それぞれの休日 雫2
生まれて初めて告白をした。
彼の前に行くまでは、何を伝えるのかあらかじめ決めて、何度も練習をして臨んだつもりだった。
けれど、いざその場になると頭の中から言葉が消えてしまい、思うように話すことができなかった。
緊張から鼓動が早くなり、耳にまで心音が響いていた。
それでも、何とか私の想いを伝えることができた。
もしかしたら、湊君からしたら迷惑な話だったのかもしれない。
公園に入る前に、湊君の心境を聞き正直この思いを伝えるか迷った。
迷惑だろうな、そう思ったから。
それでも、こうして告白をしたのは今までの私とは違うということを行動として示したかったから。
だから後悔はしていない。
それでも……
「つ、次に湊君に会った時にどんな顔すればいいの……」
朝を迎えたのにも関わらず、自室の布団から出れず毛布に包まっていた。
さながらカタツムリの様に。
今思えば、恥ずかしいこともベラベラと話してしまった気がする。
世界で一番好きだとか、昔から私しか見ていなかったとか……
その言葉に嘘偽りはないのだが、もしかして重い女だと思われていないだろうか?
不安と微(かす)かな期待が胸の中を渦巻き、昨日は寝付くのにも時間がかかった。
そして朝を迎えたのだが、先ほども述べたように登校までの時間が刻一刻(こくいっこく)と迫っているのに未(いま)だ布団から抜け出せない。
「雫?そろそろ起きなさい!」
「え?あ、はーい!」
下からお母さんの声が家の中で響き渡る。
今日は、両親ともに少し前に休日出勤した代休で休みのため、家でのんびんりしていた。
私は枕元の時計で時刻を確認すると、飛び上がるように部屋から出る。
「い、急がなきゃ!」
洗面所で顔を洗い、歯を磨いて簡単に髪の毛に寝癖が付いていないか確認をするとリビングに駆け込む。
そこには、すでに食事を済ませたお父さんが朝刊を読み、お母さんが食器を洗っていた。
「おはよう雫、今日は遅いのね?」
「少し寝坊しちゃって」
さすがに親と言えども、湊君に告白したのを言うのは恥ずかしい。
多分、私が昔から湊君を好きなことを知っていてもだ。
「夜更かしもたまにはいいけど、程々にしないとお肌が荒れて湊君に嫌われるわよ?」
「わ、分かってます!」
うん……何が原因で夜更かししたのかは、見当がついていたらしい。
からかうように笑うお母さんに、少しばかりのいら立ちを感じながら手早く制服に着替える。
すると、不思議そうにお母さんが声をかけてきた。
「あんた何やってるの?今日は学校お休みでしょう?」
「え?……あ、そうでした!」
今日は週末でもないのに学校が休みの日。
理由は学校の開校記念日だから。
なので、平日の今日も休みになっているのをすっかり忘れていた。
告白をしたばかりで、まだ湊君と顔を合わせることに緊張している私は、少しの安堵を覚え席に着いた。
「それよりも早くご飯食べてね、お母さん洗い物してるから」
「はーい、いただきます」
両手を合わせてから、こんがり焼かれたトーストを口に運んだ。
「そういえばさっき楓ちゃんが来たわよ?」
「楓ちゃんが?」
こんなに朝早く何の用だろうか?
もしかして、昨日の件がもう楓ちゃんにまで伝わって、何か言いに来たのだろうか?
冷や汗をかきながら、次の言葉を待っているとお母さんは淡々と会話の内容を話す。
「今日は楓ちゃんが学校から帰らず友達のお宅に泊まるらしいのよ、だからできれば湊君の夕食を雫に頼めないかって」
「えっ!?」
これは偶然なのだろうか?
それとも、楓ちゃんが昨日の告白を知った上での頼みなのだろうか?
きっと私は引き攣(つ)った笑みを浮かべていたのだろう。
お母さんが不思議そうに首をかしげてこちらを見ていた。
「何か都合が悪いの?作ってあげるついでに一緒に食べてきなさいよ」
「いえ……わかりました」
だが、考えようによれば、これは滅多にないチャンスだ。
最近は、何かと湊君に付きまとっている彼女(おんな)がいない上に、二人きりの空間に理由があっていられる機会は多くない。
食事を手早く終えると、外用の服に着替えて家を出る。
向かう先は、もちろん商店街。
商店街へ向かうまでの間に、楓ちゃんにメールで昨日の夕食が何だったかの確認を済ませておく。
品目が被ってしまえば、湊君の好感度が下がってしまう可能性もある。
今回ばかりは失敗ができない。
商店街に着くまでに、いくつかの候補を立てて考えていると、楓ちゃんから返信が返ってきた。
「昨日は焼き魚にお味噌汁……それにサラダですか」
高校生のわりには渋い料理だ。
昔から、湊君の健康に気遣ったメニューを考えて作ってる楓ちゃんには尊敬の念すら感じる。
今日は、湊君の好きなから揚げにしようと決め、楓ちゃんにお礼の返事を返す。
そういえば、連絡先は知っているのだから直接連絡してくれれば良かったのに。
「おう雫ちゃん!今日は買い物かい?」
魚屋の前で、おじさんが大きな声で話しながら近づいてくる。
「はい、楓ちゃんから湊君の夕食を頼まれたのでその買い物に」
「お、恋人みたいでいいな!」
「恋人だなって……まだですよ!」
その言葉に、おもわず口角が上がってしまう。
まだ恋人ではないが、こうして湊君の彼女と間違われたり言われたりするのは、私にとっては嬉しい限りだ。
できればそうなりたいと思っているのだから。
おじさんとの会話もそこそこにして、スーパーに入り手早く食材を買い物かごに入れていく。
おじさんには恋人のようだと言われたが、私はまるで夫の夕食を作るために買い物に来た妻の気分。
自然と心が温まり、普段の買い物より数倍楽しく感じる。
「うんと美味しく作らないと!」
買い物袋をぶら下げて、帰り道を歩きながら街の風景に目を向ける。
田舎に部類される町で、娯楽施設なんてほとんど無い町だが、私にとっては湊君や楓ちゃんとの思い出が多くある大切な町。
記憶の中の懐かしい思い出に浸りながら、私は家までの短い道なりを進んだ。
「では、行ってきます!」
「はいはい、頑張ってきなさい」
玄関でお母さんが見送る中、私は何度も鏡の前で姿がおかしくないかを確認してから家を出る。
向かいの家まで約十秒。
見送られる必要などない距離だが、私が緊張していたのを感じ取ったお母さんは楽し気に玄関を開けて私の様子を見ていた。
「…………」
何度か深呼吸をしてから、家のチャイムを鳴らす。
中から廊下を歩く小さな音が聞こえ、ガチャリと玄関の戸が開く。
「……雫か、悪いな」
「いえ、湊君のためですから」
家の中から出てきた湊君は、部屋着のままだったが申し訳なさそうに出てきた。
普段のよりも目を逸らして話す様子から、昨日の件で湊君も戸惑っているらしい。
多少なりとも私の言葉で、湊君が私の事を考えてくれていることがなぜか嬉しくなり、先ほどまでの緊張が嘘のように消え去った。
「とびきり美味しいご飯を作りますからね!」
あれこれ考えるのはやめにしよう。
今日は、この幸せなひと時を、思う存分堪能しよう。
私は湊君の後に続き、真良家の中にお邪魔するのだった。
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