第五章 週末の過ごし方5


「お待たせしました!」


「いや、凄い待っ……いや大丈夫全然待ってない」


 会計が終わり、満足そうに戻ってきた楓に俺は正直な気持ちを言葉にしようとしたが、楓の表情を見て踏みとどまった。


 目、口元、頭の角度、声、全てにおいて完璧過ぎるその表情には、有無をも言わせぬ迫力があった。

 まるで『何も言うな』と言われているかのような表情に、俺は丸くなっていた背筋を伸ばし、楓が差し出してきた袋を受け取る。

 

「兄さん……女性が買い物するときは時間が掛かってしまうんですよ?」


 楓は俺の反応を見てくすっと笑みを零すと、俺が荷物を持っていない左手を自分の右手で握りしめて歩き出す。

 



 楓にこの後の流れを聞くと、一階には既に用はないらしく、有名な店が両脇に連なる通路をスルーして進み、エスカレーターで二階に上がると、一階とは異なるジャンルの店が多く並んでいた。


 大手家電量販店や家具、雑貨などを扱う店が多く、次に俺達が目指す店は二階に上がってすぐの店、主に食器を扱っている木目調の外観をしたレトロな雰囲気の店だった。


「次はこのお店です!」


「……明日の買い物をするんじゃなかったっけ?」


「行きましょう!」


 楓は俺の言葉を華麗に無視すると、明日とは全く関係のない店の中に入っていく。

 店内も外観と同様に木目調でどこか落ち着く雰囲気を醸し出しており、皿やグラス、マグカップなどの食器類が綺麗に陳列されていた。

 

「兄さんと私が使っているカップもずいぶん前に買いましたからね、そろそろ買い換えたいと思っていたんです」


 気になる商品を一つ一つ手に取り、触り心地などを確認している楓は、真剣なまなざしで商品を見比べる。


 普段使っているカップは確かにずいぶん前から使っている物だが、まだ綺麗で買い換えるほど劣化はしていない。

 だが、数日前に使っていないグラスやカップなどを処分していたのを見かけたので、元々ここで新しいものを買っていくつもりだったのだろう。


 楓が気に入った商品を見つけるまで少し時間が掛かりそうなので、俺は店内を適当に見て回ることにした。


 食器がメインの店だが、ガラス細工の小物や置物なども取り揃えており、見ている分には面白くて退屈はしない店だ。


 商品棚の上のほうには、他の商品とは違い高価な商品も数点置かれ、うっかりぶつかって壊してしまったら俺の小遣いなんかで弁償できない金額の値札が貼られていた。


「……高すぎだろ」


 そっと商品が並べられた棚から離れると、店の外が先ほどより騒がしくなっているのに気が付いた。


「なんだ?」


 ただ人が多くて騒がしいのとは少し違う。

 気になった俺は、店の外の顔を出してみるが店の前には特に人は集まっていなかった。


 首だけ動かし辺りを見回すと、右手側の少し先に人だかりが見えた。

 俺は、店から出てその人だかりにゆっくりと近づいてみると、なにやら女性が多く集まっているように見える。

 


「……戻ろう」


 中心にいるのが誰かを確認をする前に、俺は先ほどの店に引き返す。

 女性が多く、普段教室でもよく聞く様な甲高い声に、輪のように集まる人だかり……

 

 何となく予想ができてしまった。

 ……というか絶対あいつだ。


 別に妹と買い物をしているだけなので、遭遇したところで特に問題はない。

 だが、最近は特に面倒なことに巻き込まれるケースが多い為、見つかる前にそそくさとその場を立ち去るに越したことはない。


 体の向きを反転させ、来た道を引き返そうと歩き出すと、今度は俺がさっきまでいた店のほうが騒がしくなっていた。


「今度は誰だよ……」


 通路の端のほうを歩きながら来た道を戻りつつ、今度は誰が注目を集めているのか確認しようと近づくと、聞き覚えのある二人の声が集団の中心から聞こえてきた。



「すみません……そこを通してもらえないでしょうか」


「どいてもらえないかしら、邪魔よ」


 俺が目指している店に、中心にいる二人が入ろうとしているらしいが、自分達を囲む男達が邪魔のようでうんざりとした声を二人は出していた。


 これまた声を聴いた時点で誰かすぐに分かってしまったが、今回は身を翻すことなく早足で通路の端を進む。


 戻ったところでさっきの女性たちの人だかりにぶつかるだけだ。


 彼女達が人混みから出られていない今のうちに、店の中から楓を連れだしてこの場を離れるべく店の戸に手を掛けたところで、人混みをかき分けて出てきた二人……雫と綺羅坂と店の前で目が合う。


「あれ?」

「あら?」


「…………人違いです」


「まだ何も言ってないわよ」


 

 綺羅坂に冷静に言葉を返され、店内に逃げ込もうとしたところで雫に腕を取られる。


 勢いよく後ろに引っ張られた腕は、自然と関節技のように押さえつけられると同時に強烈な痛みに襲われ、自然と歩みが止まる。


「待ってください!」


「それは腕を押さえる前に言ってほしかった……」


 明らかに遅い声かけをする雫に言葉を返すと、反対の腕も綺羅坂に掴まれる。


「これで逃げられないわよ」



 まるでドラマで逃げ出した犯人を警察が取り押さえているような光景になってしまったが、俺は決して悪いことはしていない。


 何故か、周りを通り過ぎる人から冷たい視線が俺に向けられているのがとても気になるが、それは間違いであると信じたい。


「兄さん決めました!このカップに……なにしてるんですか?」


 そしてタイミングの悪いことに、店の外に出てきた楓は、実の兄が女性二人に関節技を決められているという光景を目にし、冷たい視線を俺……ではなく綺羅坂と雫へ向ける。


「あれ?雫さんに綺羅坂さんじゃないですか」


 俺を押さえているのが二人だと気が付いた楓は、普段通りの表情に戻り俺達のそばに駆け寄ると不思議そうに首をかしげる。


「……兄さんがナンパでもしましたか?」


「ええ、熱烈なアタックを受けたわ」


「普通に嘘つくな……」


 楓の問いにさらっと嘘を吐く綺羅坂の言葉に、雫まで同意するかのように頷いて見せた。

 最近雫までが、綺羅坂のせいで良くない影響を受けている気がする……



 

 

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