〈猩々緋〉2
いやあ、実によく眠れた!こんなに眠れたのはいつぶりだろう。ふかふかの布団に感謝しなくては。鏡を見ながら髪を手櫛で整え、布団を整理して部屋を出た。下に行くと既にみんな起きていた。
「おはようございます、ジャック君。よく眠れましたか?」
イワンさんが僕を見つけて聞いた。
「おはようございます。お陰さまで。あんなにふかふかの布団で寝たの久しぶりでした。」
「そうですか。喜んでもらえて嬉しいです。じきに朝食ができます。食堂で座って待っていてくださいね。」
「はい。何もかもありがとうございます。」
返事をしたはいいものの食堂がどこかわからない。バッグを担いで食堂を探しうろうろしていると、クラリスさんが顔を出して僕を手招きしてくれた。食堂は天井がとても高く、部屋の真ん中に長テーブルが1つ。上に豪華なシャンデリアが1つ。隣にある調理場でイワンさんが料理をしているのが見えた。
「ジャック君!こっち座りなよ!」
「あっ、はい!」
クラリスさんがキラキラした目で隣の椅子をバシバシ叩いている。冷ややかなクロードさんの目にはきっと気づいてないな、うん。バッグを椅子の背に掛けて座った。しばらくして、いい匂いと共にイワンさんたちが入ってきた。イワンさんは大きなボウルを2つ持ち、ステラさんはカートにたくさんの食事を乗せて入ってきた。イヴさんは器用に食器を運んできてくれた。大皿が目の前に置かれ、左右にはフォークとスプーン、そしてナイフが置かれた。それからスープカップも。ステラさんが持ってきた料理は・・・おっとぉ、朝から立派なローストビーフ!それが二皿!次にボウルに入ったサラダとスライスされたバゲット。これらはテーブルの真ん中に置かれた。イワンさんのボウルはとうきびのスープだった。湯気が立っていて暖かそうだ。
「お待たせしました。さ、食べましょうか。」
「ティア達は来ないの?」
「どうでしょうね、来るならいつも時間通りに来ますから。食べていても大丈夫だとは思いますよ。」
「そっか。じゃあ遠慮なく!」
「「神羅万象に宿りし精霊達に感謝を。我らが魂はあなた方と共に。」」
小さいころ、誰もが教会で習う食事前の決まり文句。両手を合わせて祈りを捧げる。大精霊が実在するとわかった今では、いつも何気無く唱えていたこの言葉も気持ちを込めて言えるようになった。僕はまずスープに手を伸ばした。お玉でよそってスープカップに移す。それからバゲットをとって周りを見た。みんなどのように食べているのか気になったから。僕はあまり表に出ることもなく貴族っぽい食べ方を学んだこともない。だから恥をかかないようにみんなの食べ方を見たけど、みんな自分の好きなように食べていた。なら遠慮なくということで、パンをちぎってスープに付けた!垂れないように頬張るととても美味しい。
「ジャック君、味はどうですか?変じゃありませんか?」
「いえ、とても美味しいです!イワンさんが作ったんですか?」
「今日のスープはそうです。喜んでもらえたようで嬉しいです。たくさん食べてくださいね。」
「本当に、何もかもありがとうございます。」
お言葉に甘えて二口目。次にローストビーフを一切れ切って取り、サラダもよそった。ローストビーフは柔らかくて、甘辛いソースもうまく絡んでいる。サラダにはきっと新鮮な野菜が使われているに違いない。シャキシャキしたレタスとトマト、きゅうり。ドレッシングは西方の国の作り方で作ったという。サラダの中に見慣れないものを発見して、イワンさんに聞いてみた。
「イワンさん、この、サラダに入ってるこれなんですけど。何ですか?」
「ああ、それはですね。カマボコという食べ物だそうです。魚のすり身で作るもので、昨日スロ様にいただいて。どうです、合いますかねサラダに。」
「ええ。その・・・カマボコ?ですけど、どこの食べ物なんです?初めて見ました。」
「詳しくはわかりませんが、遠い昔の国で食べられていたものだとか。」
「へえ〜。」
これが魚からできているなんて驚きだ。魚の食感なんてないじゃないか。
たらふく食べて、とろとろと眠くなってきてしまった。おかしいな、ぐっすり寝たはずなのに。このまま寝てしまうといけないと思い、頬を叩いて椅子から立った。リビングの扉の前に行って一礼。
「お世話になりました。」
「もう行くんですか?お茶くらい飲んで行ってもいいんですよ?」
「いえ、もう十分いただきましたので。ありがとうございました。」
「じゃあせめてこれ持ってきな、ジャック君。外、まだ寒いだろうし。」
そう言ってクラリスさんが持ってきてくれたのは良質なコートだった。似合うかどうかあまり自信がなかったけど、ありがたく羽織った。
「うん、似合ってる!良かった〜。」
「ありがとうございます、クラリスさん。」
