第2話 カミングアウト

「せいへき」

「はい、わたくしめ、坊ちゃんの父君や坊ちゃんのような金髪赤目の高貴な方にお仕えするのが性癖なのです」

 ひざまずいたまま目をキラキラと輝かせながら、自分の手を恭しく持ち上げるように取るメイド長に、少年はぞっとした。

 この女、二十いくつにして年配のメイドにも若いメイドにも慕われ、仕事も卒なくこなし、父さまの顔色をうかがうことすらなく身の回りの世話をすると――そう評価されてメイド長になった、ただ優秀なだけの人間だと思っていたのに。せいへき。その性癖を満たすためだけに仕えていたと、いうのか?

 少年は、親を失ったあげくに変態の慰み者にされるかと思うとさすがに心が耐え切れず、眉をハの字にして涙ぐむ。

「おっとそれはいけませんね」

 メイド長の顔が一瞬で真顔になった。非常に深刻な目つきになる。

「解釈違いですね」

「……は?」

「坊ちゃん、私は金髪赤目の高貴な方が高慢にふるまっていらっしゃるのを見るのが好き……そしてそのような方をお支えすることこそ、わたくしめの生きがい!」

「うん……」

「ですので、坊ちゃんにはぜひ! もっと! わたくしめに強気に偉そうに振る舞っていただきたいのです! ぬるい紅茶をいれれば不機嫌になり、庭園の薔薇が白ければ赤い薔薇が良かったと首をはねようとする! それぐらい不遜で傍若無人な感じでお願いします!」

 怒涛の勢いで話されているが、頭に入ってこない。少年はメイド長の手を払いのけると後ずさった。

 そして青ざめる。

「決めた。お前が残るというならば自害する」

「解釈違いですね。手を払いのける感じは素晴らしかったですが、ご自身が不愉快ならばそこは私に自害を命じるところです。あと、顔! ご尊顔は常にこちらをさげすむような表情をキープ! 特に目に力を入れてください、眉は冷徹にぴくりとも動かさず!」

 腹の底から響くような声で早口にしゃべるメイド長に、少年は悲鳴を上げる。

「な、なんなんだ! お前はただ立ち去ってくれればいいんだ! 見ればわかるだろう、私がお前に給金でもやれると思うのか? どうせ私はどこかの養子にでも――」

「坊ちゃんは自信が無くていらっしゃる?」

「当たり前だろう! 私はまだ大人じゃない、お前が何を言ってるのかわからんが、お前が求めるようなことは私にはひとつもできない!」

 叫ぶと同時に、父が亡くなってから考えないようにしてきたことや、母を亡くしてから感じていた恐れと不安が少年の胸にこみ上げる。

 今までの人生、たった十二年間の人生で自分が言われていたのは、ただ外見が父親に似ているということ、それだけだった。

 他の兄弟姉妹が勉強や習い事、立ち居振る舞い、交流事で褒められる中、自分だけはいつも、見た目が偉大な父親に似ている、ということだけを言われる凡人だった。

「間違えるな。残念だが、私は父さまでは無い。……今日までのお前の働きに免じて、今話したような世迷い事は忘れてやろう。ここに残ると言ったこともだ。早く姉さまあたりの家にでも行け」

 少年は声を震わせないように、精一杯に背筋を伸ばした。できる限り表情を無くすようにする。十二年生きてきて身に着けた処世術といえば、そうやって堂々とした父の真似をして、相手に委縮してもらうぐらいのことしかなかった。

 メイド長は目を見張った。そしてよろよろと立ち上がると、今まで呼吸を忘れていたかのように息を吸い込み、深いため息をついた。

「なるほど……なるほど」

 これ以上自分を取り乱させないでほしい、と少年は願った。

「やはり……素晴らしい! 坊ちゃん以上に父君と同じくなれるような方など、おりはしません!」

 しかし無駄だった。

「だから、私は見た目が似ているだけで中身は、」

「その見た目を、坊ちゃんはもう充分に使いこなしておいでではありませんか。給金だの、大人だの子どもだので、坊ちゃんが自信が無くても。姉君や弟君が財や才能をお持ちで安泰であっても」

 メイド長は目を細めて笑う。

「坊ちゃんが不敵に笑みながらひとつ胸をはっただけで、この世界は何でも思い通りになるでしょう――君主とは財や才でなるものではありません、君主たるものは一目見て君主とわかるもののことをいうのですから」

「……私に虚勢をはれと?」

「虚勢も虚勢ではないのです、坊ちゃんならば虚も実となるのですよ!」

 まったくもって理屈の通っていない話だった。金髪で赤目だからなんだと言うのか。そんなことが関係あるものか――と思いながら、心の片隅にいつもある父親の姿が、大きくなる。いつも余裕に満ち、誰にへつらうこともなく、厳しくもまさに君主そのものであったその姿。

 あの赤い瞳の力強さ。まばゆい金色。

 それと同じものを持っているというのなら、なんだか自分はやっていけるんじゃないか、と少年はふと心が軽くなり、さっきまで不安がっていたことの方がおかしくなってきて、思わず笑った。

「――良いじゃないか。そうだ、私は父さまになりたいのだ、もちろん」

「そうでしょう、そうでしょう。ちなみに笑う時はもっと悪そうな笑い方でお願いします」

 メイド長は真剣な目で少年を見る。

「坊ちゃんこそが私の主です」

 その目を見て、少年は、ああ、この女は、きっとおかしなふりをしていたのだ、と察した。おかしなことを言って、自分を奮起させようとしたに違いない、と。

 少年は感嘆のため息をつくと、女に手を差し出した。

「お前のその心を、受け取らないわけにはいかないだろう。そう、私こそがこの館の主であり、父さまの後継者だ。お前には引き続きここに残り、世話を頼む」

「身に余る光栄です、ご主人様」

 メイド長は差し出された小さな主の手を、しっかりと握った。

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