第十一章 提案と妥協6

 見たことのある天井だ……。

 まぁ、当然だろう、俺の部屋の天井だからね。


 一日が過ぎた。


 報告を受けた会長は、何も追及することはなかった。

 既に結果を知っていたかのように「明日もう一度会議をするとしよう」とだけ言った。


 何も言われないのは、それはそれで堪えるものだ。

 最初から期待していない、全ては予想通りだったと、勘違いも甚だしい思考に至ってしまう。


 会長はそんなこと思ってもいないのだろう。

 ただ、結果から次の策に既に思考が動いていてのだ。


 でも、その冷静すぎる判断が三人へ何も言えなかった自分には、マイナスな思考に導いてしまう。

 口だけは達者な湊君として、巷では噂になった俺には今回は恥ずべき黒星だ。


 許せん……。

 そもそも、勝負なんてしていないし、相手すらいない。


 思考がおかしな方向へ進み始めたのを感じたため、今日は大人しく家に帰ることにした

 帰ったら楓に八つ当たりと言わんばかりの、髪の毛をもじゃもじゃに乱すことでストレスを発散しよう。




 


 生徒会としても、今回の問題は早いところで妥協点、解決点を見つけたい。

 この後には夏休み、体育祭、文化祭と高校生活の目玉となるイベントが控えている。


 たった一つの議題に何日も時間を費やしていては、限りある高校生活の中でいくつもの問題を解決することは難しい。

 この議題に関しての時間としては、次が最後のなるだろう。



 早朝。

 多くの学生がまだ布団の中で、夢心地の気分でいる中で、俺は既に高校へ向け歩いていた。


 珍しく、朝からの活動のため、いつもより一時間ほど早く家を出ることになったのだ。

 一人、通勤の車が行き交う交差点に差し掛かり、建物で出来た日陰で歩行者用信号が変わるのを待つ。


 最近は、スピードを出す車が増えたな……。

 そんなことだけを考えていると、後ろから声をかけられる。


「おはようございます先輩!」


「……なんでお前がここにいるんだよ」


 俺を先輩と呼ぶ人は、知る限り一人しかいない。

 むしろ、俺のことを先輩として認識されている人物を一人しか知らない。


 同じ生徒会で後輩の火野君だ。

 以前、彼から聞いた話では、家は全くの反対方向。


 ここにいること事態、おかしなことだ。

 楓信者としての前科があるだけに、身構え獲物を定めたような猛獣のごとく鋭い視線を向ける。


 早朝のため、普段より二割増しの冷たい視線と声に、火野君はとっさに言葉を返す。


「いやいや!今日は祖父の家に泊まっていたからこっち方向なんす!」


「なるほどね……」


 必死の弁明で、ターゲッティングから外された火野君は大きく息を吐きだした。

 お兄ちゃんの妹防衛スキルを舐めてかかると、火傷では済まさない。



 火野君が横に来た時に丁度信号が赤から青に変わったのを見ると、すぐに歩を進める。

 少し慌ててついてきた彼を横目に、変わらぬ歩幅で歩く。



「そういえば、昨日はどうだったんですか?会長からは朝から活動するとしか連絡が来ていなかったっすけど」


「どうもこうも、うまく話が進まなかったっすよ」



 弁解の余地もない。

 火野君にもそうだが、生徒会のメンバーに誤魔化しても仕方がない。


 数十分後には周知の話だ。

 何食わぬ顔で即答した俺に、火野君はいたたまれない顔になる。


「いや、全然先輩の案で問題ないと思ったんですけどね……っす」


「語尾に無理やりつけなくてもいいよ……」


 キャラ性の問題か。

 大丈夫、そこまで濃いキャラしていないから。

 

 濃いのは見た目だけだ。

 中身はいたって普通の高校生ってところが、むしろ彼の個性でもある。



 その後はいらぬ気づかいでもしたのか、他愛もない話を学校までの合間に繰り返される。

 中身はたいして重要な内容ではない。


 ただ、時間を潰す目的のみの話は、視界に校舎を移すまで続いた。


「生徒会室の鍵は開いてますかね?」


「会長がもういるだろう」


 あの人大体一番最初にいるからな。

 生徒会大好きか……。


 それだけで、熱血キャラにも見えてくる。

 いるよね、学校に大体一人は……学校大好きな人。


 完璧超人が、実は学校大好きなお茶目な女性に急に見え始めた頃に、二人は生徒会室に着いた。




 


 







