第20話 幸三⑭

 数日後、「話したいことがある」などと言って、彰を図書館に呼び出した。

「なんだ? 珍しいな、話したいことがあるだなんて」

「ああ、ちょっとな」

「なんだ、早く言えよ」

「でも、こんなこといったら誤解されそうで」

「いいよ、お前が何言っても今更驚かないから」

 それを訊いて、少しほっとする。

「有泉さんが、彰の留学のことで気になることがあるって」

 彰が怪訝そうな顔をする。

「この間、占いの途中で帰ってしまっただろう。やっぱり料金分の仕事をしないと悪いと思って、あれからまた占ったんだって。そうしたら、ちょっと気になることがあるからぜひもう一度話がしたいって…」

 彰は何も言わずに歩き出した黙ったままではあったが、歩く方向は園芸部へと向かっているようなので、何も言わずについて行く。

「お前にとって有泉はなんなんだ?」

「どういうこと?」

「やっぱり、ただの友達にしては、肩入れしすぎてるような気がして」

「そうなのかなあ」

 僕は少しの間考えたが、やはり答えは一つしか思い浮かばない。

「僕にとってあの人は、有泉さんだ。他に言い様がないな」

 それを訊いて、彰は神妙な顔をして頷いた。

 だって、どちらかというと友達ではない気がするし、一応同じ部活の仲間と言えなくもないけれど、僕たちはただ部室を使っているだけで実質園芸部の活動はしていないから『同じ部活の』と言い切ってしまっていいのかわからないし、それにあの人は独特すぎて「○○な人」みたい一言で表現できないんだ、と言うことを頭の中でまとめていると、

「俺にとっても、岩村は岩村だ。確かに、幼馴染ではあるけれども、そういった既存の言葉で、適当に定義づけしようとしてみても、無意味なんだよ」

 などと言い出す。もっと詳しく訊きかねばと思いながらも、そうこうしているうちに、部室に着いてしまった。

「いつ見ても、魔女の小屋のようだな」

 と彰が呟くので「隙間だらけなんだから、静かに」と小声で注意した。

 ドアを開けると、カーテンは閉め切ってあり、大きいろうそくが一つだけ灯っている。そうして、入口から向かって真正面には、黒いマントを羽織って後ろを向いた人が座っている。僕達がはっと驚く気配を察すると、その人はゆっくりと振り返った。下からろうそくで顔が照らされ、誰なのかわかってはいても、思わず息を飲んでしまう。

「有泉さん、何なんだ、これは一体…」

「ちょっとやりすぎたかな…」

 そう言うと、さっとマントを脱ぎ、カーテンを開け、ろうそくを吹き消した。

「で、どこが隙間だらけだって?」

 と言う。何故、僕だけ怒られないといけないのだ。

「話ってなに?」

 と彰。

「それはこっちが訊きたいわよ。須長君、本当は私に何を相談しようとしたわけ?」

「だから、留学のことだって」

「たかだか二週間ばっかし語学留学するからって、わざわざ一人で、いかにも不審そうな私のところに人目を忍んでやってきたってわけ? 飛行機が落ちるか心配で眠れないとでも言うつもり?」

 彰はにやりと笑った。

「確かに二週間しか行かないけど、色々と不安だろう? 友達ができるかとか、ご飯は口に合うかとか、英語が通じるかどうかとかさ」

「ありえないな」

 有泉が目の前にあった布をそっとどけると、そこにはすでにカードが何枚か展開されていた。

「直接話したことはほとんどないのに決めつけるようなことを言ってしまうと失礼かもしれないけれど、須長君は、あまり人に自分のことを相談しないタイプよね。

 でも、本当は自分のことを、もっと他人に話したいって思うときもあるんじゃないの? でも身近な人に対しては、今まであまり個人的なことは話さない習慣が身についてしまっているから、なかなか話すことはできない。

