カミナガレ
桜 龍
熊神編
第1話 一の選択
自分が生きているうちは、何も起こらないで、ただ普通の生活をしていくんだと思ってた。
だけど、“普通”っていうのはわりと簡単に、突然に“異常”になってしまうってことを、知った。
「どこだよ…ここ…」
目の前に広がる不思議な光景は、果たして夢なのか現実なのか──……。
「おーい、じーちゃーん」
「おうおう、よう来たなぁ照彰」
高校二年生の夏休み。
夏休みだから家族旅行や友人達と海に行ったりと予定があったのだが、両親は仕事で休みがとれそうになく、友人達も都合が悪くなってしまった。
そんな時、田舎に住む祖父から遊びに来いと連絡が来て、両親の勧めもあって夏休み初日から大きな荷物を持って泊まりに来た。
高校生になってからはなかなか来る機会がなく、最後に来たのは確か中学校二年生だったか。
その時から長い年月が経った訳ではないが、懐かしく感じる。
祖母は照彰が五歳の頃に病で亡くなり、祖父は一人で住むには大きい家にずっといる。
一緒に住むことを照彰の両親は勧めたが、祖父は思い出の土地を離れることを嫌がった。
強要することはできなかった為、今でも一人で祖父は暮らしている。特に困っていることもないようなので、照彰は母に「元気みたい」とメールを送った。
「ほれ、ここにいる間はこの部屋を使うといい」
「おー、サンキューな!」
祖父に案内されたのは中庭に面した客間。
あまり使われていなかった故に埃が溜まっているが、掃除すれば問題ない。照彰は室内用のほうきを借りて部屋を掃除した。
「あ、じいちゃん。今夜は俺がメシ作ってやるからな」
「ほーそうか。少しは上達したか」
「任せとけって!」
掃除を終え、居間でお茶を飲んで一息つく。
照彰は、す…と祖父の顔を見た。
白髪の増えた頭に、僅かに曲がった腰。
畑仕事をしていたのか、作業着は土でところどころ汚れている。
世話になるからには家事はしっかりするか、と意気込みを入れる。
「どうだ。学校は楽しいか」
「ん?ああ、まぁ、毎日バカやって騒いでるよ。テストはちょ~っと良くないけど」
「ははは。かまわんよ。勉強なんて好きな時に好きなだけやれば良い」
ずずずと祖父がお茶を啜る。
「そういえば…」
祖父が湯飲みをコトリ、と机に置く。照彰は顔を上げて祖父に顔を向けた。
「三日くらい前にな、近くの森で何やら失踪があったようでな」
「え…!?」
「今も見つかっておらんから、その森は立ち入り禁止だ。お前も行くんじゃないぞ」
「あ、ああ…」
そう言って、祖父はまたお茶を啜った。
お茶を飲んだ後、ゆっくりすると良いと言う祖父の言葉に甘えて、照彰は部屋に戻った。
パタン、と部屋の障子を閉めてゴロンと音を立てて畳に寝転がる。
天井を見つめ、照彰は先ほどの失踪の話を思い出していた。
この田舎で事件とは珍しい、というのが照彰の感想だが、こんなに狭い村で見つかってないとすればここにいる可能性は低いのではないだろうか。
「それとも“神隠し”か…?」
ポツリとこぼしたその言葉。
照彰は、そういう類いのものを信じている。妖怪や心霊なんてものは存在しないとよく言われているが、それでも照彰は必ずあると確信している。
何故確信しているのか。
照彰は別に見たことがあるわけではない。
だが、世界は広く、科学では証明できない事柄は溢れている。
それに、「妖怪」や「心霊」なんて言葉があるのは、存在しているからだというのが照彰の考えだ。
それに本を読んでいくうちに、照彰はその不思議な存在に魅了された。
恐ろしいと思うことはあっても、存在を否定はしないし、会ってみたいとも思う。
一度で良いから……。
だんだん瞼が重くなってきた。
照彰は閉じていく瞼に逆らうことなく、昼寝をした。
『ねぇ、“生きる”って、なんだと思う?』
『“死ぬ”とは、なんだと思う?』
え…?
『『どうして命有る者は“生きる”のだと思う?』』
それは──……
『分からない?』
『知らない?なら……』
『『どうしてお前は“生きて”いる?』』
そんなの…決まってる…────!
