第14話 気持ちのぶつけ合い
「魅桜!待ってくれ!!」
都の中を駆ける魅桜を、藤光は必死で追う。
早く涙を拭ってあげないと。その思いでいっぱいだった。
藤光は魅桜の腕を掴んで、その細い体を強く抱き締めた。魅桜の息を呑む音が聞こえる。魅桜の体は震えている。
「大丈夫だよ。泣かないで」
「ぐすっ…ふ、藤光…っ!」
魅桜は藤光の背中に腕を回して抱き着いた。藤光の着物が濡れてしまうほど涙を流した。藤光はただ、魅桜の頭を優しく撫でていた。
後ろには追いついた如月が、その様子を見守っている。
やがて魅桜が落ち着くと、藤光は魅桜の頬を流れる桃色の涙を、己の指で優しく拭った。
「すみません、魅桜様。環には私からキツく言っておきます」
「いえ…私こそごめんなさい…あの人だって、辛いことがあったってことは想像がつくのに…私は自分のことばかり…」
如月が環の代わりにと頭を下げるが、魅桜は首を横に振り、自らも謝罪した。
「私…諦めた方が良いのかな…結婚」
「え!?何で!?」
突然の魅桜の発言に、藤光は目を大きく見開いた。それもそうだろう。結婚するために試練を受けているというのに。
「藤光…あの人の言う通り、私は人間じゃない。私はいずれ貴方に置いていかれる…そんなの、私は耐えられるか分からない…」
「魅桜…」
魅桜は泣きそうな顔でポツポツと己の気持ちを打ち明けた。本当は心のどこかで思っていたのかもしれない。結婚など無理だと。
「それに…いつか本当に妖霊が人間に危害を加えるかもしれない…!その時私は…どうなってるか分からない…未来に…希望なんて無いのかも…」
魅桜はそう言うと、藤光に背を向けてしまった。その背は震え、腕が顔まで上がっている。おそらく溢れ出る涙を拭っているのだろう。
藤光は、そんな魅桜を黙って見つめる。手を伸ばして良いのか、己も諦めるべきなのか。
「……嫌だ」
「え…?」
小さく呟いた藤光の言葉に、魅桜は戸惑いながら振り向いた。そして驚いた。藤光は怒っていた。いつも穏やかな彼が、両の拳を強く握り締め、目は完全に怒りを含んでいた。
藤光は魅桜の両肩に手をバンとつくと、場所も考えずに叫んだ。
「嫌だ嫌だ!僕は魅桜が好きだ!大好きなんだよ!?君の為なら都を出たって構わない!!そうだそうしよう!そうすれば許可なんていらないし、二人で静かにこれからを生きていける。僕がやがて死んで君が悲しむなら僕は妖霊になったって良い!!だから…」
「藤光…?」
声が次第に沈み、それに合わせて藤光は顔を下げていく。肩に置かれた手は徐々に力が増し、少し痛むが魅桜は我慢した。
「だから、諦めるなんて言わないでくれ…お願いだよ…」
ぽたりと地面に涙が落ちて、地面を濡らす。
「二人で幸せになろうよ…僕は君を信じてるし、君にも信じてもらいたい。人間だとか妖霊だとか、関係ないんだ。そこに好きって気持ちがあれば、それで充分じゃないか」
藤光は涙が流れるまま顔を上げて、いつもの明るい笑顔を魅桜に向ける。
だが、すぐに「あっ!」と不安そうな表情になる。
「もしかして…み、魅桜は、僕のこと…嫌い、なの、かな…?」
藤光の慌てた様子で魅桜の肩から手を離し、一歩後ろに下がる。
「……」
「魅桜…?」
魅桜は俯いて顔を上げない。それに更に不安が増す藤光は、魅桜の顔を覗き込もうと顔を近づける。
すると突然、頭を強く抱き締められた。
「ぶっ!」
「好きっ!大好きに決まってる!諦めたくない!!貴方とずっと、永遠に一緒にいたい!!幸せになりたいよおお!うわああああん!!!」
「魅桜っ!!」
涙腺が崩壊した二人は互いに強く抱きしめ合いながら泣きじゃくった。それはもう子どものように。だが、どこか美しくもあった。二人の流す涙が地面で混ざり、魅桜が嬉しさから周りに桜の花びらを無意識に撒き散らした。その花びらが二人の涙で濡れた地面に落ちると、溶け込むように消えていく。
「おーおー、なんか熱い告白が聞こえたと思ったら、藤光様と魅桜様じゃないかぁ!」
「あらあら、お熱いねぇ!」
「はぁ〜綺麗〜良いなぁ私もお二人みたいに素敵な恋がしたい!」
二人が抱き合い、泣く様子は絵になっていたが、ここは都の中。当然人がいる。人通りは少ない場所ではあったが、近くにいた人が来てしまった。更に、二人の話を聞いていたようで笑い揶揄う者や、羨ましがる者で周りが溢れた。
だが、皆が手を叩き祝福の言葉を投げかける。この場の全員が、二人の恋を応援している。人間以外にも、花や蝶の妖霊達がそれぞれ花びらを撒いたり、羽を広げて舞ったりして祝福している。
二人は聞かれていたことが恥ずかしいのか、顔を耳まで真っ赤にして顔を伏せている。それが微笑ましいのか、周りはまた笑う。
如月も、気づけば微笑んでいた。
「良かったではないですかお二人とも。気持ちは同じようですね」
「あ、はい。だいぶ恥ずかしいですけど…」
「でも、あんなに嬉しいことを言ってくれるなんて、私はかなり驚いたのよ?」
「だってそれは君が悲しいことを言うから…」
「ごめんね。でも、もうあんなこと言わない。これからもずっと貴方と一緒だから」
「うん!」
そう言うと、二人はもう一度抱きしめ合い、満面の笑みを浮かべた。周りの花の妖霊達が花吹雪を降らせ、人々は祝いだと言って食べ物をたくさん渡していく。
「……貴方が心配することは無さそうですよ、環」
静かに、誰にも聞こえないような小さな声で如月は呟いた。環はただ心配なだけだということを、如月は知っている。
環は、己のように妖霊が原因で悲しむ者を増やしたくないのだ。環の言うように、人間に危害を加える妖霊は当然存在している。だから退治屋である流星を筆頭に、環や如月がいる。
共存は簡単なことではない。それを頭にきちんと入れておく必要がある。
「では、照彰殿と環の所へ戻りましょう。あまりあの二人だけにしておくのは不安なので」
「あ…私、あの人に謝らなきゃ…酷いことを言ってしまったから…」
「分かりました。では行きましょうか」
如月が戻るように声をかける。二人の腕には様々な品が抱えられており、持つのは大変そうだ。如月は手伝おうと申し出るが、二人は「皆さんからのお祝いだから、自分達で持ちたい」と言って断った。
如月は少し心配そうだが、二人がそう言うならと手伝うのはやめた。
互いに心配し合いながら、楽しそうに歩き出す。
どうか、幸せに生きていって欲しい。
如月はそう思った。誰かの幸せそうな表情が、如月は大好きだ。だから、誰かが傷つけられるのを、如月は許せない。それが人間でも妖霊でも、同じことだ。己の幸せなど、願わなくて良い。誰もが平和に楽しく生きていられるなら。
「きゃっ」
「あ、すみません」
突然、前から走って来た少年が魅桜にぶつかった。前が荷物でよく見えていなかった魅桜は贈り物を落としてしまい、自分も尻餅をついてしまう。
「大丈夫かい、魅桜!」
「へーき。ごめんなさい、前が見えてなくて…」
「こちらこそ、すみませんでした。急ぎすぎてしまって」
藤光が魅桜の手を掴み立ち上がらせ、着物についた砂を払う。
少年は頭を下げ、贈り物を拾い始める。如月もそれに加わり、少年をふと見た。
どこかで見たことのある顔で、子どもらしくない無表情な少年が都の外から来た人物であることを思い出した。藤光と魅桜に会う前に見かけた二人組のうちの一人である。
「ご迷惑をおかけしました。それでは急ぐので」
「いいえ、ありがとう。気をつけてね」
少年は贈り物を二人に渡して、もう一度頭を下げて駆け出した。
しかし、如月は自分を走りすぎて行く少年の腕を素早く掴んだ。
「待ちなさい。私の目は誤魔化せませんよ」
「…何でしょうか」
冷ややかな目線を少年に送る如月だが、少年の表情は変わらない。藤光と魅桜は驚いている。
「二人の幸せを奪うことは許しません。返しなさい」
「だから、何のことです?」
相手が子どもであることもお構いなしに、如月は腕を掴む力を強める。少年はその手を振り払おうとするが、子どもであるがゆえにそれは叶わない。
如月は懐から短刀を取り出すと、なんとそれを少年の首筋に当てる。ひやりとした刃物の冷たさが伝わり、少年は動きを止めた。
「き、如月様!?何を…!?」
「子どもよ!私にぶつかっただけでそれは…!」
藤光と魅桜がただならぬ様子の如月を止めようと声をかける。
しかし、如月は短刀を下ろす気は無いようである。
「ぶつかっただけ?それは違いますよ」
「え…?」
「魅桜様、貴女は今、神印を持っていますか?」
「神…印、ですか?それはもちろん、ここに……え?あれ…?」
「魅桜?どうしたんだい?」
如月に聞かれて魅桜は自分が持っている筈の神印を取り出そうとするが、ある筈な神印はどこにも無いことに気づく。魅桜は焦りの表情を浮かべ、何度も何度も探るがやはり見つからない。
「どうして…落としてしまったのかな…どうしよう藤光…!!」
「落ち着いて!急いで探そう!きっと見つかるから!」
涙をうかべる魅桜に、藤光は安心させようと笑顔を見せるが、藤光も焦っているのだろう、その笑顔はぎこちない。藤光の持つ神印と、魅桜の持つ神印それぞれが無ければ結婚は認められない。更に、大事な神印が無くなったとなれば都中の大問題だ。二人だけの問題ではない。
「お二人とも、神印の在処は分かっています」
「えっ…」
「この少年が持っています。さっきぶつかった時に素早く盗んだのですよ。そうですよね?」
「…………」
少年に問いかける如月。少年は追い詰められている筈なのに、その表情は変わらず無だ。どうやって如月の腕から抜け出すか、それだけを考えているようで、如月の質問を聞いていない。
「君のような子どもが魅桜様に気づかれることなく神印を盗み出し、私に刃を向けられても何とも思っていない。……お前、もしかして夢幻屋なんじゃない?」
「夢幻屋!?」
「こんな子どもが!?」
藤光と魅桜が驚きの声を上げる。夢幻屋に会ったことがない二人であるが、この集団のことは知っている。あまりにも有名すぎて、この世界に夢幻屋を知らない者はいない。
「誰の依頼で神印を狙ってんの?あと、もう一人いたろ?そいつはどこ?どっかに隠れてんの?てか黙ってねぇで神印を返せよクソ餓鬼が」
いつもの口調とかけ離れた口調で話す如月に、少年は如月から発せられる明確な敵意を感じたのか、僅かに後ずさる。今にも如月の短刀が少年の首を斬り落としそうだ。
口を開かない少年に、如月は目を細めるとぐっ、と力を込めて首に僅かな赤い線を引かせた。
すると、少年は如月の右腕を蹴り上げると、懐から黒い物を取り出して自分の腕を掴む如月の手に向けて躊躇なくそれの引き金を引いた。
大きな銃声が響いて、お互いに後ろへと跳び距離を取る。如月は咄嗟に腕を放し、銃弾を流れたが、着物の裾に穴が空いてしまった。地面には銃弾がめり込み、それを見た藤光と魅桜は悲鳴を上げ、周りにいた人々は驚いて逃げ惑う。
「驚きました。何ですか?それ」
「拳銃です。僕はあまり得意ではないですが、貴女が相手ならば頑張らないといけませんね」
「そうですか。頑張ってください、と言いたいところですが私は神印を返してくれればそれで良いです。そうすれば今日は見逃してあげます」
「僕達にも生活がありますから。僕達は僕達の幸せの為なら、誰かから幸せを奪い取る、そういう集団です。この世は幸せになれる者に人数制限があるんですから」
如月の提案には乗らず、少年はくるくると拳銃を回している。少年の答えを聞いて、如月は背負っていた弓を手にし、矢をかける。
「幸せに人数制限?ハッ、ばっかだねぇ。幸せは奪い取るんじゃない、作るもんなんだってさ。……誰かから奪った幸せに価値はない。自分で作り、自分で育てた幸せに価値があんだよ。お前の考え、照彰殿に教えてやろうか?怒られるかもな」
如月は普段の穏やかな笑顔ではなく、相手を馬鹿にしたような冷めた笑顔だった。
「……貴女の印象が変わりました。弱くて流星について回るだけのただの退治屋だと思っていました」
「……人は変われるんですよ。私は誰かの幸せを願い、守れるような強い人間になりたい。いつまでも子どもではいられないんですよ」
「貴女との会話はつまらない。何を話しているのかは分かりますが、意味は理解できません」
「誰かの大事なものを奪うな、私はこれが言いたいのですよ。少年くん」
にこりと愛らしい笑顔を向け、如月は矢を放つ。真っ直ぐ少年に向かっていく矢だが、それは簡単に避けられると、すぐに銃弾が発せられる。
それをかわすと、如月は思い切って少年へと近づき、神印を取り返そうとする。しかし、少年は一発だけ如月の足下に向けて撃ち、そのまま逃走する為に民家の屋根の上に跳び上がる。
「チッ」
「神印が!」
「追いかけないと!」
「あっ、魅桜!待つんだ!!」
魅桜が逃げる少年を追いかけ、それに藤光が続く。
「…まったく、私が頑張っているのに環と照彰殿は何をしているんでしょう」
如月はそう呟くと、二人の後に続いて追いかける。
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