第七章 本音と本音9


「それは君が気にすることなのかい?綺羅坂さん」


「では、私が気にしてはいけないことなのかしら?」


 いつもの優斗なら、苦笑いしながら返事を返しているところだが、今日は彼女にも鋭い視線を向けていた。


 まるで、お前は関係ないのだから出てくるなとでも言わんばかりに。

 対する綺羅坂も、同様の視線で優斗を見据えている。


「君には関係のない話しのはずだけど?……それに君は神崎さんの友達でもないだろう」


「ええ、彼女とは友達でも何でもないわ、むしろ神崎さんは私の中で嫌いな人でもあるわね」


 綺羅坂は短い髪を払うと、腕を組み堂々と言い放つ。

 本人がいないとはいえ、ここまで自分の気持ちを素直に言葉にできるのは、俺の知る限りでは彼女くらいなものだろう。



「でも、友達でもなく彼女を嫌いだと思っているからこそ見えるものもあるわ」


 そう話す綺羅坂は、何を思ったのか一度だけ優斗からこちらに目を向ける。

 だが、それは一瞬のことですぐに視線を戻す。


 この言葉に、優斗は難しそうに表情を変える。


 何を言っているのだと思うかもしれないが、彼女の言っていることは一理ある。


 嫌いな人の事なんて、顔と名前くらいしか知らないと思うかもしれないが、実際には違う。


 好きな人のことを知ろうとするように、嫌いな人のことも自然と情報を集めている。

 それが人間という生き物だ。


 何も理由もなく、相手のことを嫌いと言っているのはただの偏見だ。

 本当に嫌いな人は、どんな所が自分にとって嫌いなのか観察したり、嫌いだからこそ無意識のうちに目で追ってしまっているものだ。


 近寄りたくない、関わりたくないから。



 それが綺羅坂ともなれば、一般とは比べ物にならないくらい多くの情報を集めているに違いない。

 些細な変化も見逃すことがないだろう。


 

「たった数ヶ月で、何が見えたのか教えてもらえるかな」


 挑発にもとれる優斗の発言。

 しかし、綺羅坂は気にする様子もない。


「そんなもの簡単よ……」


 優斗の問いに、彼女は悩むそぶりも見せずに答える。


「この数ヶ月の間では、彼女の心があなたに向いたことは一度もないわ」


「……」


 この言葉に、優斗はさらに表情を暗くさせる。

 そこへ追い打ちをかけるかのように綺羅坂は言葉を続けた。


「あなたは本当に彼女と付き合っているのかしら?」


 俺が本当に聞きたかった質問を、彼女が代弁する形で優斗へ投げかける。

 昨日、俺が同じ質問をした時のように「そうだ」と答えるのか、それとも新しい答えが彼の口から出てくるのか。


 彼女達の短い言葉のやり取りの間で、俺は完全に空気と化してしまったがそっと耳を傾け答えを待つ。


 しかし、優斗の口から出たのは、綺羅坂の質問の答えには程遠い言葉だった。



「綺羅坂さん……君もこのままでいいのかい?」


「……どういう意味かしら?」


「いや、俺や神崎さんのことよりも自分のことを気にしたほうがいいんじゃないかな?」


 お互いにぶつかり合っていた視線は、なぜか俺に向けられる。

 

 だが、両者の視線からは違った感情が読み取れた。

 綺羅坂はどこか悩んでいるかのように、優斗は悲しそうな目でこちらを見る。



「きっとこのままじゃ、君も神崎さんも……それに俺も前にも後ろにも進むことはない」


「それは……」


「……先に進むには誰かが一歩踏み込まないといけないんだ。だから俺は今日湊と話をすることにしたんだ」



 この二人は何を言っているのだろうか。


 俺には、何の話をしているのかサッパリ分からないが、二人だけでなく雫にとっても重要な問題について話をしているのは分かる。



「……綺羅坂の質問に答えるのが先じゃないのか」


 二人の話も気になるが、今は綺羅坂の質問に優斗が答えるのが先だ。

 会話を遮るように話しかけると、優斗は静かに立ち上がった。


「そうだな、綺羅坂さんの質問にはちゃんと答えるさ……でもその前に」


 優斗はベンチから少し離れたところまで歩くと、依然としてベンチに座ったままの俺に向けて振り向き様に言った。



「湊……お前は神崎さんのことをどう思っているんだ?」


 

 その質問は、俺が一番聞いてほしくないと願っていた質問だった。





 

 

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