第六章 遊園地と勘違い

第六章 遊園地と勘違い1


 五月中旬、日曜日。

 窓の外に広がる広大な空は、雲一つ見当たらない。


 あまりの天気の良さに、昨日の夜から窓際にぶら下げられた逆さてるてる坊主が、滑稽に見えてしまう今日この頃。

 俺は寝床から体を起こし、死んだ魚のような目をして気持ちのいいほど晴れ渡っている空を見上げていた。


「……君は仕事してないか」


 返ってくることなどない問い掛けをした。

 遊び半分で書いた笑った表情が今は恨めしい。


 昨日の朝の時点で、お天気お姉さんが今日は快晴になると言っていたのに、おまじないの効力に一縷の望みを残して就寝したのだが、効果は微塵も発揮しなかったらしい。


 所詮、噂やまじないの類の結果なんてこんなものだ。


 

 今日スケジュールとしては、駅前の喫茶店に九時集合となっている。

 少し早起きをしようと思っていたが、昨夜は早めに就寝したおかげか目覚ましをセットした時刻より多少早めに目を覚ますことができた。


 すでにリビングのほうからテレビの音と、慌しく動く足音が聞こえてくるので楓も起きて準備をしているようだ。


 俺は、布団から抜け出し枕元に置いていたスマホを手に持つと、自室の扉を開け廊下に出る。


「おっ弁当!おっ弁当!」


 リビングがある方からは、いい匂いと共に楓の声がテンポよく聞こえてくる。

 言葉通り昼食の弁当を作っていたのか、その声はとても楽しそうだ。


「おはよ……」


 あちこち髪の毛が寝癖で跳ねている頭をポリポリと掻きながら、俺はリビングにいる楓に声をかける。

 俺が起きる前に着替えを済ませていた楓は、早速昨日買っていた黒色のジャケットを着ていた。

 下にはデニムを穿いていて、動きやすそうで今日の格好としては良さそうに見える。

 

「おはようございます!いま朝食の用意をしますね」


 普段より、何倍も大きな弁当箱二つを布で包んだ楓は、今日使うカバンの中にしまいテキパキと朝食の準備に取り掛かる。


 その動作がピタリと止まったかと思うと、少し申し訳なさそうに表情を暗くさせた。


「すみません兄さん、朝食がお弁当の残りになってしまうのですが……」


「気にしなくていいよ……弁当まで用意してもらって悪いな」


「いいえ!私が自分でしたことですから」


 遊園地の食事でもいいが、ああいうところは量や味に関わらず値段が高い。

 それに慣れ親しんだ飯のほうが、こういう時はおいしく感じたりするものだ。


 楓は弁当の残りのおかずを皿に盛ると、俺と自分の座る席の前に置いていく。

 俺は、その間に新聞を玄関に取りに行き、ついでに寝間着から着替えることにした。

 

 白色のシャツに暗めのジーパンという、とてもシンプルな服に着替えると再びリビングに戻る。


「今日は雫さんと一緒に駅まで行く約束をしました」


 席に着いた俺に、楓がそう告げる。

 そういえば、昨日ここでそんな話をしていた気がする。


 眠気に襲われていた俺は、しっかりとは聞いていなかったが向かいに住むのだから当たり前か。


「んー」


 テレビのニュースに視線を向けコーヒーを飲みながら、俺は承諾の意味を込めて小さく頷く。

 

「あと一時間くらいで来るそうなので、兄さんも準備を終わらせておいてくださいね」


「んー」


 あと一時間か……

 視線をテレビの左上、時刻が表示されている場所に移すと七時十五分と表示されていた。


 歩いて三十分くらいで駅までは行けるので、妥当な時間だろう。

 俺は目の前の朝食に視線を戻すと、ゆっくりと料理に箸を伸ばした。




「兄さん!本当に準備できたんですか?」


 今日は楓より遅く朝食を食べ終えた俺は、洗面所で顔を洗い歯磨きを済ませた後は、庭の長椅子に腰かけて過ごしていた。


 一方楓は、雫が家に来る前に荷物の忘れ物はないか最終チェックをしており、リビングから俺に声をかける。


「……たぶん終わった」


「もうっ!」


 きっと、今の楓は頬を膨らませた可愛らしい表情で俺がいる庭のほうを見ているに違いない。

 そんな妹を想像しながら、太陽の光を体いっぱいに浴びていると、庭の芝を踏みしめる音が玄関側から聞こえてくる。


「湊君、楓ちゃんを困らせてはダメですよ?」


「……早くないか?」


 俺の隣で止まった足音の主、雫は楓から聞いていた時刻よりもかなり早く真良家に訪れた。

 

 小さな肩掛けのカバンに、真っ白なワンピース。

 清楚なイメージがある雫には、とても似合って見える。


 うん……最近の女子高生みたく派手に着飾っていたり、化粧で別人に変身していなくてとても良い。


「ハンカチは持ちましたか?」


 雫は、俺の隣に腰かけると、唐突に質問を投げかけてきた。


「……部屋にある」


「お財布は?」


「テーブルの上……」


「鍵にティシュは?」


「……楓が持ってる」


「楓ちゃん!全然終わっていませんよ!」


 彼女は、大きな声でリビングにいる楓に声をかけると、スッと立ち上がり玄関から家の中に入っていく。

 そのままリビングに向かった雫は、楓に挨拶をした後に中から俺を引っ張り入れる。


「ほら!荷物を持って!髪の毛も跳ねてますよ」


「お前は俺の母親か……」


 手で俺の髪の毛を整える雫に、俺はそう小さく呟くと後ろから楓の声も聞こえてくる。


「雫さん、申し訳ありませんが兄さんの準備をお願いしてもいいですか?」


「はい、分かりました」


 そう返事をした雫は、俺の元を離れると家の中を動き回り、必要最低限の荷物をテーブルの上にそろえていく。


「湊君は昔から遠足とか修学旅行などの準備は時間かかりましたからね」


「本当です!行きたくないからっていつもギリギリまでボーっとしていて……」


 ……仕方がないだろう、行きたくないのだから。


 母親が二人になった気分で、目の前を忙しそうに動き回る二人をただ眺めながら、とうとうこの日が来てしまったのだと実感した。


 本当に行くのか……嫌だなぁ。急遽トラブルで休園してないかな。



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