第五章 週末の過ごし方7

 

「お二人はこの後どうする予定ですか?」


 一連の話を終え、各々が好きな飲み物を店員に注文してから楓が二人にそう問いかけた。

 彼女達は、この後の予定については特に考えてはいなかったのか、二人して思案顔になる。


 俺達が家を出てから約二時間。

 現在の時刻を確認すると、もう少しで十二時になろうとしている。


 結局、先ほどの騒ぎのせいで二階の店ではお目当ての商品を買えていない楓は、この後に戻って買ってくるらしい。


 雫も、あの店は気になっていたと言っていたので、一緒に行くか確認がしておきたかったのだろう。

 

 それくらいなら良いのだが、午後もここで買い物を続けるなら昼食は食べておきたい。

 これだけ大きな施設、当然フードコートが七階にあるらいしが、この時間なら同じ考えの人達でどの店も満席だろう。


「私は特に予定はないわね」


「私は……そうですね、先ほどのお店を少し見てみようと思っていますが、他には特にありません」


 二人の答えに楓は頷いて見せると、次にこちらに視線を向ける。


「俺は家に帰る予定」


「……兄さんには聞いてません」


 ……これは失礼。

 てっきり俺にも聞いてくれるのかと思ってしまった。


「……じゃあなんだよ?」


「私も先ほどのお店で今日の買い物は終わりですから、自宅に戻ってから皆さんで食事にしませんか?」


「…………」


 それはそれで面倒だ。

 外食するよりは、断然早く家に帰れるが、帰った後も二人が家にいるなら落ち着いて休んでもいられない。


 向かいに座る二人も、もちろん俺達兄妹の会話を聞いていて、二人して半目で俺のことを見ていた。

 きっと、俺が楓の提案を断ると思っているからだろう。



「……分かった、なら早く帰ろう」


「「おぉ……!」」


「なんだよ……」


 何だその目は……

 ただでさえ明日は長い時間電車に乗って、歩き回って、人混みに中てられて疲れる予定だ。

 これ以上、外を歩き回りたくない。


 それなら少しでも家にいた方がまだ良い。


 意外そうにしている雫と綺羅坂は無視して、頼んだまま飲んでいなかったメロンソーダを一気に飲み干した。







「兄さんはこっち、私のはこっちです」


 俺達四人は、二階の店に戻ると楓が気に入った商品を俺に見せてくる。

 俺が青色のマグカップで、楓が同じ形のピンクのマグカップ。


 もっと変わった形や色をした物にするのかと思っていたが、そういうわけでもなくごく普通のマグカップだった。

 いつも使っているやつよりか少し大きめで、使いやすさや大きさを考えればちょうど良さそうだ。


「良いんじゃないか?」


「ならこれにしますね」


 俺の同意も得られたことで、楓はその二つを店の奥にあるレジに持っていく。

 その間に、俺は後ろにいる二人の様子を確認する。

 

「あれは馬かしら?」


「ロバじゃないですか?」


 二人は、ガラスで出来た置物の商品が多く置かれている棚を見つめながらそう話していた。

 俺もその商品に目を向けるが、確かに馬かロバか分からない形をした商品が一つ置かれていた。


「どっちでもいいだろ……」


「いえ、これは馬よ」


「ロバだと思います!」


 心底どうでもいいことで張り合う二人。

 そんな二人を、俺は思わずため息しながら見ていると、いつの間にか会計を終えた楓がなぜか張り合う二人にこう告げた。


「あ、それはオカピの置物だそうですよ」


「……オカピ?」

「……オカピ?」


「……なんじゃそりゃ」





 馬でもなくロバでもなく、オカピ

 おそらく俺達以外にも騙されている人がいるであろう置物が置いていた店から出ると、そのままエスカレーターで一階まで降りる。


 一階通路を来た道を戻るように進み、建物の正面出入口から外に出ると心地い風が肌を撫でる。

 人が多くて息が詰まりそうだった俺は、大きく体を伸ばして胸いっぱいに空気を吸い込むと少しスッキリとした気分になる。


 これから俺達四人は一駅隣の俺の家に戻り、少し遅めの昼食を食べる予定だ。

 帰りも当然電車に乗るため、駅に向かい俺達は歩き出そうとすると、道路を走る一台の車が丁度俺の前で停車する。


「お迎えに上がりましたお嬢様」


「ありがとうジイ」


 停車した車の中から出てきたのは一人のおじいちゃん。

 黒いスーツに身を包み、顔には年相応にシワが多いが、優しい笑みを浮かべ綺麗な姿勢でこちらに俺達に向け礼をした。


 楓と雫は初対面だが、俺は以前会ったことがある。

 ゴールデンウィークに綺羅坂が家に来た際にも車を運転していた人だ。


「お久しぶりです黒井さん」


「これは真良様、お久しぶりでございます」


 そのおじいちゃん……黒井さんに俺は小さくお辞儀をしてから挨拶をする。

 黒井さんも俺を覚えていたらしく、再びこちらにお辞儀をしていた。


「ジイ、悪いのだけど真良君の家までお願い」


「かしこまりました、では皆さまお乗りください」


 黒井さんは綺羅坂の言葉を聞くと、俺達を乗せ車を走らせた。


 黒井さんに自宅まで送ってもらった俺達は、一駅しか離れていないこともあり予定よりも早く家に着くことができた。


 あれがリムジン……今度また乗せてもらおう。

 席がソファーみたいで気持ちよかった。




 

 黒井さんに礼を言い、家に入って早々に楓と雫、綺羅坂が三人並びキッチンに立つと楽しそうに料理を始める。

 俺は、自室に戻らずソファーに寝転がり体を休めながら食事ができるのを待つことにした。


 部屋に戻ってしまうと、おそらくそのまま爆睡してしまう。

 睡眠欲と食欲、どちらを取るか俺なりに真剣に考えた結果、リビングで寝れば料理ができてすぐに起こしてくれるという最高の案を思いついた。


 安心して睡眠欲に身を任せて意識を手ばした俺を、予想通りに料理を終えた楓が起こしてくれたので、出来立ての食事を食べることができた。


 部屋の布団で爆睡していたら、こうもすんなり起きることもできず、料理が少し冷めてしまっていたはずだ。




 その後は、リビングで楓と雫、綺羅坂がトランプなどを楽しんでる姿を、後ろのソファーでウトウトしながら眺めているうちに日は落ちていった。


「では、また明日」


「お邪魔しました!」


 今日は完全に暗くなる前に、二人は俺達の家から帰ることになった。


「……じゃ」


「はい、また来てください!」

 

 俺と楓は、玄関で二人を見送りをすると、家の中が急に静かになる。

 

「……静かになりましたね」


「そうだな……今日は早く寝るよ」


「私もそうします……」


 騒がしいのは嫌いだが、急に静かになるのも嫌なものだ。

 急に、気分が冷めていくような感覚になる。


 俺と楓は順番に風呂に入ると、少しリビングで話をしてから早めに寝ることで明日に備えることにした。


「……てるてる坊主って反対にしておけば雨降るんだっけ……?」


 何の効果もない、ただのおまじないのようなものだが、念のためティッシュで自作したてるてる坊主を窓際にぶら下げてから寝ることにした。



 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る