その三 魔女たちのたそがれ ~ホラーをミステリで語るとき~

 赤川次郎はホラー小説家である。

 その膨大な著作の数割はホラーで締められているのだが、その中のいくつかはミステリの代表作と肩を並べる出来栄えだ。

 たぶん、そのはずだ。


 『魔女たちのたそがれ』は赤川次郎のホラー方面での処女長編といえる。

 赤川次郎のホラー(怪奇小説)への傾倒ぶりは、角川文庫赤川次郎ベストセレクションの山前譲氏の解説で述べられているが、デビューして八年後にようやくホラーに手を付けたのがこの作品である。

 では赤川次郎初のホラー長編はどのような作品なのだろうか。

 物語は平凡な会社員の津田に電話がかかってきたところから始まる。内容は「助けて…殺される」という驚くべきもの。声の主は津田の幼なじみで、山間の町にある小学校で教師をする依子だった。彼女の事が気になった津田は休暇を取り彼女が働いている町へと出かける。そこで出会ったのは憔悴し変わり果てた依子の姿だった。彼女を病院へと連れて行った津田は、そこで依子が体験した恐ろしい事件の話を聴く事に…。

 今作のおかしな所といえば、その語り口だろう。

 紹介文に「ホラー・サスペンス」と書かれているので読む方もそうかホラーなのか、と思って当然読み始める。物語は依子が山間の町で体験した事を、体調のすぐれないため少しずつ語るという形式で進んでいく。教え子の殺人事件や、その子の葬儀で起った恐ろしい騒動。そして町の中で静かに進行していく不気味な事件に巻き込まれて行く。それと並行して津田と依子の周囲でも新たな惨劇が起っていく…というのが大きな流れである。


(この先今作の筋のネタバレが少しだけあります)


 ここまで読んで何もおかしくないじゃないかと言われそうだが、実はここまでの過程で一度も超常的な存在の登場や出来事が起こってないのだ。確かに物語は恐ろしいしハラハラドキドキする。今作のリーダビリティは相当なもので、ページを早くめくりたくてしょうがない程先が気になる。しかしいくら読んでも「ホラー」な要素は出てこない!

 確かに面白い、赤川次郎作品の中でも上位の面白さである。だけどこれはホラーなのか?サスペンス・ミステリじゃないの!?そう思いながらどんどんページは少なくなっていく。


(この先今作の結末のネタバレがあります)



 ほとんどの謎が解かれないまま終章を迎え、そこでびっくりするほど唐突に今作が「吸血鬼もの」である事が明らかになる。そして謎のいくつかは完全に放置されたままで終わってしまうのだ。

 読者としては困惑する事しきりだが、実はこれらの一部は続編の『魔女たちの長い眠り』で明らかになっている。またホラーならば別に物語の全てが合理的に収まらなくてもそれが瑕疵になるというわけではない。

 しかしながら終盤までが完全にミステリのそれだっただけに、騙されたとまでは行かなくとも釈然としない気持ちになるのも事実。もしかしたらこれこそが赤川次郎の狙ったものだったのだろうか?

 …と思ったら初出のカドカワノベルズ版では帯に「サスペンス・ミステリー」と書いてあった。どっちなんだよ!


書誌データ

1984年7月カドカワノベルズ

1986年6月角川文庫

1997年8月角川ホラー文庫

2011年11月角川文庫(赤川次郎ベストセレクション15)

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