2.これが私たちの世界ですか?(その6)

 ♠ ♥ ♣ ♦


 ゲーム名『王家抜きOld Royal

 トランプ一デック五十二枚から、ハートのK、Q、Jを除いた四十九枚、及び、一人当たり三枚のチップを用意する。

 初めにプレイヤーに均等にチップを配った後、ババ抜きを行う。基本的なルールは通常のババ抜きに従うものとし、以下、異なる点を列挙する。

 「手札を引かれる時」… 引かれるプレイヤーは手持ちのカードを裏にし、テーブル上に三段以内に並べる。引く相手に近い側から一段目、二段目、三段目とする。並べ方は、相手から遠い段のカード枚数が、相手から近い段の枚数を上回ってはならない。

 3   ■ ○  ■ ■ ○

 2  ■ ■   ■ ■

 1 ■ ■ ■  ■ ■


 3 ■ ■ ■

 2  ■ ■

 1   ■ これは×


 「カードを引く時」… 相手の手札を引く時は、一段目のカードならチップを一枚、二段目なら二枚、三段目ならチップを三枚、相手に支払うこと。

 「ゲームの終了について」… K、Q、Jは三枚ずつしかないので、ゲームが進むとペアが作れなくなる事になる。プレーヤーの全員が、それ以上ペアを作れなくなったと判明した時、ゲームは終了する。その際、Jはマイナス一点、Qはマイナス二点、Kはマイナス三点として残り手札の得点計算を行い、既に上がったプレイヤーに続いて、マイナス点の少ない順に順位を決定するものとする。


「ムグっ、ちょっと待った!」

 サンドイッチを食べ終えたばかりのイモムシが、顔をしかめてルイス・キャロルに言った。

「キミ、ゲームの趣旨が分かってるのかいっ? 勝者一人が、残り全員のカジノを総取りするって話だ。マイナス点がどうとか要らないだろ! 二位以降なんか決めてどうする。一人が上がればそれで終了さ!」

 インコとネズミも呆れた様子でうなづく。が、ルイス・キャロルは口を尖らせて言った。

「いえいえそんな。勝者一人も大事ですが、ババ抜きってどっちかと言えばむしろ、ビリを決めるゲームじゃないですか。ちゃんとルールを決めておかないと、皆さんが家族や友人と遊ぶ時に困るで」

「「「どうでもいい!」」」

 三オーナーが言い放った。ルイス・キャロルはふてくされたように鼻から溜め息をついた。彼の後ろで立っているドードーは、目をつぶって額を押さえる。

 さて、イモムシは他のプレイヤーたちの顔を見回すと、不敵な笑みを浮かべながら言った。

「なら、キミたち。そういう事でいいかな? おい、誰か! カードとチップを持ってこい!」

 すると間もなく、無数のギャラリーを押し分け、沢蟹が一箱のトランプと、ケースに入った一握りのチップを持ってきた。イモムシがそれらを受け取ろうとするより先に、隣のネズミがすかさずトランプの箱を奪う。ネズミは箱を、これでもかと顔に近付けて言った。

「セキュリーティーシールで封された新品だな。ひっぺがされた形跡もねえ。臭いも問題ねえな。貼り直されたりもしてねえっつう事だ」

「このあたしにも見せな!」

 インコが言った。ネズミはテーブルの上を滑らせて、トランプの箱を右隣の彼女に渡す。

「ふぅん。そうね。確かに新品みたい」

 イモムシが鼻で笑って肩をすくめる。ここでインコは箱の口に貼られたシールを剥がすと、カードを出して、扇を広げるように、鮮やかな手付きでテーブルにトランプを広げた。スペード、ハート、クラブ、ダイヤの順に、AからKまでが綺麗に揃っている。彼女は端にあるダイヤのKに手を掛け、手首を返した。カードの並びの端に三角形の小山ができ、それは波のように反対側に滑っていき、全てのカードが裏返った。

「表も裏も、問題なしね」

 インコは同様にしてカードを再び全て表にすると、ルールで定めたハートのK、Q、Jを取り除き、そのまま慣れた動きでカードをシャッフルし始めた。入念にシャッフルが行われる様子を、皆が固唾を飲んで見守る。やがて、インコはカードの束を右隣の席のルイス・キャロルの目の前に置き、こう言った。

「カットを!」

 ルイスはトランプ一組の、上から五分の二ほどを持ち上げて残りの山の隣に下ろし、残りの五分の三を更にその上に乗せた。これで、もしインコがトランプを切る時に何か不正をして順番を操作していたとしても、回ってくる順番がランダムになり、意味を成さなくなる。

 インコは再びトランプの束を手に取ると、一枚ずつ、ラシャの張られたテーブルの上を、飛ぶように滑らせて配り始めた。

 イモムシとネズミは順次それを捕まえるようにして手元に引き寄せ、開いて確認する。そうしてペアになった二枚ずつのカードを、次々にテーブルの中央に放っていった。

 一方で、ルイス・キャロルは配られていくカードを伏せたままもてあそびつつ、こう言った。

「『ババ抜きOld Maid』……。年寄りメイド……。今はハートのK、Q、Jを抜いてますが、元々はクラブのQの一枚を抜いて、プレイしていくんですよね。最近、どのマークスートでもない特別な一枚をデックに加える遊びもできてるみたいなので、そのうちにその一枚を使うようになるのかもしれませんが……。いえ、何が言いたいのかと言うとですね……、クラブ以外の残りの三枚のQの内、いずれは二枚がペアになってゲームから抜けていく。残った一枚、行き遅れた独り身の女性オールドミスが、厄介者として方々たらい回しにされるというわけですね! なんとも痛烈なネーミングです!」

 紳士はインコの顔を見て、にっこり微笑んだ。ネズミとイモムシがケタケタ笑う。既にカードを配り終えていた彼女は、眉間に皺を寄せ、ルイスに向かって声を上げた。

「お黙りっ! 言えた口なのッ? ぼさっとしてないでさっさと手札を整理しな! 配ってたこのあたしより残ってるじゃないか!」

「おっと! これは失礼。いろいろと!」

 ルイス・キャロルはようやく手札を全部開き、その十数枚からペアを見つける作業に入った。ドードーも彼の手札を覗き込んで、祈るようにペアを確認する。オーナーたちは先ほどから、彼の事は気にも留めていなかった。

 ……Aがペア……、10も二枚ある…。後は……。ん? ウッ……、これは……!

 ドードー鳥はにわかに胃痛を覚えた。紳士の手札の中に、K、Q、J、即ちババに相当するカードが、それぞれ一枚ずつ入っていたからだ。二枚あればペアとなって消えてくれるが、今の紳士の手札の中にあるのは、間違いなく一枚ずつである。ドードーはテーブル中央に雑然と捨てられたカードの群れに目をやった。

 ……QとJはまだ出てきていない……。けれど、Kは既にペアが出ている……。つまり、お客さんが持っているこのKは、紛う事なきババ! それに加えてババ予備軍が二枚も……。どうしてこんなに運に見放されているんだ……!

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