〈銀鼠〉2
「ジャック、もっと本気を出せ!」
クロードさんが身動きのとれない僕に向かって言った。今は屋敷近くの広場で午前の訓練中。僕はボールのような形になったクロードさんの霊力、〈
「はあ、はあ・・・。おりゃあああ!」
全力で〈猩々緋〉を放つ。押し返す、というより焼き尽くすイメージだ。顎から汗が滴り落ちた。さすがに暑い。パキンと音がして、〈銀鼠〉に穴が開いた。僕の手がやっと入るくらいの小さな穴だ。僕は穴めがけて、さらに〈猩々緋〉を放った。僕の頭が出るくらいの大きさに広がる。
「よし、この調子だ。こうやってどんどん広げていけば・・・!」
三回連続で〈猩々緋〉を撃つ。体が出るくらいまでは広がった。僕は穴の縁に手をかけて、頭を出した。
「クロードさん!」
「良い感じだな。そのまま体を全部出してみろ。そこまでやったら、午前は終わりだ。」
「はい。」
頭を引っ込め、穴をまたいで出る。〈猩々緋〉を消して、僕はその場にしゃがみ込んだ。
「疲れたか?」
「はい、かなり。」
ティアメイルの特訓は同じ分類の霊力をぶつけ合って行う。実際に霊力が強くなった実感は無いけど・・・。
「本当にこれで強くなってるんですかね?」
「さあな。私は知らん。だがティアが言っていることだから強くはなっているんだろう。それよりもうすぐ昼だ、家に入ろう。」
「はい。」
僕は立ち上がり、クロードさんについて屋敷に続く階段を降りた。
「おかえりーどうだった?」
「お前はずっとここにいたのかクラリス?私はお前も練習するべきだと言ったのだが覚えていないかこの阿呆。」
ソファに座って砂糖菓子を食べているクラリスさんを、クロードさんがあきれたような目で見る。
「まあまあ怒んないでクロード。ボクだってちゃんと練習してきたよ。」
「ほう、珍しく偉いな。」
「何言ってんのボクはいつでも偉、ちょクロード押さないで!」
二人のやりとりを眺めながら、僕は汗でびしょ濡れの服を着替えに、部屋に戻った。
着替えから戻ると、広間には誰もいなかった。出かけたんだろうか?皆?別に何かしようという予定もないので、僕は空きっ腹を抱えながら、ソファに座った。テーブルの上に置いてあるお菓子はもう無かった。食事の時は確かアンナさんが呼びに来てくれたはず。もう少し待ってみるか。ぼーっとしながら足をぶらぶらさせていると、知らない女中がやってきた。
「ジャック様、ここにおられましたか。」
「はい。ご飯ですか?」
「いえ、昼食はもう少し後になります。
「すぐ行きます!」
僕は立ち上がって広間を出ると、走って入り口まで向かい、大きな階段を駆け上がった。訓練場はハクスリー領の門の前にある。訓練場が目前に見えてきてから、何も装備をつけてこなかったことに気づいた。
「来たな。ジャック、部屋着で来たのか。」
クロードさんが目を軽く見開いて言った。
「慌てて出てきたので。おくれたら困ると思って・・・。」
「そうか。まあ別に何もなくても私たちならば大丈夫だろう。精霊使いよりもっと強力な、精霊だからな。」
ニッと笑った彼女は、輝く鎧に身を包んでいた。家にあった物かと聞くと、僕がイグナスさんたちと一緒に旅に出たときに、ターナー伯爵から送られた物だという。
「クラリスさんはどこですか?」
「あいつならそこだ。」
クロードさんは訓練所の右の方を指さした。僕もそちらを向くと、木の枝を持って踊っているクラリスさんが目に入った。
「・・・何やってるんですか?あれ。」
「さあな。ただ馬鹿なことだというのはよく分かる。」
しばらく眺めているとこっちに気づいたらしく、クラリスさんは顔を赤くして木の枝を放り投げた。
「違うの!今のは違うの!安全祈願してただけだから!ホントだよ!」
「分かったから黙れ、うるさい。」
「あ、クロード。しー。」
クラリスさんの言葉に、僕は耳を澄ませた。獣のような咆哮が聞こえた。地面が揺れ始める。
「主が向かってきてるみたいだね。」
「そうだな。行くか。」
「はい!頑張ります。」
扉を開けて、僕達三人は領の外に出た。
グオオオオオオォォォォオ!
