第5話◇先ずはデパートで買い物か
とりあえずは、デパートだな。そこに行きゃ、一通り必要なもんがあるだろうよ。いつまでも腹出しセクシーなビリビリTシャツってのも嫌だし。7月で外は暑いくらいだから防寒具は要らないが、替えの服とかは欲しいとこ。
カーゴパンツも靴も靴下も返り血で汚れちまってんだよ。かつてのバイト先の倉庫からチンタラ歩いて、今のところ生きている人間には会っていない。静かなもんだ。
デパートに俺みたく火事場ドロしようって生きてるヤツがいなければ、欲しいモン取り放題か? うひょー楽しみー。金を払わずに好きなものが手に入るってのは、いいもんだな。ゾンビのおかげで久しぶり腹いっぱいに飯は食えたし、欲しいもんも取り放題か? ゾンビ様様だ。なんだ、ゾンビが現れて世の中シッチャカメッチャカにしてくれた方が、人間らしい暮らしができそうじゃねえか?
なんだっけ? 最低限度の文化的な人間らしい暮らし、だっけ? 生活保護ってーのはよ? 俺が試しに頼んでみても、役所の窓口で断られたけどよ。
デパートに向かってテクテク歩く。人がいなくて走ってる自動車がいないだけで、街ってこんなに静かになるもんなのかね。いかに人間が騒々しい、やかましい生き物か、居なくなるとよく分かるな。静かで穏やかで、夏の日差しがチョイ暑い。平和で穏やかな夏の日。
この世界で音を出す生き物が自分独りしか居ないようで、そんな状況がなんだか楽しくて、つい歌い出してしまう。下手くそだけどかまわねー。ゾンビ以外に聞いてるヤツもいないし。歌を歌いながらの遠足気分、なんだよ、おい、エライ懐かしい感じじゃねーか。
♪ぶれーいでーっど、げっすまいもめんとりぃぶれーいでーっど、ぞんびおびおでぃなり、えんぷてぃ、らいくあまーみー、うぃず、あーいきゅー、おぶぞーんびー、らららぶれーいでーど、……とか歌いながら歩いてたらゾンビが出てきた。呼んでねぇよ。お前も楽しそーだなー、うーあー言いやがってよ。一緒に歌うか? さて、やるかとバット&バールの二刀流で構えてみるが……ゾンビに無視された。あれー? オマエら喜んで俺にかじりついたりしてこなかったか?
デパートは駅に近いとこにあり、倉庫のあるところから見れば住宅街。近づくほどにゾンビもちらほらと増えてきた。だけど、俺に襲ってくるのは1体もいない。完全に無視されてるのでも無い。ゾンビも俺を見るのだが、しばらく目を合わせていると興味を失ったのか、ソッポを向いてうぁーとか言いながらフラフラと歩き去ってしまう。目を合わせてポッとなって、恋の始まる予感もしない。もう俺に興味が無くなったのね? ヒドイわ、私は愛していたのにー。つーか、そのあとゾンビは俺のことガン無視だよ。なんでだ?
思い返せば、映画のゾンビって生きている人間、または死にたての人間はもりもり喰うのに、ゾンビ同士共食いしないのはなんでだろうと疑問には感じてたんだよな。今、目の前にいるゾンビも共食いはしていない。ゾンビから見た人間とゾンビの区別、線引きってのはなんじゃろな? で、そのゾンビに襲われない俺は、ゾンビになってしまったんかねー。俺を食おうってのはもういないらしい。
右手の指で左手首をおさえる。とっくとっくとっく。うん、脈はある。右手で鼻を摘まんで口を閉じる。
…………………………………………苦しい。
「ぶはあっ! はぁっはぁっ、すうーーはぁーー」
息を止めて苦しいのだから、呼吸もしている。ということは俺は死んではいない。だけどゾンビには襲われない。どういうこと?
考えてもわからんことは後回し。日が落ちて暗くなる前に必要なものを揃えるべくデパートに到着。ここにもゾンビがいる。つまり人はいないってことかな。リュックに服、見てる人間はいないからこの場でシャツとパンツも着替えちまう。デパートの売り場でチンコ丸出しだ。おーまわーりさーん。露出狂がいますよー、きゃー。なんだこの解放感? クセになりそう。うふ。
ウェットティッシュで顔と上半身を拭ってスッキリ。棚が倒れてたり、電灯がついてなくて薄暗い。まぁ奥様、このお店ディスプレイもお掃除もできていませんわよ、でも奥様、このお店全商品お値段100%引きですわよおほほ。赤字覚悟の閉店セールなのね素敵。お買い得ー。
えーと、軍手にタオルと必要そうなものホイホイと、あとは水と食料品か。地下食料品売場に懐中電灯持ってGO。
地下には、なぜかゾンビが多かった。デパートの回りよりも少し多い程度だが。理由は不明。ゾンビが俺を無視するので、俺もゾンビを無視してお買い物続行……ん? 歌が聞こえる?
♪おんざしるばすくりーん、おんざしるばすくりーん、わーおぅ
歌声の聞こえる方に行ってみる。ゾンビが歌ってるのは聞いたことが無いので、これは生き残りがいたか? まだ生きてる人がいんのか? しかし、これだけゾンビがいる中で歌ってる? 呑気な奴だ。棚の向こう側をそっと覗いて見ると、男が一人いた。高校生か中学生くらいの。そいつが右手に青じそドレッシング、左手にイタリアンドレッシングを持って、歌いながらどっちにしようか迷っているようだ。
♪みりおんだらでぃるあいわなふぃちゃー
歌の趣味は会いそうだ。てーか、その歌を知ってるとはマニアだなオマエ。男は、迷うのを止めて両方カゴに入れやがった。いさぎよし。で、回りにゾンビがフラフラしてんのに余裕だなー。お、男は俺に気づいたようだ。
「え?」
と一言、口から漏れて固まってしまった。かなり驚いてるみたいだ。お互いにそのまま視線を交わす。
俺以外に無事な人間、はっけーん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます