The Only Vicious Thing to Do

1.役立たずと言われ冒険者パーティをクビになった俺が聖女と出会って人生変わった件

1-1

《とある冒険者の受難》



「お前はクビだ」


 ある日、俺は所属していた冒険者パーティーのリーダーからそう告げられた。


「……え?」

「聞こえなかったのか? お前はクビだと言ったんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんないきなり――」

「前々から決めていたことだ」


 俺たちは、東国ハーフルバフからの流れものだった。

 ほんの数年前まで、ハーフルバフは魔物禍モンスター・ハザードの絶えない土地だった。

 そのせいか魔物討伐や旅人の護衛を担う専門職として冒険者アドベンチャラーの需要が高く、数多くの若者が彼らの華々しい活躍に憧れを抱いていた。

 しかし、ある時を境に魔物の湧出が減少し、国は徐々に平和を取り戻していった。

 それ自体は喜ばしいことだが、困ったのは仕事がなくなった冒険者たちだ。


 俺たちは辺境の地でたまたま一党パーティを組み、なんとなくそのまま仕事を続けていたが、いよいよ全員が食いつないでいられるだけの仕事がなくなってきたことから、新天地を求めて国を出ることになった。

 そうして辿り着いたのが、ほんのひと月前まで南国グリフィンドルと激しい戦争を繰り広げていたこの土地、北国スリザールの首都だったのだ。


 この土地はまだまだ魔物が多く、冒険者――この土地では傭兵マーシナリーと呼ばれている――の需要が残っている。それどころか、大規模な合戦が起きた場所では魔物の湧出も多くなると言われているのだ、俺たちの活躍の場も増えてくるに違いない。

 この場所で新たな生活の基盤を作ろうと、そのための話し合いをしていたはずだった。

 それなのに。


「いいか。この町の傭兵組合といえば、かつて勇者ウシオ・シノモリが所属していた生え抜きの強者揃いだ。そこに俺たち新参者が所属させてもらおうっていうのに、足手纏いが一人でもいたら一党全体の信用を落とす」

「ま、待ってくれ。確かに俺は支援職サポーターで、目立つ活躍はしてない。けど、俺なりに頑張ってみんなのことを支え――」

「黙れ。一人で小型の魔獣一匹仕留められん奴にこれ以上食い扶持を分けてやることはできん」

「そんな――」

「この町まで連れてきてやったことがせめてもの情けだと思え。俺たちはこの町で傭兵として生きる。お前はお前で好きに生きるんだな」


 そこから先は、もう取りつく島もなかった。

 リーダーは俺の言うことに聞く耳を持たず、他のメンバーも俺が顔を向けただけで気まずそうに眼を逸らす。

 もう認めるしかなかった。

 俺は切り捨てられたんだ。


「……分かったよ。今まで世話になった」


 俺は失意のままに宿を後にした。

 不思議と怒りは湧いてこなかった。

 なんだろう、この喪失感は。

 確かに俺は戦闘職じゃない。けど、一党の活動に対する貢献度が低かったとは思えない。俺の魔法が役立った場面だって何度もあるし、装備品や糧秣の管理だって俺がきっちりこなしていたからこそ旅を続けてこられたんだ。

 そうだ。俺なりに、みんなのことを考えて、あれやらこれやら工夫と努力を重ねていた。それを認めてもらえなかったことが、ただただ虚しい。


 そんな俺の心を透かすように、乾いた風が吹いた。

 暦の上ではもうとっくに春なのに、流石は北国、空気が冷たい。通りには人が多く、町全体が賑わっている。その喧噪が、より一層俺の背中にへばりついた孤独と徒労感を大きくさせた。


「これからどうするかな……」


 幸い、戦後復興の最中だ。どこもかしこも人手不足なはず。職探しなら困らないだろう。

 回復魔法の心得もあるし、自慢じゃないが手先も器用だ。

 いくつか職業ギルド――ああ、この国では組合というんだったか――を回って、何か俺にできることを探そう。あいつらがいる町に留まり続けることに抵抗感はあるが、もうしばらく旅路には戻りたくない。


「しかしなぁ……」


 現状を把握し少しだけ冷静になれたところで、ふと心配になったのは、一党のメンバーたちだ。

 リーダーの強硬な態度に対して、他のメンバーは終始気まずそうにしていた。ひょっとしたら俺の追放はみんなの総意というわけでもないのかもしれない。

 実際、俺が抜けて回復の手もなくなったし、みんなの装備品の手入れやら経費の管理やらだって後釜を決めなきゃいけない。

 あいつら、俺がいなくて本当に大丈夫なんだろうか……?



「あら?」



 俺がそんなことを考えながら今しがた出たばかりの宿屋の扉を漫然と眺めていると、えらい美人のメイドさんと、聖職者の恰好をした小さな少女が通りかかった。


「見て、サク。野生の追放系主人公がいるわよ」

「ミソノ様。通じないと分かっている単語を当たり前のように使うの、そろそろやめてくれませんか?」


 二人とも珍しい黒髪ダーク・ヘアーで、雑踏の中でも目を引いた。

 その内の、聖職者姿の小さな少女がこちらに近づいてきた。後ろのメイドさんがため息混じりに後ろにつく。


「ねえ、あんた。ハーフルバフの冒険者でしょ?」

「え? どうしてそれを――」

「その恰好見れば分かるわよ。それより、あんた、一人よね? 見たとこ長旅の後みたいだけど、装備品はナイフ一本。その割に雑嚢は二つともパンパン。利き手は左? 短杖ショートスタッフ仕込んでるわね。魔術も使えるみたいだけど、袖が殆ど傷んでないわ。支援術師でしょ? おまけにグローブのインク染み。なるほど地図役マッパーも兼任ってわけね」

「ちょ、っと待ってくれ。君は一体――」

「引く手あまたの専門職やってるくせに、そんなどんより顔してどうしたの? ひょっとして旅の間だけいいようにこき使われて、ここまで来たらお仲間に追い出されちゃった? たまぁにいるのよねぇ、支援職を蔑ろにする低能な戦闘職。ねえ。私、この町の教会と騎士団には顔が利くのよ。ちょうど人手探してるところだったんだけど、話、聞く気ある?」


 その清らかな恰好に似つかわしくない蓮っ葉な言葉遣いで、立て板に水を流すようにこちらのステータスを暴いていく少女。

 その小さな唇が、歪な形に吊り上がっていた。


 それはまるで、魔力ならぬ、妖気を纏ったかのように。

 

 俺の背中を、冷たい汗が流れ落ちた。

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