第三章 理由

第三章 理由1

 

 球技大会

 主に球技、ボールを使ったスポーツで勝敗を競い合う学校行事。

 

 それは運動が得意な生徒からしたら、最高の学校行事だろう。

 しかし、運動を得意としない生徒には、最悪の日でもあるイベントだ。



 俺の目の前では、絶賛球技大会が開催されている。

 運動系男子……特に球技大会の種目になっている競技の部活動の奴らはいつも以上に生き生きとした顔をしていた。


 一方文化系男子は、体を動かすことが苦手で、傍から見ていても足を引っ張っていると分かってしまう。

 そのためか、クラスメイトから邪魔者扱いされたり、女子からは笑いものになっている生徒も少なくない。


 そんな彼らを見て俺は別段何もするわけでもなく、何を感じるわけでもなく、その光景をただ傍観していた。


 ここで運動が苦手な生徒を悪く言う生徒を注意するのも、物語の主人公としては、一人の善良な人間としては正しいのかもしれない。

 だが、俺から言わせればこれは当然の結果だ。



 では、もし運動が苦手で、今も辛そうに行事に参加している生徒達が、自分達の得意な文学的な行事に参加したとしよう。


 そうすれば、きっと彼らは今楽しそうに球技をしている生徒達を同じように見下した目で見るのではないだろうか。


 これだから運動しかできない奴らは……と。


 ならば、今回はそのイベントが運動系向きだっただけ。


 もしかしたら次につらい思いをするのは、今楽しそうに体を動かしている彼らかもしれない。

 一定の人たちが得意で、毎回楽しめるように学校行事はできていない。

 今、運動が苦手な彼らが辛い思いをしているとしても、それは当然の結果だ。


 こういうのは不平等というのではない、順当というんだ。




 なんてかっこつけて言っている俺も、実際のところ球技大会に乗り気ではない。

 むしろ今すぐにでも終わってほしいとすら思っている。


 その理由は簡単。

 今年の男子の種目はサッカー。


 俺も昔からサッカーをやっていたから、頑張ればそこそこ活躍できるとは思う。

 しかし、それを周りが許さない。


 俺達のクラスには……いや、俺達の学年には奴がいる。


「荻原くーん!」

「決めてぇ!」

「カッコいい―!!!」



 そう、悪の権化と呼ぶべき男、スマイル製造機荻原優斗である。

 

 

 俺達三組は、優斗を中心としたチームで、シュートもパスも、フリーキックもコーナーも全て優斗。

 サッカー部も数人いるが、誰一人自分がやろうとしない。


 一時間程前に行われた一回戦では、PKを獲得した生徒ではなく、優斗にキッカーは任され、活躍の場は全部が優斗に差し出されている。


「荻原決めろ!」


「お前なら決められる!」



 ちなみに今の二人は、自陣のゴール前で優斗にパスを出したのに点数を決められると言っている。

 ただの馬鹿だ。どんだけ超ロングシュートになるのか分からないらしい。



「これはチームと言えるのかしら?」


 俺の横で、試合を観戦しながら話しているのは綺羅坂。

 自分の出場種目であるバスケの試合が終わると、すぐに校庭で行われている男子の試合を見に来ていた。


「うわぁ……荻原君しか目立ってないね」


 同じくバスケに出場していた雫もその光景を目にし、異様なものを見る目で観戦していた。


「真良君はなんで出場しないの?私はそれが見たくて来ているのだけど」


 俺がサッカーをしていたことを知る綺羅坂は、不思議そうな顔でこちらも見ている。


「俺達のクラスには三人の現役サッカー部がいる。だけど、その三人は決まって目立たぬプレイに徹している……なんでかわかるか?」


「あのイケメン君が目立たないと、コートを囲む女子生徒達がうるさいからかしら?」


「その通り」


 俺はコートの周りを囲む女子生徒の応援団に視線を向けると、たまたま優斗へのパスを間違えてカットしてしまった生徒に、一斉に小声で嫌みを言われている。


 小声だとしても、人数が多いため男子生徒にもはっきりと聞こえてしまっていた。

 彼は、すぐに優斗にボールを渡し、その場から離れていく。


 その状況を二人が目にしている中、俺は説明を続ける。


「ここで俺が出てみろ、優斗は俺がサッカーをやっていたのも知っているし、あいつのことだ俺に次々パスを出してくるぞ……そうなりゃ俺があの怖い応援団からあいつみたいに冷たい目で見られる」


 俺の説明に二人は「「なるほど」」と声を合わせ納得していた。

 そんなことをしている間に試合終了の笛が鳴る。


 スコアは4-0

 三組の圧勝だった。


「いやぁ、湊も出ればいいのに!こんな楽しい行事もなかなかないぞ?」


 試合後、颯爽と俺達三人の前に現れた優斗は、開口一番でそう話す。

 少し前に俺が出ない理由を彼女達へ説明していたからか、二人は白い目で優斗を見つめる。


「俺は見ているだけでいいよ、今更サッカーなんてやっても疲れるだけだ」


「そんなこと言って、結構上手いじゃないか」


 汗を拭きながら、優斗は俺にそう告げる。

 きっとこいつは悪気もなく本音を言っているのだろう。


 だが、俺には見下されているようにしか聞こえない。


『結構上手いじゃないか』

 その言葉は、あいつの中で俺が自分より下だと認識したうえで「思っていたよりも出来る」と言っているようなものだ。


 学校の授業でやったことがあるくらいの人に、何年も時間を費やしてきた人があっさりと負ける。

 これでは、俺はまるでピエロだ。


 次の試合に向け、クラスメイトと練習をするという優斗に目もくれず、俺はその場を離れ一人校舎の中に姿を消した。

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