第五章 週末の過ごし方4
現在、俺と楓は駅から出てすぐ目の前にある建物を見上げて立ち尽くしている。
というわけでやってきました隣町。
ここまでの道のりが無いと思う人も少ない無いだろう……
しかし、普通に駅まで歩き、ホームで電車を待ち、目の前に到着した電車に乗りここまでやってきただけで話すほどの事がなかった。
電車と言っても一つ隣の駅に移動しただけで、大した距離でもない。
一応、市は跨いでいるが。
仮に話をするのならば、ホームで電車を待っている間に隣にいた数人の同年代の会話を聞いて、俺は彼らと普通の会話をすることができないと感じたくらいだろうか。
最新のゲーム機の話であったり、アイドル、アニメの話でほとんど理解できなかった。
途中から英語やカタカナのような言葉ばかりで、呪文を唱えているのかと思ってしまったほどだ。
その他にあるとすれば、大学生くらいのいかにも軽そうな男が楓にナンパまがいなことを始めて「すみません気持ち悪いです」と、思わずゾッとする程の冷たい声音の一言で楓が相手の心をへし折ったくらいだろう。
まあ、これくらいだろうか。
たいして重要な出来事もなく目的地に到着したわけだが、目の前の想像以上の大きさをした建物に正直驚きを隠せずにいた。
周りから聞いた話やチラシなどで外観などは分かっていたが、大きさがこれほど大きな建物だとは思っていなかった。
パッと見て、七階までは確認できたが地下にもおそらくフロアがあるのだろう。
たいして大きくもないではないかと思う人もいるだろうが、俺達の家の近くには三階建てのスーパーくらいしか大きな建物がない。
あったとしても家から離れた、駅前のマンションが一番大きくて五階建てくらいだろう。
しかし、目の前の建物は七階と言っても、各階の大きさがマンションとは比べ物にならない高さで、取り付けられた窓で階の見分けができなければ十階建て以上と勘違いしていただろう。
周りにある建物と大きさの差がありすぎて、一か所だけ異様な光景を作り上げていた。
それに加えて後ろに広がる光景が山々なのが、更に違和感を感じさせる。
到着してから数分が経過しているが、その異様さに驚きと違和感を感じている俺とは違い、楓は徐々に表情を明るく変えていく。
「行きましょう兄さん!」
楓は、今朝見せた輝かしい笑顔以上の表情で少し後ろに立っていた俺のほうへ振り向くと、俺の手を取り早足で正面入口に進む。
入口に近づくにつれて人の数も多くなり、店内に入る頃には周りが人で溢れかえっていた。
「……帰る」
あまりの人の多さに、俺は一気に気分が悪くなり身を翻し、駅まで来た道を戻ろうとすると楓が俺の腕にしがみつく。
「ダメですよ兄さん、まだ入ったばかりなんですから」
絶対に離さないと言わんばかりに、楓はしっかりと俺の腕を掴むと建物の奥まで進む。
通路の両脇には様々なブランドの店が並び、建物中央に差し掛かると最上階まで吹き抜けとなっている天井が視界に入る。
自然と歩みが遅くなってしまう俺とは違い、楓はそんな光景に目もくれず、あらかじめインターネットなどで店の位置を把握していたのか、歩みに一切の迷いがない。
そのまま一度も立ち止まることなく俺達はまず最初の店へとたどり着いた。
「ここで私の服を買います」
ニコニコ製造機の優斗に、負けずとも劣らない営業スマイルを振りまいている女性店員が立つ店の前で止まった楓は、俺にそう告げるとその店員に会釈をしてから店内に入っていく。
店内はやはり女性向けの服ばかりで、中にいた客も全員が女性だった。
皆それぞれの好みの服を手に取り、時には試着室の中に入っては姿を確認している。
楓も自分の好きそうな服を手に取り、鏡の前で自分の体に当てては立ち姿を確認している。
それも一度や二度ではなく、すでに十は軽く超えている。
そろそろ二十を超えるという時、楓が二つの服を手に取り俺が待機している店の端へとやって来る。
「この二つならどちらがいいでしょうか?」
手に持っていたのは、淡い青色をしたワンピースと黒色をしたカジュアルなジャケットだった。
普段から暗い色の服を好む楓にしたら、もう少し明るい服に手を伸ばしてもいいのではないかと多少思ったが、口には出さない。
好みは人それぞれだ。
服なんてもっとも個性が出るところなのだから、彼女が選んだ服の中から選んであげるほうがいい。
「……左かな」
俺はジャケットを指さしそう告げた。
「こちらは似合いませんかね?」
「いや、似合うと思うけど俺はジャケットのほうが良いと思う」
「ふむ……分かりました!」
楓は最後に何度か二つの服を見比べ、自分の中でどちらにするのか決まったのか頷くと、ワンピースを元の場所に戻し、俺が指さしたジャケットをレジに持って行った。
レジまで軽い足取りで進み、店員に商品を渡すと楓は店員と二人で何かを話していた。
俺の立つ場所からでは何を話しているのかまでは分からないが、どこか嬉しそうな表情を受けべていた。
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