第二章 学力テスト4

 結局、彼女を家に帰すことに失敗した俺は、渋々ながら俺の部屋で勉強をすることを了承した。


 何度も綺羅坂との関係を聞いて来る楓を自分の部屋に押し込むと、念のため部屋が汚れていないか確認をする。


 特に掃除するところもないことを確認した俺は、別室で待機している綺羅坂を呼ぶべくリビングへ向かった。


「何見てんだ?」


 リビングにいた綺羅坂は、ある場所に飾られていた写真を手に取り、食い入るように眺めていた。

 

「少し気になって……サッカーをやっていたのね」


「……中学の時にな、学校が半強制的に部活動に入らないといけなくて、昔からやってたサッカー部に入部したんだ」


 俺は勉強中に食べる軽いお菓子と飲み物を用意しながら質問に答える。


「なら、なんで高校ではやらないの?昔からやってきたスポーツでしょ?」


 彼女の視線の先には、写真と共に飾られたトロフィーや表彰状がいくつも並べられていた。

 小学校から中学校卒業までの九年間、数々の大会で入賞した際に送られた記念品には、チーム名と俺の名前が達筆に書かれていた。



「その中で、俺が試合に出ていた大会はいくつあると思う?」


「……半分くらいかしら?」


 俺からの唐突な質問に、彼女は視線を右上にやり少し考える素振りを見せ、そう答えた。

 その答えに俺は頭を横に振り、二十以上は並ぶ中から、いくつかの賞を指差した。


「三つ、九年で三つ」


「そんなに少ないの?もしかして下手だったのかしら?」


「そんなに下手なら九年間もやらないだろ……確かに優れた選手ではなかったけど、それなりの技術はあったはず……だと思いたい」


 質問の答えを聞き、素直な感想をぶつける綺羅坂の言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。

 でも、変に気を使われることなく、正直に感想を言われるほうが、不思議と嫌な気持ちにならなかった。


「一つ上の先輩達が、もの凄く強いチームだったんだ」

 

 お菓子と飲み物を用意すると、一旦テーブルの上に置き俺は彼女の隣に歩み寄る。


「中学に俺が入学した時からレギュラーのほとんどが二年生で、俺達の学年でエースだった奴も、三年でやっとレギュラーになれたくらいだからな。ここにある賞のほとんどが先輩達が残した成績ばかりだ、小学校は大会とか少なかったからな」


 俺は中学三年の引退試合の時に撮影したチームの写真を手に取り、ソファーに座る。

 綺羅坂も同じように隣に座ると、久しく思い出さなかった中学時代を懐かしむように話した。



「先輩が引退して、やっと俺達の学年が主力メンバーになれた頃から柄にもなく部活に熱中してた、俺を含めて皆が試合に出れなかったからな。で、少しづつ主力選手が固定されていく中、俺だけメンバーから外さて、俺のポジションだったところには後輩が入った」


「…………」


 今度は俺の話に言葉を挟むことのない綺羅坂を横目で確認すると、そのまま話しを続けた。


「俺は、今では身長も伸びたほうだけど、中学の頃はもっと小さかったんだ」


 俺は頭の上に手をやり、ひらひらとジェスチャーを入れる。

 

「確かに今でも大きくはないわよね」


「……それで監督に言われたのが「身長が低いからお前は出せない」って……それに他のポジションでも俺より下手な奴はいたけど「あそこは左利きじゃないとだめだ」とか「足がお前より早い奴がいい」とか言われて、気が付いたら三年で俺だけメンバーから外されていた」


 写真から視線を天井に移し、当時の光景を脳裏に再生しながら俺は一つ大きく息を吐いた。


「……限られた人数で勝敗を決めるのがスポーツだ、平等じゃないのは分かってる。でも、努力も年数も、技術があったとしても“特別”がある人には勝てない……そんな簡単なことを理解したら急に熱が冷めてな。まぁサッカーをやらない理由はこんなところだ」



 ソファーから立ち上がり、写真をもとの位置に戻すと俺は用意していた飲み物やお菓子を手に持ちリビングの戸を開けた。


「と、まあ昔話もここまでにして、そろそろ勉強を始めるか。俺の部屋でやるんだろ?」


「……そうね、元々真良君の部屋で勉強するために来たのだから。それにしても興味深い話しだったわ、今度またあなたの昔の話を聞かせてもらえるかしら?」


「気が向いたらな」


 俺は適当に返事を返し、綺羅坂が立ち上がるのを待つと、彼女を連れて自室へ向かう。

 まあ、向かうと言っても十秒くらい歩くだけなのだが。


 リビングを出る際に、最後に中学の写真にもう一度視線を移すが、すでに後悔やら悔しさやらが微塵も感じなくなっていたことに、俺は小さく苦笑いをするしかなかった。







 俺の部屋の中に入る前に、あらかじめ綺羅坂に勉強をするにあたっての約束事を伝えた。


「いいか、俺の部屋で勉強するにあたって二つ約束だ。このことは他言しないこと、それと俺の部屋を物色しないこと」


「大丈夫よ、約束するわ」


 彼女の潔い返事を聞き、俺はゆっくりと戸を開き自室に彼女を招き入れた。

 ベッドにテレビ、小さめのテーブル、据え置き型のPCが勉強机の横に置かれているだけのシンプルな部屋。


 キョロキョロと部屋を見渡す綺羅坂を座布団の上に座らせると、教材をテーブルの上に出していく。

 綺羅坂も持参した教材をテーブルの上に広げて準備をしていると、ピンポーンっと来客を知らせるお馴染みの音が家の中に響き渡る。


「お客さんね、出なくていいの?」


「今は妹が出てくれると思うから大丈夫だ」


 俺の予想通り、隣の部屋から廊下を小走りする足音が聞こえてきたので、来客の対応は楓に任せ、俺達はテスト勉強を開始した。


 壁越しに玄関を開ける音が聞こえ、広げたばかりの問題集に視線を落としながら誰が来たのか耳を澄ましていると……



「雫さん!おはようございます!」


 楓が出迎えた来客は、目の前の綺羅坂怜と犬猿の仲である神崎雫だった。



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