怜の休日



 ゴールデンウィークが始まり、二日が経過した夜。

 私、綺羅坂怜の家では、家政婦が廊下を行ったり来たりと忙しなく駆けずり回っていた。


「お嬢様!こちらはいかがでしょうか?」


「嫌よ、もっと清楚なのにしてちょうだい」


「ではこちらは!」


「肌を出しすぎよ……もういいわ、さっきの白色のドレスを持ってきて」


 かれこれ一時間以上、明日着ていくドレスが決まらず内心イライラが収まらない。


 なぜ、私が明日ドレスを着て出かけるのかというと、ある人……二年に進級してやっと話すことができたクラスメイトの家に伺うからだ。


 理由としては、先日彼の家で勉強会を行った際に、悪天候で帰宅が困難になり一泊させてもらったお礼のためにきた、という名目で彼が私の姿を見て驚く姿が見たいから。


ただ、それだけ。


 彼、真良湊君は、生まれて初めて私がどうしても話をしてみたいと思っていた人。

 

 私が、彼を初めて目にしたあの時からずっと話せる機会を待っていた。




 そして二年に進級した初日。

 貼り出されたクラス名簿を目にした時、自分の名前の少し下に彼の名前を見つけた時は心臓が高鳴ったのを感じた。


 私は、珍しく緊張しながら教室の戸を開けると、二人の生徒を囲む人集りの奥、窓際の席に一人座る彼を見つけた。


 偶然か、彼の隣の席を獲得することができたのは、ここ最近では一番の幸運だった。


「……どうも」


 私が、彼の隣の席にゆっくりと座ると、つまらなさそうにしていた彼の表情は、驚いた表情に変わると小さな声で私に声をかけてきた。


 彼はきっと覚えていないだろうけど、こうして話しをするのは二度目。

 一度目は、会話というのには短すぎたが、今ならきっと普通に話をすることができる。


「……ええ、おはよう」


 内から込み上げてくる嬉しさを表情に出さないように、できるだけ冷静に返事をする。

 私の返事を聞き、ポカーンと口を開けこちらを見る彼は、いつもの毎日が退屈しているような表情ではなく、私好みのとても面白い顔をしていた。







「ふふっ」


 昨夜選んだドレスに身を包み、車内から次々と移り変わる景色を目にしながら、私はあの日を思い出していた。


「とても嬉しそうですな、お嬢様」


 祖父の代から運転手を務め、生まれた頃から私を知る執事は、ルームミラーでこちら見ながら笑み浮かべる。


「あら?そう見えるのジイ」


「ええ、ジイにはとても楽しそうに見えますぞ」


 ジイと呼ばれる執事は、歳を重ねて増えたシワの多い顔で、孫娘を見るかのように慈愛のこもった眼差しで私を見ている。


「そうね……最近は、楽しいことばかりだわ」


 彼は今日、私を見たらどんな反応をするのだろうか?

 驚くのだろうか、それとも胸元が少し大胆なドレスに赤面して顔を逸らすだろうか? 

 彼のことだ、無反応もあり得る。


 私としては、赤面している彼なんてレアで見てみたいが、きっと面白い反応を見ることができるだろう。


 あわよくば、このドレスを着た私を綺麗だとか、可愛いだとか言ってもらえるかもしれない。


 そんな期待を胸に、私は彼の家の呼び出すボタンを押した。




「こんにちわ、真良君」


「おぉ……この後お見合いでも行くの?」


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