「クロードにもお礼言ってあげてよ。手伝ってくれたんだ。」
「えっ!あ、ありがとうございます!」
クロードさんは照れたように目を背けて、片手を上げて返してくれた。
「じゃあ、もう行きます。本当に何から何までお世話になりました。」
僕は扉を開けて洋館を後にした。名残惜しさに振り替えると、来た時は見えなかった洋館の名前が見えた。『雀の涙』。いつか出世してまたここに来よう。その時に恩を返すんだ。名前を覚えておこうと思った。
森の中を進んでいると、しばらくして妙に焦げ臭くなってきた。もう少し行くと、微かに声が聞こえてきた。進みながら、耳をすます。
「・・・だー!火事だー!早く逃げないと、焼け死ぬぞ!」
なんだって!?早く逃げなきゃ!でもどこに?どこに逃げれば森を抜けれる?とにかく右だ!僕は右に向かって木々の間を走り始めた。
失敗した・・・。あそこは普通に来た道を戻ればよかったのに。視界を埋め尽くす赤。焼けて倒れる木々。僕は木が燃えている方向に走ってきてしまったのだ!これじゃあ焼け死にたい人みたいじゃないか・・・。困ったなあ。
「ううっ、お母さん、お兄ちゃぁん。グスッ、どぉこぉ〜?」
子供の泣き声がした。逃げる時に家族とはぐれたのだろうか。辺りを見回すと、小さな女の子が座り込んで泣いていた。
「君、大丈夫?お母さんとはぐれちゃったのかな?」
近寄って聞くと、女の子は泣きながらうなずいた。
「そっか。それは怖かったね。でももう大丈夫。お兄さんがお母さんのところに連れて行ってあげる。」
「本当?」
「うん、任せて。ほら、はぐれないように手を繋ごう。うん、そうそう。さ、行くよ。」
格好良く言ってはみたものの、僕も多少怖いんだよね・・・。仕方ない、あの力に頼るしかないか。
「頼む・・・。」
炎の海が二つに分かれるのをイメージする。
「わぁ、すご〜い!」
目を開けるとイメージしたとおりに僕達の目の前だけ炎が消え、道ができていた。内心歓声を上げながら、僕は女の子の手を引いて森を抜けていった。
森を抜けると人だかりができていた。みんな燃えるものを森から遠ざけて、なすす
べなく立っている。
「お母さん!」
女の子がこう叫んで走り出した。呼びかけに振り向いた女の人が不安そうだった顔を
パッと輝かせるのが見えた。
「ルーシー!良かった、無事だったのね!」
感動の再会だな。良かった良かった。女の子が何か話したらしく、お母さんがこちらにやってきて丁寧にお礼をしてくれた。僕がドギマギしながらその場をさろうとすると、突然悲鳴が上がった。火が何かに燃え移ったらしい。どうしようか。もう一度あの力が使えればいいんだけど・・・。
「ジャック君!大丈夫ですか?」
1日でずいぶん聞き慣れた声がした。
「イワンさん!どうしてここに?」
「火事が起こったと聞いて駆けつけてきたのです。ところで、森からここに来るまでに不思議な道があったのですが何か知りませんか?」
「不思議な道?」
「はい。森の中からここまで一直線に炎が消えているところがあって。そこを通ってここまできたのですが。」
ゆっくりと血の気がひいていくのがわかった。見つかってしまった。隠さなくては。気持ち悪いと一瞬でも思われたら終わりだ。
「し、知りま」
「あ、それよりも早く火を消さなくては。」
そう言ってイワンさんは片手を軽く振った。とたんに空中から水が降り注ぎ、火は音を立てて消え始めた。
「へ?」
「ああ、イワンさん!毎度毎度すまないね。」
ぽかんとしていると一人の男性がイワンさんに声をかけた。
「いえいえお構いなく。仕事ですから。」
「あの・・・。イワンさんって、その、精霊使い、なんですか?」
「ええ。私は水の精霊・・・使いです。」
精霊使いが実在するなんて。ここ二日で知っていることが増えたなぁ。でも精霊使いになら、僕の力のことを話していいかも。
「あの、イワンさん。イワンさんが通ってきた道って僕が作った道なんです。ほら、あの子をここまで届けるのに。」
「それは・・・。なるほど。炎を操ったということですか?」
「多分。」
「それは生まれつきですね?」
「生まれつきか分からないですけど、物心ついた時には使えたし、部屋も黒かったのでそうだと思います。」
「なるほど。あなたは私たちが探していた人材かもしれません。よければもう一度、『雀の涙』に来てくれませんか。」
僕を探していたって?昨日初めて会ったはずじゃないか。でも一夜の恩があるしこのくらいの頼み事なら。・・・行ってみるか。
「はい、いいですよ。」
「ありがとうございます!」
イワンさんは嬉しそうに言った。そしてすっかり消火を終えてなお降り注ぐ水を片手で消し、それから歩き始めた。慌てて追う。
『雀の涙』に戻ると,
「短い別れだったねジャック君!」
