第4話

 俺は大急ぎで佐竹のマンションに戻った。

 まあ、前に夜の道端で変な連中にからまれて、佐竹や陛下にすっごい迷惑をかけちゃったことがあるから、一応は慎重に歩いてたけど。

 あ、「陛下」っていうのは、あっちの世界でお世話になった、佐竹にめちゃめちゃよく似た王様だ。違いらしい違いっていえば、佐竹が短髪なのに対して、あっちは腰まである長髪だってことぐらいかな。ただし、性格はかなり違うけど。あと、あっちのほうがちょっと年上。


 出るときにマスターキーを借りて出ていたから、今回は佐竹を起こさずにスムーズに家に入ることができた。

 佐竹はさっきと変わらず、ベッドに横になっていた。お粥は少し手をつけたようだったけど、ほとんど残されて冷めていた。薬は飲んだらしいけど、なんだか容体は余計に悪くなったみたいに見えた。やっぱり顔色が良くないし、熱も高い。

 俺はベッド横の椅子に座って佐竹の顔を覗きこんだ。


「だいじょぶ? 佐竹……」

「ああ。寝ていればなんとかなる」

「そうかなあ……」


 なんだか途方に暮れる。

 すごく心細くて、いやな胸騒ぎもした。

 こんな時間じゃ、もう救急外来ぐらいしか開いてないだろう。まあ、今は無料電話相談とかネットでお医者さんに相談できるサービスが色々あるけど。そっちに相談してみようかな。もしもそれで「今からでも病院に行ってください」って言われたら、電話してタクシーを呼んで、あ、うちにも連絡しなきゃ……。


《サタケ。ナイトウ殿。聞こえているかな》

 あれやこれやと考えこんでいたら、いきなり頭の中で声がした。

「えっ!? あれ?」 


 ぱっと顔を上げて勢いよく立ち上がる。明らかに日本語じゃない。でも、間違いなく聞き覚えのある声だった。


「って。ナ、ナイトさん……!?」

《ああ。そちらからすれば、ふた月ぶりだね》


 それでやっと、俺は今日の日付けを思い出した。

 そう。今日は二月の一日。

 つまり朔日さくじつ


 偶数月は、あっちの世界の北の国、フロイタールの王様であるナイトさんが連絡をくれる日だ!

 ちなみに奇数月なら南の国、ノエリオールの王様が連絡してくることになっている。どっちもそれぞれ《白き鎧》と《黒き鎧》っていう超科学文明の産物の機能を使って、時空を超えて通信してくるってわけだ。

 あらためて考えてみるとすごい話だ。もちろん俺には、詳しいしくみなんかは全然わかんない。

 南の国の王様は佐竹にそっくりなんだけど、このナイトさんは俺にそっくり。あっちの世界で色々あって、実は今、その体は以前の俺のものになっている。それで、今の俺の体は、もとはナイトさんのもの。つまり、俺とこの人とは体を交換したってわけだ。


《二人とも、息災だろうか。……あ、いや。見たところ、サタケはそうではないようだね? いかがした》


 穏やかな性格のナイトさんは、声質こそ俺とそっくりだけど、本当に優しい話し方をする。人柄がめっちゃ出ている。《鎧》にはこっちが見えるカメラみたいな機能もあって、今のナイトさんには俺たちの姿が見えているはずだった。

 俺はつい甘えたいような気分になって、すぐにナイトさんに佐竹の状態を話してしまった。佐竹自身は「教えるな」と言うみたいに、俺を見てしきりに首を横に振ってたんだけどさ。

 話を聞くとナイトさんは、ひどく心配そうな声になった。


《そうか……。それは困ったことになったね。そちらの薬や病院で、どうにかなりそうなのだろうか》

「いえ……。それが」


 俺はつい、うつむいた。

 なんとなくだったけど、こっちの世界の医療では佐竹の症状は軽くなってくれなさそうな気がしていたからだ。いや、実際病院に行ってみたわけじゃないんだから、はっきりとは言えないんだけど。

 実をいえば、ナイトさんと体を交換した俺については《鎧》が調合した特別な薬が渡されている。でも、佐竹にはそれがなかった。薬は俺専用のものだから、佐竹には勝手に使うなって言われていたし。

 ナイトさんはそこからちょっと沈黙した。何かを考えている様子だった。


《わかった。それでは、しばし待ってくれるか》

「え?」

《サーティーク殿をお呼びしよう。サタケのことならば、こちら《白き鎧》より、《黒き鎧》の領分であろうからな》

「え、あの……!」


 言った途端、通信がぷつりと切れたのがはっきりわかった。

 俺は呆然として、寝ている佐竹と目を見かわした。佐竹も少し戸惑っているような目をしていた。

 この調子だと、その声が聞こえるのも時間の問題だという気がした。

 実際、あっちとこっちとでは時代が違う。簡単に言えば、あっちはこっちよりもずっと未来だ。だから向こうで数日後になったとしても、こっちの数秒後を狙って通信してくることが可能なわけだ。

 と、聞き慣れた低い声が聞こえた。本当に数秒後のことだった。


《ユウヤ、俺だ。兄上殿が不調と聞いたが》


 黒の王、サーティークだった。

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