きみの嘘、僕の恋心
松本 せりか
きみの嘘、僕の恋心
僕は知っている。君がずっと兄貴を追っていたことを。
僕は知っている。君の瞳には兄貴しか映っていなかったことを。
兄貴は、君のことを見ること無く、他の女性のものになってしまった。
「も~。トロいわねぇ、まだ書き終わってないの?」
ゆかりは、日直の仕事を全て終えて僕を急かす。
「僕が、こういうの書くの苦手なの知ってるだろ? ゆかりが書いてくれたら、他の日直の仕事全部するって言ったのに」
「前回、私がしたでしょう? 今回は進の番。だいたい、学級日誌なんて、今日あったこと、書くだけじゃん」
高校の教室。夕方、僕らは日直の仕事をしていた。
僕こと、柿本進とお隣の幼なじみ工藤ゆかり。
家も近けりゃ、名簿も上下の関係だ。毎回、日直は僕とゆかり。
「今日に限ってなんでかみんな、問題起こさなかったんだよなぁ」
『何も無く、平和な日でした』
ゆかりが僕から、日誌を奪い取ってサラサラと書いていく。
「ほら。職員室に日誌置いて、帰ろう。進」
僕に向かって、君は手を伸ばす。
「ちょっと待って、今片付けるから」
僕はゆっくり筆箱をカバンに入れる。
なんだか、ゆかりには悪いけど、家に帰りたくない。
「やれやれ。何も兄貴が帰っているときに、日直になんてならなくてもなぁ、ゆかりくん」
だから、わざとこんな軽口を言ってみる。
「そうですなぁ、進ちゃん」
ふざけあって、僕らは笑う。
「失礼しましたぁ」
職員室の退出の挨拶を二人でした。
校門を出て、ゆかりはスルッと僕の腕に絡みついてきた。
「お義姉さん。出産月で実家?」
「うん。兄貴もさぁ。家事、何にも出来ないから。おふくろに、頼りっぱなしだぜ」
「ふ~ん。今時の男としてはマイナスポイントですなぁ。こりゃ、お義姉さん、赤ちゃん産まれたら大変だ」
しれっと、笑いながらそんなことを言うけれど……。
そろそろ、僕は限界が来てる。
「ところで、ゆかりくん。さっきから胸が腕にあたってますが?」
いや、絡み着いてこられたら当然当たるわけで……ね。
「おや。嫌ですか? 進ちゃん」
「嫌ですか? って、ゆかり」
僕は真剣な顔をして、引きはがした。
ゆかりは、一瞬キョトンとして、そして笑った。
「私たち、付き合ってるのに?」
僕は、複雑な心境で笑う。
「僕の……いや、いい」
兄貴が結婚して、2年。
僕らが付き合い始めて、1年半。
最初は、兄貴が結婚してゆかりの気持ちに区切りが着いたのだと思った。
僕らは、普通のカップルみたいにデートを重ね、お互いの家に遊びに行った。
だけど、正月、お盆休み。兄貴が帰ってくる度に、やっぱり君は兄貴を追うんだ。
その瞳は、兄貴を映している。
今日もほら、僕んちの玄関入るなり、僕から離れていく。
「ヤッホー。ゆかりちゃんが来ましたよ~。
「おまえなぁ。正月もお年玉せびっていったろう」
「だって、滅多に会えないじゃん。ほれ」
しぶしぶ、財布から千円出していた。
「やった~」
ゆかりは兄貴に抱きついている。僕の目の前で……僕がいるのに。
「着替えてくる」
僕は、兄貴とじゃれてるゆかりを見ていたくなくて、2階の自分の部屋に逃げた。
しばらくして、中々降りてこない僕を不審に思ったのか、ゆかりが部屋にやって来た。男の部屋に、無防備に入って来るなよ。
「どうしたの? 籠もっちゃって、せっかく昇兄ちゃん帰ってきてるのに」
「兄貴が恋しい歳でもないさ」
ベッドを背に下に座り込んでいる僕のすぐ横にゆかりも座ってくる。
「ねぇ。僕のこと好き?」
「なぁに? 好きじゃなければ付き合って無いわよ」
兄貴よりも? とは、怖くて聞けない。
その代わりのように、僕はゆかりにキスをした。
キスの後、ゆかりは、曖昧な笑みを浮かべて僕を見てた。
君のその顔を見る度に、僕は思い知る。
君が付いた嘘に……もう、とうの昔に限界を感じているのに離れられない、僕の恋心に……。
きみの嘘、僕の恋心 松本 せりか @tohisekeimurai2000
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