クラリスさんが声をかけてくれた。苦笑いしながら会釈し、通り過ぎる僕。イワンさんについてたどり着いたのは食堂の左隣にある部屋だった。
「どうぞ。」
入るとそこは教室のような場所、と言っても教室なんて行ったことがないのだけれど、とにかく教室のイメージがそのまま現実世界に飛び出てきたような部屋だ。黒板の前に長テーブルが三つ並べられていて、それぞれ椅子が五つずつ置かれている。その椅子の最前列四つにティア達がそれぞれ座っていた。
「おかえりイワン。やっぱりそうだった?彼。」
パロ様がこっちを見ながら言った。
「はい。ジャック君、ガロ様の隣に座ってください。あなたにも説明しますから。」
言われるがままに席に座る。イワンさんが黒板の前に立って説明を始めた。
「まず彼、ジャック君は、この屋敷に入れていることから、多くの住人が私たちが探していた精霊持ちではないかと推測していました。今朝の火事でその推測を裏付ける出来事がありました。」
そこでイワンさんはチラッとこちらを見て、続けた。
「火事の中で家族とはぐれた少女を森から出すのに、力を使ったそうです。私も彼が力を使った跡を見ました。火事の時に発揮されたことから、未だ見つかっていない炎、毒、光のうち炎ではないかと。」
「ジャック、ここまで理解できているか?」
スロ様がここで僕に尋ねた。
「微妙なところ、ですかね。僕が精霊持ち?この屋敷に入れたら精霊持ちってどういうことですか?そもそも精霊持ちってなんですか?」
「全然ですねぇ。大丈夫ですよぉ、イワンが追い追い説明してくれますからぁ。」
「ですので落ち着いて聞いてくださいね。」
諭されてしまった。とほほ。
「精霊持ちから説明しましょうか。精霊持ちとは私たちのように、生まれつき精霊の力を使える者のことをいい、修行して精霊の力を使えるようになった精霊使いと区別するために使います。精霊持ちと精霊使いの違いは、まず先ほども言ったとおり精霊の力、これからは霊力とさせていただきます、それを生まれつき持っているかどうか。二つ目は霊力を全て使えるかどうかです。精霊使いはどんなに修行をしても使える霊力は末端のみということ。それだけで尊敬されるんですけどね。『雀の涙』の住人は皆、精霊持ちなのです。ちなみに私は先ほど見せましたとおり、水の霊力を使えます。私は水を出現させたり、威力を操ったり水に関する様々なことができますが、精霊使いは水の流れる方向の操作ぐらいしかできません。」
「じゃあ僕は、炎の精霊持ちということですか?」
「はい、理解が早くて助かります。では次、なぜこの屋敷に入れたら精霊持ちなのか、でしたね。」
「はい。だって森の中にある洋館なら迷った人が訪問する可能性もあるじゃないですか。そうしたらその人たちが全員精霊持ちってことになりませんか?」
「その点の心配はないぞ。なぜならここを儂らの霊力で守っているからだ。」
「ガロ様たちティアの力で、この洋館は精霊持ち以外には見えなくなっているのです。視認もできない触れることもできない、普通の人からしたらそんな場所なんですよ、ここは。精霊使いにも見えません。」
「そう、なんですか。」
今までの説明から考察すると、僕は炎の精霊持ちということになる。それならば最初に行われた説明も納得がいくような。
「ちなみにここには精霊持ちが引き寄せられてくるという霊力も使われています。精霊持ちの運命は決まったようなものです。ここに必ずたどり着き、ここで暮らす。そんな感じです。ですからいずれ、あと二人の精霊持ちもここに訪れるでしょう。」
運命。運命がもう決まっていたとは思わなかった!みんながここで暮らせばいいのに
と何度も言っていたのはそういうことか。
「ですが我々は個々の意思を大切にしようと決めています。あなたが拒否すれば、別に無理強いはしません。ここに住むのなら、毎日温かいご飯と寝床、安定した暮らしを提供するとお約束しますが・・・どうします?」
家を追い出されて行くあてもなくフラフラ彷徨い歩いていた十五歳の子供に、こんないい暮らしを断る理由があるだろうか。いや、無い。これを一度は拒否したなんてバカな僕だ。
「ここで、暮らします!住ませてください、何でもします!」
「それは嬉しい申し出です。では家賃をいただきましょうか。」
「え!?お金・・・お財布落としたみたいで無いんですけど・・・。」
「大丈夫だよ!家賃はお金じゃ無いからさ。」
「そうなんですか!?良かった〜。」
「あなたがここで暮らす家賃は二つです。一つは精霊持ちを探す手伝いをすること、もう一つは・・・」
イワンさんがここでいったんためて、続けた。
「その霊力を誰にも隠さないことです。」
そして彼は微笑んだ。
僕は炎の霊力〈
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