〈金糸雀〉1

 『雀の涙』に住むことになって一週間。僕の一日は目を覚まして布団をたたみ、下に降りて箒で掃除。それから霊力〈猩々緋しょうじょうひ〉でゴミを燃やす。あとは何もしないでのうのうと一日を過ごす。仕事があればやるけど。力を隠さなくていいというのは随分気が楽なもので、今までよりのんびりと暮らせるようになった気がする。ここに住まわせてくれたイワンさんたちには感謝してもしきれない!


 前から気になっていたことだが、僕は空いているからと9号室を与えられた。この館には宿泊部屋が十一個あって、ティア達は部屋を使っていないそうだ。今『雀の涙』にいるのは僕を入れて六人で、使われていない部屋は6、7、8、10、11号室。一週間前の話では見つかっていないのは光と毒の二人で、恐らく10号室と11号室を使うだろう。ならば6、7、8号室の住人はどこに?何回かイワンさんに聞いてはみたのだが、「そのうち分かる」とはぐらかされるばかりだった。


 ある日の朝食の時、いつも通りおいしいご飯を頬張っていた僕は、風が吹いてきたのに気づいて手を止めた。食堂には窓なんてない。一体どこから?隣のイワンさんに聞こうと思い、口を開いた。


「あの」

「皆さん聞いてください。」


僕の言葉はイワンさんがみんなに呼びかける声で遮られてしまった。何事だろうか。全員が手を止めて次の言葉を待つ。


「今日の昼までにイグナス達が帰ってくるそうです。食事が終わったら迎えの準備をしますから、手伝ってください。」


みんなの返事を聞き届け、イワンさんが「よろしくお願いします」と言うと、食事が再開された。


「イワンさん、イグナスって誰なんですか?」

「ああ、そういえばジャック君は知りませんでしたね。イグナスは7号室の住人で、6号室のサンドラ、8号室のエレンと旅をしています。風の霊力〈若草わかくさ〉の使い手ですよ。」

「そうなんですか。」

「今日帰ってくるとさっき連絡がありました。〈若草〉は風に乗せて物やメッセージを運ぶことができます。さっき吹いてきた風はそれですよ。」


6、7、8号室の住人は旅に出ていてほとんどいないという。どうりで会わないわけだ。僕は昼食の手伝いを任された。


 食堂の長テーブルと椅子をリビングに運び、ステラさん、イヴさん、そして僕が作った(といっても僕はほとんど何もしていない)料理を並べた。今日のメニューは、かつてあのカマボコを食べていたという、遠い昔の国(その国はリリポルニアという名だと、僕は後から知った)の新年の宴を再現しているらしい。ティア達の提案だ。大きな魚の体にばつ印をつけて煮込んだもの、四角い容器は3段重ねにできる代物で、中に不思議な形の甘いオムレツや黒い豆、茹でたシュリンプ、小魚を干して胡桃と和えたものなどが入っている。この四角い容器をジュウバコ、ジュウバコに入った料理をオセチというそうだ。そして最後にスープ。澄んだ透明なスープで、一見味が無いように見えるが、ちゃんと海藻と魚の味がする。具はキノコ、人参、ライスをついて作ったモチという物など、とにかく具沢山だ。これはゾーニというらしい。ルロ様によると、このゾーニは地域によっていろんな作り方や具、出汁があるのが面白いのだそうだ。さて、これらがすっかりテーブルに並べられ、今か今かと待ち構えていると、ドアが開いた。


「ただいま〜。」


そう言って入ってきたのは三人の男女だ。イワンさんと同い年くらいの男女一人ずつと、僕と同じくらいの女の子。


「お帰りなさい。どうでした?」

「珍しく散々だった。宿で柄の悪い奴らに絡まれるわ、貴族が完全に上から目線で意味わからん話をしてくるわ。」

「あいつウザかったよね〜。」


イワンさんの問いに彼らはやれやれといった様子で答えた。


「エレンは初めての旅どうでしたか?よければ感想を聞かせてください。」


女の子はしかめっ面で、


「何であなたに言わなくてはいけないの?」


と返す。これには少しムッとした。年上に対する口の利き方がなっていないようだ。

それでもイワンさんはにっこり笑って、


「個人的な興味です。あと、イグナスとサンドラも聞きたいと思うので。これから長い間一緒に旅をするのでしょう?どんなふうに思っているのか分からないと一緒に過ごしづらいのでは?」


と言った。女の子、エレンは渋々「楽しかったわ」と一言だけ答えた。


「そういえば、見慣れない顔がいるみたいだが。一人見つかったのか?どれだ?」


イグナスさんと思われる男性が僕を見る。


「え、あ、えっと・・・。」

「彼はジャック。炎だ。」


ドギマギしていると僕の代わりにクロードさんが答えてくれた。ありがたい。


「そうか。俺はイグナス。イグナス・スタンフォードだ。」

「わたしはサンドラ、よろしくね。」

「よろしくお願いします。」

「ねえ、早く食べない?冷めちゃうよ〜。」

「お前・・・っ!もう少し我慢できないのか?」


待てなくなったのかクラリスさんが皿を叩き始めた。リビングに笑い声が響く。


「じゃあ食べましょうか。確かに冷めてしまいますからね。」


さあ、食事の開始だ。


 この国はスヴァンストルといって、長い歴史を持つ大きな王国だ。イグナスさん達三人は様々な街や領を旅して、情報を集めたり貴族達と取引をしたりしているらしい。エレンは今回が初めての旅だったからいつもより早く帰ってきたそうだ。イグナスさんは風の霊力〈若草〉の使い手。サンドラさんは土の霊力〈柴染ふしぞめ〉を、エレンは最強とされる生命の霊力〈金糸雀きんしじゃく〉を使うという。なんとなく『雀の涙』の住人は隠密主義だと思っていたから、貴族と関わっていると知って驚いた。


「そうだ、ねえジャック。私たちと旅に行こうか。」

「え?」


話を聞きながらオセチを食べていた僕に、サンドラさんが言った。


「いいんですか?」

「ええ。旅仲間は多い方が楽しいし。イワン、いいよね?」

「もちろんです。楽しんできてくださいジャック君。」


三人は明後日出発するそうだ。その時に僕もついて行くことになった。嬉しいには嬉しいんだけど、なんでエレンはあんな顔で僕を睨んでいるんだろうか。


 食事が終わると、イワンさんとイグナスさんは二人で会議室に行った。僕は荷物を彼らの部屋の前に運んで、それから買い出しに出かけた。帰ってきてからはグデグデと夕飯まで過ごし、豪華な夕飯を食べて、そして眠る。明後日の旅立ちが楽しみだ。

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