またも咆哮が聞こえた。扉から出てすぐ左が森だ。木々の上から、主らしき動物の頭が見えている。
「大きな、何ですかあれ!?」
「大蜥蜴の類だろうな。」
「でも羽生えてるよ!?」
「父上が言っていた。主は冬眠せずにいろいろなものを食べ力をつけた動物だ、と。私は知らんが、食べたらその見た目を引き継ぐことが出来る動物でもいたんだろう。」
「えー食べたいその動物。」
「自分で探せ。とにかく行くぞ!」
僕達は森の中に入っていった。主に見つかると攻撃されるので、主に見つからないように、横の方から入る。主の通ったあとは、木々がなぎ倒され道が出来ていた。
「酷いね。」
「ああ。」
後ろから主に近づいていく。振り回される主の尻尾に当たらないよう、クロードさんが〈銀鼠〉を大きな盾のように構えた。
「ジャックは〈猩々緋〉でうまいこと気を引いてくれ。進行が止められれば、あとはクラリスがやる。」
「分かりました。木に火をつけても大丈夫ですか?」
「消せるんだろう?なら大丈夫だ。」
うなずき、〈銀鼠〉の横から片手を出した。
「〈猩々緋〉!」
主の横の木に次々と火をつけていった。実際はアーヴィング邸でエレンを炎で覆って守ったように、木は燃やさないようにしている。クロードさんに聞いたのは、火花が散って燃え移る可能性を考えたからだ。
シャアアアアア、ギャアアアアウルル
巻き舌のような音を出して、主が止まる。大抵の動物は火が怖いと聞いたことがあるが、トカゲも例外ではないんだろうか。いや、ただ火が当たって熱かったということも・・・。
「ジャック!手を引っ込めろ!」
「え?」
クロードさんの声でふと我に返った。大蜥蜴が尻尾を振り回している。僕は慌てて手を〈銀鼠〉の中に入れた。直後、盾を尻尾が殴りつけた。
「ぐっ!」
「クロード!」
「大丈夫だ。それよりクラリス、主が止まっているうちにやれ!」
「ん、分かった。」
ピュッという音がして、クラリスさんが糸を出したのが分かった。
「行って来るねー。」
そう言うと、クラリスさんは森の方に吹っ飛んでいった。一瞬心配したが、すぐに糸を出し入れしながら宙を舞っているのを見て、安心する。主の気は十分引けただろう。僕は炎を消した。クラリスさんは主の背中に乗っていた。なにやら両手を動かしている。彼女が手を交差させると、主の尻尾がボトッと落ちた。
ギシャアアアアアアァァァアア!
痛みに暴れ回る主。クラリスさんが必死にしがみついているのが見えた。
「! 飛ぶぞ!」
主が何かの動物から得た羽を動かし、飛ぼうとしている。大きな羽だから、一度動かすたびに強い風が吹き、僕達は吹き飛ばされないように踏ん張った。
「このまま飛んだら、クラリスさんが!」
「あいつなら大丈夫だ。うまくやる。」
ギャアアアアアア!