「朝早くからすまない、今日は先日の問題について私から話がある」


 面々が生徒会室に揃ったのを確認すると、会長がそう話を切り出した。

 手元には、関係のなさそうな年間スケジュールが配られている。


 学年ごとに別けられた表には、テストから体育祭、文化祭などのイベントの大まかな日程が記載されていた。


 勿論、今日の集合で一番遅かったのが俺と火野君だった。

 やはり学校大好きキャラの会長は、一番乗りをしていたらしい。


 集合の一時間前に着くとか、俺まだ寝てますからね。

 恐ろしいよ、この人。



「二年生の諸君は、少し先に職業体験が控えているのは承知の上だと思う」



 凛とした声で確認した会長だが、二年生である自分には初耳とも思える情報だった。


 ……なんだそのイベントは。

 六月の欄を慌てて確認するが、確かにそこには職業体験と書かれている。


 おかしいな、俺の家にあるスケジュールにはそんな予定書かれていない。

 決して、嫌なイベントにはサインペンで横線を引いて現実逃避をしていたわけではない。


 ちなみに一年間のテスト期間はもれなく黒のオンパレードだ。


 小泉と三浦が同意の頷きを返しているのを見るに、大々的なイベントなのだろう。

 まだ生徒の間で話が出ていないだけか。


 続く言葉を待っていると、会長が本題とも言える話を始めた。



「今回の職業体験は嬉しいことに引受先の企業が増えた。だが、それによっての問題も生じている」


「その問題とは?」


 三浦が問いかける。

 企業が増えることは、純粋にメリットなのだろう。

 デメリットを上げるとしたら、生徒側から選択の幅が増えることで見学先を決めるのに手間がかかる程度だ。


「企業が増えたことで、例年よりも組む生徒の人数が減ったことが問題だ。昨日私が聞いた話ではクラス問わず二人一組または三人一組で行動するそうだ」


「で、でも、それは良いことであって問題ではないのでは?」


 小泉が会長にそう聞き返した。

 確かに、問題というほどの話ではない。


 それに、これが先日の問題に関係しているのか、疑問を抱いていると思わず声が漏れる


「……あぁ、そういうことですか」


 何か頭の中で、一つの糸が繋がったように疑問が解決していく。


 なぜ、生徒会に告白などという場の要望を出したのか。

 それに対して、生徒会としてなぜ対応すると会長が決めたのか。


 議題が上がった際に、会長が「気になることがある」と言っていたが、それが何だったのか。

 変哲もない要望の紙に、なぜ自分は違和感を感じたのか。



 つまりは、この職業体験について生徒間で噂にでもなっていたのだろう。

 当然だ、スケジュールにも書かれているし、近々その話が教師から上がると予想したのだ。



 ここからは、完全な個人的憶測になるが、会長の言った「例年より組む生徒の人数が減った」という情報が、教員から既に生徒に伝わっていたのではないだろうか。

 例えば……部活動に所属している生徒に、こっそりと。


 ありがちな話だ。

 そこから噂で広まって、考えたのだろう。


 彼らは、少ないチャンスを我が物にしたいのだ。

 何の口実もいらない、学園トップカーストにいる雫たちと近くにいるまたとない機会だ。


「なんだ、分かったのか真良?」


 驚き半分、意外半分といった様子で会長が言った。


「いや……合っているかは分かりませんけど、まぁ何となくは……組み分けの話が生徒に漏れていたとか?」


「そうだ、部活動の顧問から決定する前の情報が生徒に伝わっていたらしい」


 多分、生徒から聞かれたんだろうな。

 職業体験の班決めは、どのように行うのかと。


 それで、確定ではない情報をうっかり話してしまったんだろう。


 秘密だぞ、なんて言って始まる話は、既に秘密ではない。

 必ず周りに拡散して、秘密が秘密でなくなるのだ。


 特に学生間での拡散率は異常だ。

 何気ない会話のはずが、次の日には学校全体に知れ渡っているなんて、よくある話しだ。



「それで、問題というのは二学年には神崎、荻原、そして綺羅坂の三人の生徒が在籍していることにある」


「班が少数になったことで、グループ決めで問題が起こるってことですか?」


 火野君が会長に問いかけた。

 これが、最後の質問になるだろう。


 あとは、流れで分かっていってしまうからな。


「あぁ、男女クラスを問わない組み分けでは、彼らと同じグループになりたい生徒が多数いるはずだからな」


 会長がそう言う合間に、昨日の資料を鞄から取り出す。

 見返してみると、どこか同学年と見受けられる書き方をしている要望が多い気がする。


 先輩―――や、二年の―――など、他学年を表すような言葉があまり使われていない。


「よって、昨日の議題についてはグループへの勧誘をするためが大半だったと仮定しよう、それなら彼らへの対応の仕方も変わるのではないか?」


 珍しく、にやりと口元を歪ませた会長は、不吉な笑みをこちらへ向ける。

 これなら、彼らを言い包められるだろと言わんばかりに。


「まぁ……話はしやすくなりましたね」


「そうか、では真良に任せよう」


 いや、俺にしか目を向けていなかった時点で、俺にやらせるつもりだっただろうに。

 いかにも、俺の発言を聞いて任せると決めたかのように会長が仕事を振ってきた。


 でも、確かに話しやすくなったのは本当だ。

 問題の趣旨が変われば、当然提案する内容も変わってくる。


 だが、個人的には今回はもう手を引いた方が良いとの判断を下してしまった。

 これは、完全に生徒会の仕事ではない。


 生徒同士に解決させることも時には必要だ。

 生徒会がいかに力を持っていようと、同じ学生であることに変わりはない。

  

 下手に力の行使は、生徒の不満を生み後々の生徒会運営にも差し支える可能性がある。

 現在の生徒会は、柊茜という一人の生徒がいることで許された限定的な権力体制なのだから。


「だが、生徒会として彼らに想いを伝えたいという要望にも最大限答えるつもりだ、三浦と小泉、火野の三人で代案を検討して実行してくれ!」


 一人、別のことを考えていると、会長たちは既に話を進めていた。

 

 会長の一言で、各々の仕事が決まる。

 俺はもう一度彼らと話をしに、他は本来の要望の代案の検討。


 本当にこれで正しいのだろうか。

 朝までは重苦しかった足取りが、教室へ向かう時には若干重くなっていた……なっていなかったような。



 いや、仕事しないといけないから、絶対に軽くはなっていない。

 むしろ、空気が悪いあの輪の中に入るのだから、足取りが重すぎて動けないまである。 

 

  

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