 今回だってそう、とうとう意を決してここにやってきたら、私の他にも、顔なじみの平林君がいた。だから、あなたは本当に言いたかったことをではなくて、咄嗟に思いついたことを口に出してしまったのよ。あてずっぽうに引いたはずのカードなのに、あまりに自分の本心が映し出されていたから、思わず『自分が知りたいのはそんなことじゃない』という言葉が出たんだなって、私には思えたんだけど」

「今度のカードは、これは何なんだよ」

 そこには、十枚ほどのカードが並べられている。

「ああ、ざっくり説明すると、これが現在の状態を表すカードね」

 有泉はそう言って、中心にあるカードを差す。そのカードには、Deathと書かれている。黒い顔をした、白いケープを被った人物(?)が描かれている。明らかに死神じゃないか。何故この人はこんなカードばかり出すのだろうか…

「旅行先で事故に遭って……?」

 さすがの彰も、怯えた様子で訪ねている。

「違う。これは生まれ変わろうとしている様子を表しています。今までの自分では太刀打ちできない問題が出てきて、それを解決するためには今のままではいけないってこと。それに対して、これが対立する要因っているカードなんだけど」

 そう言って、デスのカードと交差するように置かれたカードを差す。

「今まで築いてきたものを壊すのが怖い、だから改革が進まない」

 彰は黙ったまま有泉をみつめている。

「一番大切なものはなにかわかっているのに、心の中の迷いが多すぎて、それを素直に選び取ることができない。今はまだ心の中で迷っているだけだけど、このままだと現実の世界にもその影響が出てきて、周りの人を巻き込むことになっていく。もしかすると、もうその兆候が出始めているのかもしれないけど」

 有泉は淡々と解説していく。

「まあ、そういうことなんじゃないの、占いでそう出ているのなら」

 彰はしばしの間考えているようだった。また出て行くつもりなのだろうかと思ったが、僕の方を向くと、

「悪いけど、ちょっと外してくれる?」

と言った。

 部室を追い出され、僕は行くあてもなく構内をさ迷い歩いている。

 あのベンチで、彼女と会った。あの図書館で、彼女と会った。他には……所詮、僕と岩村さんとの関係なんて、たかだか一月足らずの薄っぺらいものなのだ。彰との仲がどれほどのものかは知らないけれども、比べるまでもない。

 以前彰は、岩村さんが小鳥に石を投げただなんて話をしていたけれども。僕はそんな彼女を見ることはないし、彼女に石を投げつけられるほど関心を持たれることは、この先もきっとないことだろう。

 有泉と彰は、何を話しているのか。やはり、岩村さんとよりを戻す相談でもしているのだろうか。

 歩き回ってへとへとになり、一時間ほど経った頃に部室へ戻ると、ちょうど彰が出てくるところだった。

 彼に声をかけようとしたけれど、びっくりして一瞬声がかけられなかった。なんだか、彼がすごくさわやかになっている気がしたのだ。

「彰、どうしたの?」

「ああ、色々話して、すっきりした」

「マッサージでもしてたの…?」

「だから、話してたって言ってるじゃないか」

 彼は笑いながら去って行った。

「有泉さん、彰と何を話してたの?」

「カードの解釈について話し合ってただけよ」

 と、らちが明かない。

 彼女はいつも通り何を考えているのかわからない顔を保っていたが、よく見ると、いつもと違ってどこか清々しい様子が感じられた。生き生き、と言ってもいいかもしれない。長距離走を走り終えたランナーのような、演奏を終えた音楽家のような、それが言い過ぎだというのであれば、テストを終えて部活の場へと走っていく高校生のような……。

 そういえば、こんなにすっきりした様子の彼女を最近見ていなかったような気がする。ひょっとして、成吉は回りくどい手段を使っていたけれど、単にこんな有泉をもう一度見たかっただけなんじゃないかな、と思われた。そんな気がしただけで、確信は持てないのだけれど。

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