第2話
部屋に入って、俺はちょっとがっかりした。
なんでって、佐竹があんまり、病人らしい病人じゃなかったからだ。
いや、一応パジャマは着ている。部屋のドアを開けてくれた後は、まっすぐ自分の寝室に戻ってベッドに入った。別に足取りもふらついたりはしてなくて、しっかりしたもんだった。
ただ、俺を睨む目がめちゃめちゃ怖い。
もはや殺意がこもってませんか?
……いや、うん。
それは覚悟してたからね、俺も。うん。
本能的に命の危険を感じて、心臓がばくばく言いだす。
なんとかそいつを
その恰好で寝ている佐竹のところへ行って、そろそろと部屋へ入り、早速ご機嫌うかがいをした。
「えーと、佐竹。熱はいま、どのぐらい?」
「…………」
佐竹はベッドに横になったまま、いま計ったらしい体温計を俺に見せた。
「うわ。ちょっと待てよ。もう九度台出てるじゃん!」
俺は頓狂な声をあげた。体温計の窓のところには、三十九度を少し回った数字が表示されている。
佐竹は黙っている。やっぱり少しつらいのか、ほとんど目を閉じたままだ。息もかなり苦しそう。
「やっぱり、今からでも医者に行こうぜ。インフルかどうか、調べてもらわないとダメだろ、これ……」
「いや、いい。予防接種は受けているし」
「よくないって! だって、登校制限とかもあるんだし。タミフルってあれ、発症から二十四時間以内でないとダメなんだろ? 俺、一緒に行くし。かかりつけのお医者さんどこ? 保健証とか診察券とか、どこにある?」
「いいと言ってる」
俺は正直むっとしたけど、とにかくもっと冷やすことが先決だと思い直して、いったんキッチンへ戻った。氷枕と熱を冷ますシートを準備する。
佐竹の頭の下に氷枕を入れ、額にシートをはりつける。小さいタオルにくるんだ保冷剤を脇の下に挟ませる。
佐竹は「いいと言うのに」と言いながらも、大した抵抗をする様子はなかった。それぐらい、今は体がつらいってことだろう。少し起き上がって、渡した白湯をちょっと飲み、また横になった。顔色は良くないし、呼吸も浅い。
俺はだんだん心配になってきた。こんなに弱った佐竹を見るのって、はじめてじゃないだろうか。まあ、あっちの世界で少し見たことはあるんだけどさ。とは言っても、あれは本当に特殊な状況だったわけだけど。
あの時は俺、本気で胸がつぶれるんじゃないかってぐらい心配したもんだ。
一時はそのショックで、こいつ、俺のことさえ忘れちゃってたし。
「なあ、佐竹。なんか食べる? お粥つくろうか」
「いや、いい」
「食欲ないの?」
「……そうでもないが」
「じゃあ、んなこと言うなよ。遠慮なんかすんなよな。俺はいっつも、お前に世話になってるばっかなんだから」
「…………」
佐竹がちょっと目を開けて俺を見た。
「面倒をかけて済まない」
ものすごく真摯な声だった。
「だ、だから。そういうのはいいんだって」
俺は急に頬と耳が熱くなって横を向いた。
「変な遠慮すんな。……つ、付き合って……るんだから」
「…………」
今まで怖かっただけの佐竹の目が、ずっと奥のほうでふっと優しくなったような気がした。
キッチンに戻って、俺はお粥を作り始めた。あんまり具は入れて欲しくないってことだったんで、普通の白粥にする。ご飯からつくるやつじゃなくて、ちょっと時間はかかるけど、米から炊くことにした。
「えーと。水加減はこのぐらい、っと」
こういうとき、スマホって本当に便利だ。ちょっと調べれば、いろんなレシピがすぐに出てくる。
「梅干しとか、つけたほうがいいかなあ」
粥をことこと煮込みながら、あれこれ考える。
あんまり好き嫌いはしない奴だけど、体調が悪いときには無理はさせられない。
洋介がいるから、どっちみちいったん家に戻らなきゃなんないし、泊まってくわけにはいかないし。いくら付き合ってるって言っても、それはあいつ自身が絶対に許してくれないだろう。
軽いチューだけはしてるし、たまに人目のないとこで手なんかはつなぐけど、まだそこまでのお付き合いでしかないもんな、俺たち。もちろん、最初の父さんとの約束があるからだけど、あいつは普通の人間以上にそういうことは真面目に守ろうとするやつだから。
そうこうするうち、粥ができあがった。俺は熱い緑茶を淹れ、水のコップと風邪薬と梅干なんかも盆にのせて、また佐竹の部屋に戻った。
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