介され、恋の芽生えを説明された後。
これから、どのような展開になるのかといった所で、隣の綺羅坂が呟いた。
俺や雫にだけ聞こえる程度の、本当に小さな呟きだった。
「なんで映画とかは出会いや恋するまでを美しく作りたがるのかしら?」
「…………」
唐突な、それに意外な質問。
顎に手を当てて、冷静に分析でもしているのか、彼女の表情はいたって真面目だ。
「リアリティを求めるなら、もっと地味……と言ったら語弊があるかもしれないけれど、こんなに劇的な出会い方などしないものでしょう?」
「映像作品に求めるもんじゃないな……全部現実に似せていたら、そもそも作品として成り立たないだろ」
「そんなものかしら……」
だから、ファンタジーが人気なのだ。
これは極端な例だが、現実には無いものを人は欲する。
現実世界なら、普通の出会いでも、創造の作品であれば皆が望むような劇的な展開にする。
そうすることで、視聴者の興味を集める。
って、なんで俺は映画の演出の仕方について話をしているのだ。
と言っても、個人的見解なのだが……
未だ納得していない綺羅坂は、不服そうにその先も映画を鑑賞していた。
「でも、普段とは違う見せ方だからこそ、憧れたりもしますよね」
雫は笑みを浮かべていた。
眩しいほど純粋な言葉に、つい目を逸らす。
彼女からの想いを知っているから、だからなのか言葉が胸の奥に刺さるような、そんな感覚だ。
今の状況では、彼女の隣で恋愛映画などハードルが高すぎる。
嫌でも少し前の光景が、公園でのあの時の会話が脳裏に再生してしまう。
「映画なんて、そういうもんだろ」
ぶっきらぼうに、そう答えた。
非日常を表現する。
そして、それを見て楽しむのが映画だと、俺は思っている。
だが、今日の映画には感情移入ができずにいた。
ジャンルが恋愛だというのが大きいが、それ以上にこの手の作品は苦手だ。
突然、展開が変わるし予想していないことをバンバン起こす。
突っ込みどころが満載といった方が分かりやすいだろうか。
一番現実に近い世界観なのに、少し現実離れしている。
だからか、何も考えずに見てはいられない。
隣の綺羅坂もそうなのだろう。
冷静に映画を分析でもしているのか、ジッとスクリーンの一点を見つめる。
そして、また一つ疑問が浮かんだらしい。
「なんで主人公はあんなにイケメンなのかしら?」
「真剣に何考えてるのかと思ったら、そんなことかよ……」
映画の主人公に若手の人気俳優を起用するのは、別段おかしなことではない。
彼女が何を気になったのか、訊ねようとしたら綺羅坂は質問の意図を話した。
「この作品は、確かごく普通の高校生が転校してきた美少女と恋に落ちるって話だったはず……」
「……確かにそうだった気がするな」
手元に配布された感想記入の用紙にも、あらすじとして同じような内容が書かれている。
隣で雫も数回頷いていた。
彼女も、綺羅坂の疑問には興味があるようで言葉を挟まず静かにしていた。
「でも、ごく普通と言いながら出てきたのはこのイケメンよ?……どこが普通なのかしら?」
「地味な奴でも引っ張ってこいってことか?」
「いえ、このキャスティングよりも真良君を主人公にした方が、私的には正しいと思うの」
彼女の中で、一体俺はいつから俳優志望の男子高校生になったのだろうか?
……要するに、俺を何の特徴もない普通の高校生と言いたいわけだ。
悪いね、何の特徴もなく普通の学生で。
映画の評価をしていると思わせて、俺に口撃を仕掛けてくるとは、流石は綺羅坂。
死んだ魚のような目で彼女を見つめていると、付け足すように言った。
「でも、最も私が言いたいのは、劇的な出会いが必ずしも一番良いとは限らないということよ」
何……この子はソムリエか何かなのかな?
恋愛ソムリエ……。
なんだかカッコいい二つ名のようだ。
綺羅坂の言葉の真意までは分からずに、会話を聞いていると彼女は真剣な眼差しで俺と目を合わせる。
数秒、お互いに見つめ合う状況が続いた。
そして、綺羅坂が発したのは、これまでの会話とは脈絡もない一言だった。
「ランチを一緒に食べましょう」
「はい?」
「ランチを一緒に食べなさい」
何故、命令形なのだろうか。
言葉を訂正する前の言い方が正しい気がするが……
突然の命令に、困惑している俺を横目に彼女は再び映画に意識を移すのだった。
……相変わらず、こいつは自由な人間だ。
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