第七章 本音と本音12
「私は……私はっ!」
何かを決意したかのように見えた雫だが、上手く言葉がまとまらないのかその先が出てこない。
表情が次第に沈んでいくのが目に見えて分かる。
そんな様子の雫を、優斗は悲痛の面持ちで見つめ、綺羅坂は何も変わらぬ無表情で彼女を見据えていた。
俺は雫に言葉をかけることなく、ただその場で立ち尽くす。
ここで何か言葉をかけるとしても、何を言っていいのかわからない。
何度目だろうか、風が草木を揺らす音のみが響く無言の空間。
一秒が途方もなく長く感じ、心臓の鼓動までもが聞こえてくる。
俺も綺羅坂も、そして雫自身も自分が口を開くまでこの状況が続くと思っていた。
しかし、もう一人の人物が先に言葉を発した。
「その前に、俺への質問について答えておきたい」
沈黙を破ったのは優斗だった。
俺と綺羅坂が、優斗に対して問いかけた質問についての回答を、今このタイミングで答えると告げた。
なんとも悪いタイミングに思えた。
雫も意表を突かれたかのように、目を見開いていた。
自然と雫に集まっていた視線が、優斗に向けられる。
「本当のことを言うとな……俺は先日の遊園地に行った時に神崎さんにはフラれているんだ」
「……」
優斗はあっけらかんと話した。
言い訳をすることもなく、ただ正直に。
この言葉に驚きはしないが、それでも優斗がここまで平然と話をしていたのには思わず目を見張った。
そもそも告白をしたことがないからフラれた経験がないので、その状況での心境を語ることはできないが、悲しかったり辛かったり、それ相応の感情が胸の中に渦巻いているはずだ。
それでも、こうして平然としていられるのは優斗自身、今告白したところで成功しないと察していたからなのだろうか。
だが、これでハッキリとした。
綺羅坂や楓が言っていたことは本当で、やはり雫の好きな人は優斗ではなかった。
そうなれば、あとは簡単に答えが出てくる。
「俺が湊、お前に嘘をついていた理由はな、知っておいてもらいたかったんだ」
「……知っておく?」
「あぁ、俺みたいに本気で彼女を好きな人がいる、そしてお前の傍には絶対に神崎さんがいる状況が当たり前ではないことを」
……その言葉に言い返す言葉が見つからない。
確かに雫が恋人として隣に立つ姿は今は想像ができない。
けれど、いつも近くに彼女がいることが、いつの間にか当たり前のように考えていたのも事実だ。
これから、雫が言うであろう言葉で、俺たちの関係は大きく変化する。
今までは、一線引いたところから、眺めている立場だった。
どこか他人事であくまで俺は助力をしているだけ。
それが、気が付けば今では絡まりに絡まった関係のど真ん中にいる。
まんまと優斗の手の上で転がされていた。
彼の言う通り、初めてといってもいいほど、雫とその周りについて考えさせられた。
優斗は、こうなると予想して『付き合うことにした』なんて嘘の言葉を発したのか……
優斗から視線を逸らすかのように、綺羅坂に目を向ける。
彼女は優斗の言葉をどのように聞いていたのだろうか。
視線の先の綺羅坂は平然と、そして静かにこちらを見ていた。
まるで雫に言葉を分かった上で、そして俺の答えも分かっている上で、どうするのか?そう瞳で問いかけているかのように。
最後にもう一度、正面に立つ雫に目を向ける。
彼女は、優斗の言葉を聞き少しだけ申し訳なさそうに俯いていた。
雫のことだ、断ったものの相手に申し訳ない気持ちを抱いているのだろう。
それが、中学から付き合いのある相手なら尚更だ。
しかし、それは誰にだってあることだ。
ノーリスクハイリターンなんて夢のまた夢。
実際には、そんな都合の良い展開などない。
だから、雫が罪悪感を感じる必要もなければ、フラれた優斗が文句を言う資格もないのだ。
それを分かっているからこそ、優斗は雫に対して何も言わず俺にこうして話をしているのだろう。
雫は俺の視線に気が付いたのか、俯いていた顔を上げると視線が交わる。
不安と覚悟が入り混じったような瞳。
彼女も、自分なりに覚悟を決めてここへ来たのだろう。
なら、俺も覚悟を決めよう。
付き合う覚悟でも、断る覚悟でもない。
自分の考えを貫く覚悟だ。
結果として、それは彼女の気持ちに答えることはできないのかもしれない。
けれど、俺は自分の気持ちに嘘をつくことは出来ない。
それは雫が一番分かっている。
それでも、こうして目の前に立っているのだとすれば、彼女も自分の中で何かを決めたのだろう。
俺だけでなく、綺羅坂も優斗も雫の言葉を待った。
「私は……正直いつでも大丈夫だと思っていたのかもしれません。自分の気持ちを伝えるのもまだ時期ではないと……もっといいタイミングがあるはずだと先延ばしにしてきました」
静かに語りだした雫の言葉に、全員が耳を傾けた。
「それでも、進級して二年生になり段々今までとは違う環境になり始めた湊君を見て、遅過ぎですが焦りを感じました」
雫の言葉通り、高校二年になり急にこれまでと周りの環境が変化した。
それは、隣の席になった綺羅坂であり、生徒会に加入する理由ともなった会長であり、当然優斗と雫と三人で同じクラスになったのもある。
本人ですら、あまりの急な展開に今でも信じられないくらいだ。
「今までは私だけが湊君のことを理解していた……私だけが湊君を目で追っていたはずなのに、そこに何人も同じように湊君を見ている人が増えて……」
「……」
「分かっているんです、湊君は自分の気持ちに嘘をつかない人だってことは……だから私の気持ちに答えてくれることもないってことも」
それでも、彼女は穏やかな表情で話した。
内容とは全くそぐわないその表情は、普段と何ら変わらない雫だった。
「それでも私は湊君に言葉として伝えておきたいんです。これからも私を見てもらうために、私の気持ちを知ってもらうために……」
雫は胸に右手を当て、深く深呼吸をする。
そして雫は、本当の意味で笑みを浮かべた。
それは一切の淀みもなく、誰もが目を奪われてしまうほど、可憐で美しい笑みだった。
「私は世界で一番湊君が好きです……大好きです、今までもこれからもずっと……!」
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