第七章 本音と本音11
雫は公園の入り口に立っていた。
階段の上に立ち、こちらを見下ろす雫は、少しばかり荒い呼吸をしている。
ショートパンツにTシャツという雫にしてはラフな格好で、彼女の雪のように白い肌が薄暗くなり始めた視界には一層際立って見えた。
それにしても、少々タイミングが良すぎる。
まるで、誰かが仕組んだかのように現れた彼女だが、それは言わずもがな。
俺の正面に立ち、わざとらしい視線を彼女へ向けていた優斗が呼んだのだろう。
事前に、優斗は雫に何かしらの連絡を入れていた。
当然、スマホを忘れていた雫は家に帰り連絡が入っているか確認をしたはずだ。
そこで、優斗からのメールを目にして、家から急いで走ってきたと……
そうすればラフな格好なのも、やけに急いできたかのようにしているのにも一通りは納得がいく。
ただ、あの雫がここまで急いでくるとは、優斗はどのような連絡をしたのだろうか。
一段、また一段と雫は階段を下りこちらに歩み寄る。
ここからでは、彼女の表情をハッキリとは確認できない。
だが、少しだけ聞こえてきた声から察するに、俺たちの会話を聞いていたのかもしれない。
普段より、暗く沈んだ声に聞こえた。
「……帰ってきていたんだな」
「少し前に戻ってきたんです、皆さんからの連絡にお返事できなくてすいませんでした」
スマホを家に忘れてしまいまして……と、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、目の前にやってきた雫は俺を含めた三人を一通り見渡す。
悪いことなんて何もしていないのに、先ほどの会話を聞かれていたと思うと無意識のうちに彼女から視線を逸らしてしまう。
そんな俺の心情を悟ってか、雫は優しい笑みを向ける。
「荻原君から湊君が大事な話をしていると聞いたので、急いできたのですがそんなことだったんですね」
「……」
「気にしないでください、別に湊君は自分の気持ちを正直に口にしただけで何も悪くありませんし、それに私も気にしていませんから」
そう言った雫は、一見変わらぬ表情を浮かべていた。
けど俺は知っている。
彼女が嘘をつくときに、今みたいに周りに悟られないように表情を作ることを。
両手を握り、後ろに組んで隠すことを。
そんな細かすぎて、他の人では気づけない些細な仕草でも、その意味が分かってしまう。
こんなことになるのなら、優斗からの質問になんて答えるんじゃなかった。
曖昧な関係を良しとはしない。
自分とっても、相手にとっても良いことなどない。
距離をとるのなら、素早くハッキリと。
面倒ごとになる前に、そして、できるだけ穏便に。
その心情で今までは過ごしてきたつもりだ。
そもそも、禍根を残すような相手を作ったこともなければ、そこまで親しくなった人がほとんどいない件については、今回に限り目を瞑ろう。
だが、少なくとも今、目の前にいる相手にだけは、これまで通りの関係でありたかった。
同い年で、幼馴染で、家族同士仲が良く、互いが相手の核心的な所へは踏み込まない。
もし、少しでも踏み込みすぎれば、これまで当たり前だったものが、そうでなくなってしまう気がした。
当人たちの関係は当然ながら、妹と彼女との関係、両家の関係。
俺の限りなく狭い交友の輪の中では、一つの関係の変化で大きく今後の暮らし方に影響を及ぼす可能性がある。
俺は一人の時間が好きだ。
落ち着くことができるし、何より自分の好きに物事を運ぶことができるから。
けれど一人がいいのではない。
孤立したいのではない。
孤独がかっこいいと思っているのではない。
だが、自分の多少捻くれた性格や価値観で、周りに溶け込めていないのもまた事実。
これからも、それは変わらないだろう。
決して胸を張れることではないのだが、自信がある。
そんな俺を誰よりも理解しているのが神崎雫という人物なのだ。
馬鹿だな、また変なことを言っている。
そう思いながらも、俺の性格や考え方を理解しているからこそ、普通なら頭にきたり見放してしまうようなことを言っても笑って見逃してくれる。
「自分を本当に理解してくれる人を一人でいいから見つけなさい」……昔から母さんが何度も口にした言葉だ。
これは、雫に間違いなく当てはまる。
長い年月が為せる業なのだろうか。
だからこそ、異性としての感情を抜きにして、彼女のことを大切に思っているのかもしれない。
「あのな……雫」
「私はっ!」
彼女に何か言葉をかけようと口を開くと、それを遮るように雫が話し始めた。
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