「ほぉ?夢でそんなことを聞かれたのか」
「うーん…あんまりよく覚えてないけど」
その日の晩、照彰は昼寝の最中に見たという夢の話を祖父にしていた。
現在は夕飯の時刻で、食卓には照彰が作った夏野菜サラダと素麺、そして玉子焼きが置かれていた。
祖父は玉子焼きを一口パクリと食べて、照彰の話を聞いていた。
「それで?お前はなんと答えたんだ?」
「それがさー、覚えてねぇんだよな。なーんか力強く言ってた記憶はあるけど、何を言ったのか……全く思い出せねぇし、今考えてもなーんも思い付かない。だいたい、何であんな夢を見たのか…」
今までに色々な夢を見てきたが、ああやって自分に質問を投げ掛けてくる夢は初めて見た。
気になるので照彰は後でインターネットで調べてみることにした。
「ごちそうさまでした」
「照彰。食ったんなら、もう風呂入って今日は寝ろ。遠くから来て疲れとるだろ?」
「あーまぁ…じゃあそうするわ」
食器を片付け、照彰は祖父が沸かしてくれた風呂に入り、寝るまでの短い時間を部屋で過ごした。
楽なジャージ姿だ。
「えーと…夢、質問……と。なんか出るかねぇ」
部屋に敷いた布団の上で、照彰は夢について調べていた。
様々な検索結果が出たが、よく分からなかった。
あの夢が何を意味しているのか。
吉夢なのか凶夢なのかもよくは分からない。
「ふーむ…わっかんね!寝るか!!」
携帯を枕元に置き、ボフンと枕に頭を乗せる。
夏ということもあり少しむし暑いが、都会ほどではなかった。
鈴虫の奏でる音色が照彰をだんだん眠りに導いていく。
『“死”トワナンダ?』
「──……っ!!」
突然鈴虫の音色も、風の音も止んだ。
そして耳元には、腹に響くような低い声が聞こえた。壊れた機械のような声だった。
驚いた照彰は勢いよく飛び起き、布団もそこら辺に放り投げた。
周りを見渡すが真っ暗で何も見えない。
真っ暗…?
あれ…?俺は確か…電気を付けたままだったはず…。
突然の不可解な出来事に照彰の心臓の音が大きく響く。
確かに電気はついたままだった。
だが、照彰の前に今見えているものはただの闇一色。
地面も天井も分からず、地についているはずの足は浮いているような変な感じだ。
手を伸ばしてみても何かに触ることはない。
「なんだよ…ナンなんだよ…っ!!」
闇の中に叫んでも何の返事もない。
『“生きる”とはなんだ?』
しかし突然、頭の中に響いた声。
ただ先ほどとは何かが違うような気がする。
そして、照彰の前に転がってきた一つの小さな毬。
中に入っている鈴がチリンと可愛らしい音を奏でる。
それを拾おうと手を伸ばすと、前から現れた子供の手。
毬を拾った子供は、まるで人形のようだった。
白い肌、二つの黒い瞳。無造作に伸ばされ、あちこちに跳ねているが美しく鮮やかな“虹色”に輝きを放つ髪。
身に纏う服は白い着物で、不思議なことに描かれている紅い金魚が泳ぎまわっていた。
年齢は10歳頃に見える。
「な、なぁ…ここはいったい……」
照彰は目の前の子供に話しかけた。
子供は毬を両手に持った状態で、照彰の顔をその黒い瞳でじっと見つめる。
感情の読み取れない、無の表情。
それが照彰に“怖れ”を感じさせた。
『現の迷い子 何を求めて ここ通る?』
「は…?」
『行きは歩いて 帰りは足なく えみが消える』
「なんだ?……うた、か…?」
『泣きたくなければ 流にのれや うまく泳げ』
子供は毬をつきながら、リズムをとる。そして不思議な歌を照彰に聞かせる。機械のようなノイズが混じったような声で、子供はしばらく同じ歌詞を繰り返した。
ポンポンという毬の音が立て続けになり、照彰は徐々に不安になってきた。
一体何をしているのか。
歌の意味は何なのか。
考えるが全く意味が分からない。
すると、子供は毬をつくのをピタリと止めた。
電池が切れたかのような様子に、照彰は更に不安になる。
『汝 我に何を望む ここが分岐点 汝 選択の時』
「望む…?選択…?」
子供は照彰をひたすらに見つめる。
その鋭い眼差しに息が詰まるような感覚の中、照彰は困ったように目線をさ迷わせる。
「とりあえず…君は俺にどうして欲しいか聞いてるんだよな?君が一体何者なのか分かんねぇけど、人間…じゃあないよな?」
『汝 我に何を望む ここが分岐点 汝 選択の時』
同じ言葉を繰り返され、会話がままならない。
とりあえず照彰は今、自分が何をしたいか考える。
その結果、このよく分からない暗い所から出たい、というのが答えだ。
照彰は子供の目線に合わせる為にしゃがむ。
子供も、見上げていた照彰の顔が自分に合わさったので元の位置に顔を戻す。
「ここから出たい。どうすれば出られる?」
『汝 選択した 流にノリ サガセ』
照彰の質問に子供は一切答えを寄越さない。やはり意味不明な言葉を言うばかりだ。
流やらサガセやら訳が分からない。
「なぁ、だからどうやったら──…」
『汝 一の選択は終わった』
「は?」
チリン──……。
子供の落とした毬が暗い地面に落ちる。
すると、落ちた部分が水の波紋かのようにゆらゆらと揺れ始めた。
「おわっ!なんだよいったい!!おいっ!!」
揺れる地面のせいでバランスを保てず、照彰は地面に膝と両手をついた。しかし子供が立つ部分は全く揺れていない。
『汝 先へ行くがよい』
子供がそう言うと、今度は地面に照彰の体が沈み出した。
「えっ!?おい、ちょ、待てよ!!」
照彰は沈むのが恐ろしく、地面から出ようと必死に暴れるが、体は順調に沈んでいく。
『現の迷い子 何を探して 前進む
行きは沈んで 帰りはどうだ えみはあるか
笑いたければ 流にのれや うまく泳げ』
子供はまた毬をつき始め、同じメロディだが今度は違う歌詞で歌う。
子供に手を伸ばすが、だんだん薄れていく意識にパタリと手は落ち、暗い闇の中に照彰は沈んでいった。
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