第11話
来た時と同じように陛下の執務室に開いた《門》から、俺たちは《黒き鎧》の
到着するとすぐ、陛下はモニターを確認した。
「問題ないな。あと少しで兄上殿のお出ましだ。床の中央部を開けておけ」
「あ、はい」
言われた通り部屋の真ん中あたりを開けて、みんなで囲むようにして待ち構える。
と、低い振動音がして、床の中央がぼんやりと光りはじめた。
なんにもなくてただつるりとしていただけの床に、いきなり細い亀裂が入ったかと思うと、あっという間に横に広がって長方形の穴があく。
そこからとうとう、待ちわびた人が現れた。
佐竹は入った時と同じように四角い寝台に横になって目をつぶっている。見たところ、入った時と同じ格好。つまり寝間着姿だ。
「佐竹……!」
俺は寝台に駆け寄った。
でも、すぐに触れてもいいものかどうかちょっと迷う。目だけで陛下に確認したら、陛下は軽く笑って頷いてくれた。
俺はあらためて佐竹の肩のあたりにとりついた。
「佐竹、佐竹っ……! 目を開けてよ。俺だよ、内藤!」
軽くゆさゆさ揺すってみる。
佐竹は一瞬だけ眉間にうすい皺をよせて、すっと薄く目を開いた。その手が上がって、軽く俺の手首を握ってくれる。
「……大丈夫だ。問題ない」
「そうか。それは何よりだ。この画像の情報でも、見る限り問題はなさそうだ」
答えたのは陛下だった。
「最悪の場合、俺も潜らねばならぬかと思っていたからな。大事に至らず、幸いだった」
「サーティーク王」
言いながら、佐竹が上体を起こした。俺はその背中に手を添えて少し助ける。
「この度は、大変お世話になりました。何度も申し訳ありません。過分のご沙汰、心より感謝いたします」
「なんの」
言われて陛下は口の端をちょっとゆがめた。
「ユウヤにも言ったが、これは
佐竹は座ったまま陛下に一礼すると、部屋の隅へと目線をずらした。そこにいるのはゾディアスさんだ。
「竜騎長殿にも、御礼を。大変お手数をおかけしました。まことに不甲斐なきことで、申し訳もございません」
「うるっせえ。てめえはいつも、ごちゃごちゃ礼儀にうるさすぎんだよ」
言葉とは裏腹に、ゾディアスさんの顔は明るかった。
大きな犬歯を見せてにかっと笑う。
「ま、治ったんならそれでいいや。俺ぁ帰るぜ。なああんた、また《門》を開いてくれよ。こっちの陛下にすぐに報告せにゃあならねえもんでよ」
「了解だ」
答えたのはヴァイハルトさんだ。
佐竹は寝台からゆっくりと立ち上がった。俺は隣から腕を支える。
「ナイト王陛下にも、随分ご心配をお掛け致しました。佐竹が御礼と陳謝を申し述べていたと、どうかお伝えくださいませ」
深々と頭を下げる佐竹と一緒に、俺もゾディアスさんにお辞儀をした。ゾディアスさんは怒ったみたいな顔になって、でかい手をぶんぶん顔の前で振った。
「やーめ! やめやめ! だから俺ぁ、そーゆーのは
相変わらず、言うことが過激な人だ。顔のまえに振り上げているでかいゲンコツもめちゃめちゃ怖い。でも声音にも表情にも、奥の方にちゃんと優しさがあるのが分かる。
佐竹がこの人のこと、ちょっと苦手には思いながらも先輩として慕っているの、なんかわかる気がするよ。
「おらあんた、早くしろっつうの」
「まったく、貴様という男は。竜騎長ごときが将軍を
「うるっせえよ。他国の将軍サマのことなんざ知るかっつーの。あいにくと俺は今、自分とこの将軍サマのお守りで手一杯なもんでな」
「なるほどね」
ヴァイハルトさんが呆れて苦笑している。
(ん? 自分のとこの将軍さま……?)
っていったら、俺に思い浮かぶのは一人しかない。でもそれ、どういう意味なんだろう。そう思って佐竹を見たけど、佐竹もわからない様子だった。
「ほら、開いたぞ。さっさと入れ」
さっきとは違う位置に《門》が開いて、ゾディアスさんはさっさとそこへ飛び込んで行く。佐竹がそれ以上、何を言うひまも与えなかった。
だけど一瞬、姿が見えなくなるギリギリのタイミングで、ゾディアスさんはぱっと振り向き、佐竹に熱いウインクを投げてよこした。
「…………」
佐竹、半眼になる。
まあいつものことだ。諦めろ、佐竹。
《門》がするすると口を閉じると、すぐに陛下は《鎧》の設定を変更した。次は俺たちの番だった。
今度は陛下が操作を代わる。
「一応訊くが。戻るのはあの日のあの時刻、あの部屋で構わんのだな?」
「はい。よろしくお願い致します」
佐竹の返事は至って静かだ。
「忘れ物などないようにな。そんなに再々来られるわけではないのだから」
ヴァイハルトさん、なんか遠足から帰るときのお母さんみたいなこと言ってるなあ。
「あ、佐竹。《氷壺》どうする? 自分で持てる?」
「ああ。もう大丈夫だ。貰っておこう」
あれこれ言っている間に開くかと思った《門》は、なぜかすぐには開かなかった。見れば陛下がモニターの前でちょっとむずかしい顔をしている。
「あの……陛下? どうしたんですか」
「何か問題でも?」
俺とヴァイハルトさんの問いにも答えないで、陛下は顎のあたりに指を掛けて考えこむ顔になっていた。
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