叫び声がして、建物一つ分くらいの高さまで浮かんでいた主の体が地に落ちる。土煙が晴れてから見ると、主の両羽が切り取られていた。
「すごい・・・。」
「だろう?自慢の従姉妹だからな。」
クロードさんが笑う。主の体に張り付いていたクラリスさんが、主の首の方まで歩いて行くのが見えた。主の叫び声がふっと途切れた。どうやら討伐が完了したようだ。
「ただいまー。大丈夫だった?」
「ああ。お前のおかげだ。お前こそ大丈夫か?」
「うん大丈夫。ちょっと服汚れちゃったけど。」
「クラリスさんすごかったです!」
「ふふふん。もっと褒めてくれて良いよ?」
「ハァ、調子に乗るなよクラリス。」
クロードさんが盾を消した。僕達は一度森を抜け、討伐完了の報告に、ハクスリー邸へと向かった。
討伐報酬として、僕は十数枚の銀貨をもらった。まさかこんなところで小遣い稼ぎが出来るとは思わなかった。エレンに土産でも買っていってやろうかな。クロードさんによると明後日、『雀の涙』に帰るそうだから、明日でも観光に行こうと思う。
午後は夕食までもう一度稽古だ。内容は午前の練習とほぼ同じなので、午後は午前よりも簡単に〈銀鼠〉が破れた気がする。コツは一点に熱気を集中させること。そうしたら穴が開くから、あとはそれを広げていけばいい。
「なんだジャック、今日一日でずいぶん上達したじゃないか。」
「ありがとうございます。何かコツが分かってきたもんですから。」
「これだけ上達が早いと、私も嬉しいぞ。そうだな、帰ったらガロ様に少し厳しくしてもらうよう頼むか?」
「いやいやいやっ!それは勘弁してくださいよ!ガロ様にそんなこと言ったらどんなになるか・・・。」
「ははっ、冗談だ。今日はもう切り上げるから、エレンに土産のリクエスト聞いてきたらどうだ?」
「そうします。ありがとうございました!」
広場を出て、屋敷の自分の部屋に戻った。〈
『すごいじゃない!三人で倒したの?ジャックも手伝って?すごいわ!少しあなたのこと見直したかも。』
「・・・見直したんだ。そうだ、
『お金まで貰えるの・・・。ほんとにすごいわね。そうねえ、ブローチが良いかな。似合いそうなの見繕ってきてちょうだい。』
「わかった。」
ブローチ、確か胸に飾るやつだよな。僕の美的センスが花開けば良いけど、あまり期待はしないでほしいかな。
***
次の日、午前の練習の時間を観光の時間に変えて貰って、僕はクラリスさんと一緒に町へ出た。クロードさんは伯爵の手伝いで留守番だ。「私よりもクラリスの方がそういうのは得意だから」と完全にだらけモードだったクラリスさんを僕につけてくれた。昨日はあまり
「全部地下でわかりにくいんですけど、ブローチってどこで売ってますか?」
「うんとねえ、もらったの銀貨だっけ?なら平民が買うのよりは少し高いのが買えるよ。あそこのアクセサリー屋さんならあるかな。」
そう言って、クラリスさんは綺麗な装飾が彫られた看板を指さした。中に入ると、数人の女性が木の机に並べられたアクセサリーを見ていた。結構な品数で、この中からブローチを探すのは大変そうだ。何より僕だけが男なのでかなり浮いている。
「あ、あそこだ。」
クラリスさんについて行くと、高価そうな豪華なブローチがいくつも並んでいた。さすがハクスリー。金属製のものばっかりだ。値札を見ると銀貨十枚の物や高い物では金貨二枚ほどのものも。
「うわ・・・。迷うなあ。クラリスさん、どんなのがいいとか、アドバイスありますか?」
「目と同じ色にするとか、いつも着てる服と反発しないのがいいと思う。例えば、エレンの目は黄色いから黄色いブローチにするとか、着てる服が赤系だから暖色にするとか。」
「なるほど。」
悩んだ末に、僕は銀色のシンプルな縁取りに、濃淡様々な黄色の玉が四つ組み込まれたブローチを買った。値段は銀貨十三枚。報酬のほとんどを使ったことになる。
「驚きました、女の人ってこんな高いのたくさん持ってるんですね。」
「女の人全員ってわけじゃないけどね。まあヴァネッサ伯母さんはいっぱい持ってるよ。」
プレゼント用にきれいに包んでもらったブローチを持って、僕たちは屋敷へ帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます