第8話 決断

ピピピ、と小鳥の囀りが聞こえ、照彰の意識が浮上していく。

どうやら照彰は、どこかの部屋で寝かされているようで、薄い布が体に被せられている。

ゆっくりと瞼を開けると、心配そうにこちらを見つめる如月の顔が見えた。

如月は照彰が目を開けたのに気づくと、パアアッと表情を輝かせる。


「良かった!目が覚めましたか!」

「…えーと……はい」


如月の安心した表情を見て、照彰は笑みを浮かべる。出会ってあまり時間が経っていないが、如月がこんなにも照彰を心配し、目が覚めれば喜んでくれる。そのことが照彰は嬉しかった。

だが、照彰は今どういう状況なのか分からないため、如月に説明を求める。


「ここはどこなんだ?」

「ここは華緑山の麓にある村です。貴方が一緒にいた春太という男の子の村ですよ」

「っ!ここが…!?あイテテ…!」

「あまり激しく動かないでください!大した怪我ではありませんが、安静は必要ですから!」


勢いよく体を起こしたことで腕に痛みが走り、如月が慌てて無理をしないように言う。

腕を見てみれば、ジャージの上着は脱がされ、半袖のシャツの下に真っ白な包帯が巻かれていた。


「もしかして…如月、さんが…?」

「如月で構いませんよ。はい、私が手当てをしました。薬も塗ってあるので、直ぐに治りますよ」

「…ありがと」

「いえいえ」


巻かれた包帯を見つめ、微笑む照彰に如月も小さく笑う。そこへ、戸を開けて環が入ってきた。

環は無言で照彰に近づくと、一瞬だけ照彰の包帯を見てから、また照彰の目を見つめる。


「今回の件、詳しく知りたいか?」


照彰の側に立って見下ろす。照彰は少し迷うような素振りを見せるが、すぐに何かを決心したかのような表情になり、そして首を縦に振った。

環が用意されていた座布団に腰かけると、事の顛末を語りだす。


「まず、つい最近熊神の子供が何者かに連れ去られ、怒った熊神達がこの村の前の村長を山で襲った」

「え、そんなことが?」

「ああ。熊神は数が少なく、仲間意識が強い。熊神はこの村の守り神と昔から言われていたが、子供が連れ去られ、更にその原因がこの村にあれば怒らないわけない」

「…じゃあやっぱり…この村の誰かがきのこを…」


静かに聞いていた照彰は、自身にかけられている布団をぎゅっと握り締める。この村の人間だと信じたくなかったが、それが真実ならば認めるしかない。悲しむ春太の顔が頭に浮かんでしまう。


「お前は夢幻屋に会ったそうだな。夢幻屋に依頼したのは今の村長だった」

「えっ!?」


照彰は驚愕の表情を浮かべる。村長である人物が、何故そのようなことをしたのか。鈴流が言っていた通り、「盾」にするつもりだったのだろうか。


「今の村長は昔から熊神のことを好いてはいなかったようだ。なんでも、子供の頃に母親を流行り病で亡くしたらしい」

「…それで、守り神なのにお母さんを助けてくれなかったことに、幼かった彼は熊神を憎んでしまったようです」

「……」


その話を聞いた照彰は、何も言えなくなってしまう。照彰が読んだ本には、熊神は華緑山の主で、山や草木を司る妖霊だと書かれていた。流行り病から人々を救う術は持ってはいない。村長もそれを分かっていただろう。しかし、母を亡くした悲しみから、何かを憎まずにはいられなかったのだろう。


「夢幻屋に依頼したのは六日程前らしい。たまたま夢幻屋に出会えたんだとさ。どういう経緯で会えたのか、覚えていないみたいだが」

「覚えてない?」

「記憶を一部消されているのです」

「そんなこともできるのかよ…」


強いだけでなく、記憶まで操作することのできる彼らに、照彰は「怖い」としか思えなかった。銃で射たれた時のことを思い出せば、あの時はとにかく必死で春太ときのこを守ることしか頭に無かったが、今はよく頑張ったなと自分で自分を褒めてやりたくなる。殺意を向けられることは勿論初めてだったのだから、恐怖でしかない。照彰は震える手を、包帯の上に置いた。


「…それで……今はどうなってるんだ…?」

「何がだ?」

「その…村の人達とか、熊神とか…」


照彰は言いにくそうにそう尋ねる。今この村と熊神は敵対している。その状態は現在も続いているはずだ。だが、この村は何故だか異様に静かだった。寝かされているこの家の中も、外のどこからも音が聞こえない。もしかしたらこういう村なのだろうか、と照彰は考える。


「…先代村長と、熊神の長が話し合いをしている」

「えっ、話し合い!?」

「ああ。今回のことで、互いに“どうするか”のな」

「どうするか…」


照彰はそれを聞いて、掛け布団をはがして環に投げると、枕元に置かれていたジャージを取って家を出る。後ろから環が「こらああっ!!」と叫んでいるがお構い無しだ。照彰は華緑山に向かって走った。

その途中、村の民家を見てみると、家の中から外を伺う村人達がいた。どうやら家の中で待機しているようだ。


「おやおや。そんなに急いでどこに行くんだい?」

「あっ、夜楽!」


村を出たところで夜楽の姿を発見する。腕を組んで細い木に体をもたれさせている。


「お前、鈴流の仲間だったんだな」

「仲間ねぇ…まぁ、違うわけではないけど違うかなぁ」

「は?なんだよそれ」


意味の分からない返しをされ、照彰は首を傾げる。それでも、照彰は夜楽が夢幻屋から自分達を助けてくれたことを素直に感謝した。礼を言うと何故か「気持ち悪いからやめてくれ」と言われ、照彰は夜楽を睨んだ。


「そう睨むなよ。ま、こっちもわがままな赤ん坊の面倒を見てもらったから、礼を言わないとね」

「赤ん坊?それって鈴流のことか?あいつ赤ん坊って年じゃねぇだろ」

「見た目じゃなくて中身だよ。それにあいつの年齢だって、妖霊からしたらまだまだ生まれたてだよ」

「え、そういうもんなのか」

「そういうもんだよ」


そんな会話を交わす中、照彰はあることに気がついた。鈴流の話をする時の夜楽の表情が、いつもより穏やかなのだ。普段は何を考えているのか分からない笑みを浮かべているが、今はそうではない。優しい印象を与える、柔らかな笑顔。


「お前、あいつのこと大事にしてんだな。優しいとこもあって安心したよ」

「はぁ?何を言っているんだい?射たれたのは腕のはずだけど」

「あー!てめぇそういうこと言うのかよ!!」

「もしかして頭の悪さは元からかい?かわいそーに」

「遊んでるだろ!」


口を手で隠してプププと笑う夜楽に、照彰はもう話したくないと思った。

すると後ろからダダダッという激しい足音が聞こえ、照彰は「ん?」と音の方へ顔を向けた。


「どけえぇぇぇぇっ」

「うわまたかよっ!」


前と同じように刀を構えて夜楽に突進してくる環を、照彰は巻き込まれないように避ける。夜楽も少しだけ体を傾けただけでそれを避け、環の刀はどこにも当たらなかった。


「まったく、君もその真っ直ぐな突進をやめなよ。当たるわけないだろ」

「うるせえっ!」

「はぁ…麗雅のことを憎んでいるなら、僕を攻撃するのは違うだろ」

「お前はあいつの仲間で、妖霊の頭だっ!お前を攻撃する立派な理由はあるんだっ!」


あの時の夜と同じように刀を夜楽に向ける。夜楽はやはり余裕そうにただ怒る環を眺めるだけ。


「メンドクサイなぁ…ほんと、君は“何も知らない”くせに」

「なんだとっ」

「だってそうだろ?君は正確に“あの現場”を見たわけじゃないのに、何故そこにいただけの麗雅を恨む。人間ってそういうとこあるよねぇ」

「…テメェ」


ギリッと刀を強く握り、環は鋭い視線を夜楽におくる。その様子を見ていた照彰は、環が激しく怒りを燃やす理由に、麗雅という人物が関わっているのだと理解する。


「……じゃあごゆっくり~…」

「あ、行くんだ」


止めるべきなのかもしれないが、照彰は二人をそのままに、先を急ごうとする。夜楽は面倒だから照彰に止めて欲しかったようだ。しかし照彰は止めることはしない。


「…だって、俺は関係ないだろ。本人達で解決してくれよ。…それに、環は誰にも関わってほしくないんだろ?自分で解決したいから」

「……」


照彰は、環が怒る理由を知らない。知らない自分が、環のしようとすることを止める権利はあるのか。そう考えると、一番良いのは「ここから離れる」ことだ。それに、照彰が例え止めようとしても、きっと止められないだろう。余計な怪我をするだけだ。腕の怪我もあり、如月にも安静と言われている。


「俺は急ぐから、後はお前らでやれよ。環、頑張れよ」

「え…」

「君、もしかして頭の悪さは元からって言ったの怒ってる?」

「うん」


親指を立てて環を応援し、夜楽にべーと舌を出した。環は意外なことを言われたからか、驚いた表情をしている。


「じゃーな」


手を振って照彰は華緑山に入っていく。持っていたジャージを羽織り、色とりどりの美しい花が咲いている道を歩いていく。

赤、桃、黄色、青、白。たくさんの花が地面を埋めつくし、周りの木の葉は心が落ち着く明るい黄緑色で、太陽の光が射し込んでキラキラと輝いている。


「うわぁ~…」


その美しさに、照彰は感動した。祖父が住む家の近くにも似たような景色を見ることはできるが、この華緑山は鮮やかな花に眩しい木の葉。そして山に住んでいるリスや小鳥。とても神秘的で、このまま山に入るのが恐れ多い気さえしてくる。


「照彰殿」

「流星さん!」


景色を楽しみながら進んでいると、木の後ろから流星が姿を現した。流星の登場に照彰は驚き、そういえば仕事だと言っていたなと思い出す。


「流星さんの仕事って、熊神のことだったんだな」

「ええ」


流星は穏やかに微笑みながら、照彰に手招きする。流星の側に行くと、彼女は直ぐに歩き出す。普段山道を滅多に歩かない照彰は少し遅れて流星の後ろをついていく。流星の方が動きにくそうな格好をしているが、慣れた様子で進んでいく。ただ、普通に歩いているので地面に近い着物の部分は土で汚れてしまっている。それでも気にせずに流星は歩いている。そういうことには無頓着なのかもしれない。


「さぁ、どうぞ」

「どうぞって…ここは…?」

「熊神の長と前村長の話し合いの場です。貴方のお話を伺いたいようですよ」

「俺の話?」


流星が照彰を迎えに来たのはどうやらそれが理由らしい。何故自分が呼ばれたのか。おそらくは、きのこが関係しているとは思うが、照彰は何故だか緊張してしまう。

流星に背をぐいぐいと押されて、照彰が来た場所は木が少なく森の広場のような所で、立派な杉の木で作られた屋根がある。

まず目に入ったのは、屋根の下に座る老人と、照彰が見る限りでは一番大きな熊だった。老人は足に包帯が巻かれており、楽な姿勢で座っている。そして、老人の前に座っているのは、流星の言う熊神の長という者だろう。大きな体に、普通の熊神よりは濃い茶色の毛に、緑の苔に、小さな可愛らしい桃色の花がいくつか咲いている。


「お二人とも、彼が桃瀬照彰殿ですよ」

「ほうほう、君が現から来た少年か」

「は、はぁ…」


流星に紹介され、小さく会釈する。怪我はしているが元気な人物で、照彰は少し祖父の顔を思い出した。


「ふむ…まだまだ子供ではあるが……なるほど、霊力は確かに現人のものだな」

 

熊神の長は照彰を観察し、鼻を動かして匂いを嗅いでいる。


「照彰殿、こちらは前村長の吉春よしはる殿。そしてこちらが熊神の長である榛摺はりずり殿です」

「どうぞよろしく」

「榛摺だ。我が一族の子である葉支那はしなが世話になったこと、皆を代表して礼を言いたい。ありがとう」


榛摺が深く頭を下げる。照彰は葉支那をきのこのことだと瞬時に理解し、ちゃんとした名前があったことに苦笑した。それに榛摺が「何か?」と尋ね、照彰は慌てて「いいや何でも!」と返す。


「それで、少しをしたいのだが…構わんか?」

「あ、や、その前に!俺の話を聞いてもらっても…?」 

「…なんだ?」


榛摺が話を始める前に、照彰が先に話を聞いてもらおうと許可を求めた。榛摺が吉春と顔を見合わせ頷き合うと、榛摺は先を促した。

照彰はビシッと背筋を伸ばして数歩前に出る。


「えーと…熊神達は、正直に言って村の人達に対して怒ってる…?」

「……」


照彰の質問に、榛摺は沈黙するだけで返事はしなかった。だが話は聞いてくれているようで、照彰は様子を伺いながら話を続ける。


「もし…熊神達が許してくれるなら、これからも村の人達を守ってやって欲しいんだ!今回のこと、少ししか聞けてねぇけど、きの…じゃなくて葉支那が無事だったってことで許してくれないかっ!?」

「……」


照彰は真剣に榛摺に向かって訴える。ここに来たのはそれが言いたかったからで、照彰は簡単に聞いてはくれないと思いながらも必死にお願いした。

だが、榛摺は未だに無言でただ聞いているだけだ。


「頼むっ!簡単に聞いてもらえない願いとは思うけど…それでもっ…!」


照彰は頭を思いっきり下げていた。無理なお願いだと充分理解している。しかし、それでも願わずにはいられない。今の村長の悲しみを考えれば、関係ないとはいえ熊神を憎んでしまったことを照彰は責められない。


「…何故、お主はそこまで気にしている?お主は熊神でも村の人間でもない。なのに何故?」

「え、いや、それは……なんというか…えーと…」


照彰は何と言ったら良いのか分からず、困った表情をする。

皆が照彰を待ち、静かに見守った。


「…とりあえず、誰も傷つかなきゃ良い、かなって…」

「ほぅ…」

「そうは言っても、吉春さんは怪我してるし、多分熊神も被害は出てるんだよな?だから、誰も傷つかないってのは無理だったけど…これ以上増やすことはないかなって…仲良くできないかなって」


照彰の言葉に、全員が目を丸くした。照彰はあまりの沈黙に困惑し、助けを求めるように流星に視線をおくるが、何故かニッコリ笑われるだけだった。


「ははははははっ!!」

「うおっ」


すると突然、榛摺が大声で笑いだし、照彰は驚いて肩が跳ねた。

何故笑っているのか分からず、不安になる。


「なんとまぁ不思議な現人だなぁ。“あの方”を思い出す」

「!」


榛摺が「あの方」と言うと、流星がピクリと小さな反応をした。それが気になるが、何だか聞いてはいけないような気がして、照彰は榛摺が話すのを待つ。


「お主の気持ちは分かった。吉春の子が母を失ったことは知っている。もちろん、我らを恨んでいることも」

「……」

「我らには何もできなかった。我らにできることは、植物に関するものであり、病をどうにかする力は無い。それでも、どうにかしてやりたかった…我らが知る薬草ではどうにもならなかったのだ」

「妖霊は万能ではありませんからね」


榛摺は悲しげにそう語り、吉春も妻を亡くしたことを思い出して顔を伏せた。その中、流星だけは冷静に「仕方がない」と言う。


「葉支那が無事だっただけで我らは充分。今回はお主のおかげだ。お主の願いを叶えよう」

「えっ…」

「今回のことは不問にする。仲間の怪我も、鈴流殿のおかげで完治したしな。吉春、これからはより一層協力していこう」

「っ!!」

「ええ」


不問という言葉に、照彰は顔を輝かせる。そして何度も何度も「本当か!?」と確認する。榛摺はそれに付き合って優しく「ああ」と繰り返す。

吉春は静かに一礼すると、村人に報告するために村へど戻った。どうやら吉春と榛摺の話し合いはほぼ終わっており、結論は出ていたのだろう。


「良かったですね、照彰殿」

「ああ!本当に良かった!!これで春太ときのこも遊べるだろうし、安心だな!」

「きのこ…?まぁ、これで問題は解決したので帰れますね」


榛摺も山へと帰り、流星に連れられて照彰も山を出た。

すると出口には、葉支那を抱いた春太が待ち構えており、照彰の姿を見つけると大きく手を振る。


「照彰さん!村長から聞きました!これからもきのこと遊べます!!本当にありがとう!!」

「はは、そんな大したことはしてないさ」


春太に抱きつかれ、葉支那にはペロペロと頬を舐められる。

二人の姿を見て、無事に解決したことを心から良かったと思えた。二人がこれからも友達として過ごせる。その時間を守れたことに、照彰は満足することができた。


そして、自分のやるべきことを見つけたような気がした。

照彰はぐっと拳を握り、春太と葉支那に話しかけている流星の側に行くと、晴れやかな表情でこう言った。



「流星さん!俺、ここに残る!!」














『現の迷い子 何を見つけて 旅するか


行きは踊って 帰りはどうだ 宝はあるか


笑顔にしたくば 流にのれや うまく泳げ』

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