第17話◇ぐるぐると、くらくらと、

 

 今日も1日いろいろあったなー。そろそろ夕方、日が暮れる。相棒になった金属バットは使いすぎの殴りすぎでベコベコになってる。頼りになるぜ金属バット。

 倒れ伏した3人家族はピクリともしない。男の持ってたナイフを探してみたけど、どこに飛んでったか見つからなかった。

 改めて男の子の死体を見る。俺も女の子見たらさっきの吉野君みたいに理性無くして飛びかかって食っちまうんだろーな。たぶん。


「お待たせしましたー」


 吉野君が戻ってきた。顔についてた血は綺麗になって、ちょっとサイズの大きいワイシャツに着替えてる。


「んじゃ行くかね」


 ワゴンを運転して学校に向かう。今日は学校に泊まって明日はさよならで。


「学校に到着してから、ワゴンの荷物どうやって校舎二階に運びます?」


 どうって……、あー、あの校舎、一階から二階の階段はゾンビ対策に塞がってんだった。


「考えてなかったなー、俺が一階から二階に投げるか。誰か二階でキャッチしてくれればいい」

「その間、校庭のゾンビはどうします?」

「んー、先にゾンビどうにかしないとダメか?」

「いっそ、自分と小山さんで全部かたずけますか」

「俺らがゾンビに襲われないっての、もうバラしてしまうか? それならゾンビ無視して荷物運べる、いや、投げられる」

「それ見て、もうゾンビに襲われないとか勘違いして、自分らのマネして出てくる人がいたらどうしましょう?」

「良い子はマネをしないでくださいって、誰か説明してくれんかなー」

「なんでゾンビに襲われないかって、あそこの避難民に説明できます?」

「説明したらしたで、今度は俺らがゾンビ扱いされる、か。うーわーめんどくさー」

「また音楽、鳴らしますか。その間に運んでしまえれば」

「ゾンビ引き付けてるうちに、コレ全部運べるかなー」


 音楽で引き付けてる間に俺が二階に荷物を投げて、吉野君に見張りをしてもらう。ゾンビがこっちに気づいて、もしも近寄ってきたら荷物運びを中断して、ワゴンに乗って逃げる。こんなところで。

 話してるうちに学校の近くに着いた。さて、学校の様子は、と校門から覗いて見ると、あれ? 校庭のゾンビの数が少なくなってる?


 ガシャーーーーーン、きゃあああぁぁぁぁ、と。

 三階の窓ガラスが割れて悲鳴が聞こえてきた。あー、間に合わんかった? ワゴンを走らせて校門から入り校舎の近くギリギリに止める。ワゴンから降りてタイヤに足をかけてワゴンの屋根に、吉野君から金属バットとバールを受け取り、吉野君も引っ張り上げる。

 校舎二階教室の窓を開けて教室の中に。教室から廊下に出ると、わお、ゾンビがうろうろしてた。


「入って来ちゃったかー、バリケード破られたか」


 でも三階からは、来るなー、とか、助けてー、とか叫び声が聞こえるんで、まだ生きてる人もいるみたい。二階から三階の階段は2つ。どっちが通れるかわからないので、


「吉野君そっちの階段、俺、こっちの階段で」

「りょーかいです」


 吉野君バール持ってダッシュ、俺もバット担いでダッシュ。階段に着いて見ると、踊り場にゾンビが群れてた。ただ踊り場の先は机を積み上げて造ったバリケードがしっかり残ってて、ゾンビは通れないから踊り場でたむろしてるみたい。じゃこっちはハズレ、吉野君がいった方の階段か。そっちにダッシュ。


 もうひとつの階段は、積み上げた机が崩れていた。固定してた紐かロープが切れたか千切れたか、崩れた机の上をゾンビがよじ昇っている。俺ものぼるかー、吉野君は先に三階に行ったのかな。崩れた机の山の上に、机の足に手をかけてよいしょこらしょ。前のゾンビが遅い、じゃま。ゾンビのズボンのベルトに手をかけてさらに上に。そのままゾンビを足場に上に上に。机がぐらつくとこが不安定で危ない。昇って昇って三階に到着。

 

 右、ゾンビが人を喰ってます。おい。左、ゾンビが人を喰ってます。おいおーい。既に手遅れ気味のディナータイムに突入してるわ。

 あっちこっちから悲鳴とか怒声とかガシャンとかパリンとか聞こえて来る。これ、どーすっかなー。生きてる人、見つけて助ける? 助けてから守りきれるか? こんなにゾンビがいてまだ下から昇ってきてんのに?

 俺の気も知らないゾンビ共は、ムシャムシャ、クチャクチャと一心不乱に喰ってやがるし。旨いかお前ら? あーもー、これじゃ、あの金髪の女の子も喰われちまったかなー?


 なんかもー、いいんじゃねーかな。


『ドクン』


 どいつもこいつも、好き放題に喰ってるし、


『ドクン』


 我慢してたつもりも無いけれど、どうやら、俺も餓えているみたいだ。


『ドクン』


 俺は、あの女の子を、


『喰イタイ』


 このままだと、他のゾンビに、先に喰われちまう。


『喰イタイ』


 だったらその前に俺が――


『喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ』


 探そう、どこにいる? 邪魔なゾンビを蹴り飛ばす、しゃがみ込んで喰ってるゾンビを踏みつける、ガラスの割れる音、地面になにかが落ちる音、ゾンビの口から出る音、ゾンビの咀嚼する音、机の倒れる音、いろんな音が、あらゆる方向から、視界が薄く赤く染まる、世界の全てが薄い赤に覆われる、腹の奥から込み上げる、生存の欲求、生物の欲望、人間の衝動、


『喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ』


 食欲と、性欲と、破壊衝動と、そんな動的な生物の本能の欲求のすべてが、込み上げて、混ざって、あふれて、こぼれて、頭の中にいっぱいに、ぐるぐると、くらくらと、


『喰イタイ喰イタイ犯シタイ壊シタイ喰イタイ飲ミタイ犯シタイ喰イタイ喰イタイ』


 あぁ、もう、喰ってやる、喰ってやる、喰ってやるよ。あの子を押さえつけて、生きたまま、その肉を喰ってやる。どんな顔で痛がるのだろう。どんな声で悲鳴を上げるのだろう。痛がらせて、やる。泣かせてやる。その泣き顔を見ながら、柔らかそうな、胸の肉を、噛みちぎってやる。その腕を脚を尻を腹を背中を、喰いちぎって、あふれる血に貪りついて、肉を、肉を肉を肉を、


 ――――あー、ダメだ。いろいろダメだ。頭の中がぐるぐるする。やっぱダメだろう。かわいい女の子を泣かせたり、いじめたりしたら。だから、だからせめて、バットで殴ろう。俺がかじりつく前に、バットで殴って、一撃で殺そう。死んでしまえば、もう、痛くも苦しくもないだろうから。ちゃんと殺してから食べよう。生きたままなんて、かわいそうだろう。だから、俺が、この食欲に飲まれる前に、あの子を探さないと。早く、見つけないと。見つけて――


 いない、探す、いない、探す、美術室、いない、視聴覚室、いない、音楽室、――いた。見つけた。

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