第15話 幸三⑪
「成吉君は、いつ聞いたんだ?」
「この間生協に行ったらよ、あいつが留学関係の本立ち読みしてたから、聞いてやったんだ、留学すんのかって。そしたら、『あまり公にしてないんだけど』なんて気取ったことぬかしやがって。お前らですら知ってるのにな」
「どこへ行くんですか? 須長君」
「さあな、どうせ英語圏だろうよ」
「そうか、成吉君は英語よりスペイン語のほうに興味があるんだもんな」
「当然だろう。今更英語なんて勉強して何が楽しいんだ。理解に苦しむぜ」
そんなことを話していると、有泉が現れた。
「おい、ちょっと来いよ」
有泉の顔を見るなり、成吉は僕を部室の外へ呼び出す。こんな子供じみた仲間外れをするなんて、しかも岩村さんの前で。恥ずかしいやつだ。
今度は一体、どんな悪口を言うつもりなのかと思ったら、彼の口から出たのは意外な言葉だった。
「さっきの話、ちゃんとしとけよ」
「さっきの話?」
「ばーか、もう占いはいいって言っただろうがよ」
「ああ、そうね、はいはい」
成吉は僕の肩をバンバン叩くと、そのまま去って行った。
部室に戻っても、有泉は僕に顔を向けようともしない。岩村さんと二人で楽しそうに話しているが、僕が会話に加われないよう細心の注意を払っている。僕が全くついていけない話題を巧妙に選んでいて、話に入り込むすきを与えない。
「あの、平林さん、お茶でも淹れましょうか」
岩村さんが、気を使って僕に話しかけてくれる。
「いいのよ、この人は。陰でこそこそ人の悪口言ってる人に、お茶なんて淹れてあげる必要はないから」
「違うよ、悪口なんかじゃないって」
「じゃあなによ。またここを乗っ取る相談でもしてたわけ?」
「違うよ。じゃあ言うよ」
そして僕は、手短に、もう占いはしなくていい、ということを伝えた。
有泉は、まじまじと僕を見つめる。強い光を放っているような、どこも見ていないような、安堵と怒りが混じったような、何を考えているのか読めない目である。
「あのさ、あんたたち、何様のつもりなの? 金払えとかやっぱいらないだとか、ころころ意見を変えて。なんで私があんた達の指示に従って、占いしたり止めたりしないといけないの? 私をなんだと思ってるのよ」
「ごめん…」
まさに、今言えることはそれしない。
「今更こんなこと言っても許してもらえるかどうかわからないけど、成吉君は僕と有泉さんが仲良くしてるから、やきもちを焼いたんじゃないかと思うんだ、だからあんなことを……」
「誤魔化さないで。どんな理由があるにせよ、あんたが私を物みたいに扱ってることは事実でしょうが」
違うんだ、と反論したくが、僕のしてしまったことはそうだとしか言いようがなかった。
「居座りやみたいよね、あんたたちって。もしかして、そうして私がこの部室から自発的に立ち退くのを待っているってわけ?」
と小馬鹿にしように笑う。
「あーあ、どいつもこいつも、せこすぎる」
有泉は、黙って立ち上がるとお湯を沸かし始める。
(まさか、本当に悪いと思っているならこの湯をかぶれ、だなんて言わないだろうな…?)
「あのー。言っていいのかどうかわからないんですけど、成吉さんは有泉さんに嫌がらせをしようと思ったわけではないんです」
「どういうこと?」
びっくりして、思わず高い声が出る。
「あの、有泉さん、成吉さんに言われるまで、ここ最近占いを辞めてたらしいじゃないですか。成吉さん、有泉さんが占いを休止してるのは自分のせいだったんじゃないかって、気に病んでたんですよ」
「あんな男に、いちいち心配される筋合いないんだけど」
有泉はぽつりと言う。
「なんで、成吉君は、有泉さんが占いを辞めたのは自分のせいだって思ったの?」
と、恐る恐る尋ねてみる。
「成吉さんと平林さんが、以前半ば強制的にこの部室を乗っ取ろうとしたことがあったってきいたんですけど、その危険を予知できなくて、有泉さんはそれを気に病んで占いを辞めたんだって、成吉さんはそう思ってるみたいで」
「ふーん。じゃあ、百歩譲って成吉と平林のせいで占いを辞めたとして、なんでまた強制的に占いをさせようとしたのかな?」
僕のことまでとうとう呼び捨てにするとは。有泉、相当怒っているようだ。
「占いをしなくなった有泉さんは別人のようになってしまって、自分のせいでこうなってしまったのなら申し訳ない、って思っているようです」
有泉が、「あいつ、申し訳ないなんて言葉一応知ってたんだ」と呟く。
「それと、成吉さんの知り合いの何人かが、『有泉さん、いつになったら占いを再開するんだろう』って言ってたらしくて。あ、その人達は成吉さんと有泉さんが仲いいってことは知らなくて、単に世間話の一環として、だったみたいですけどね」
有泉が「仲良くないから」と念を押す。
「また占いを始めてくれって口で言ってもそうしてもらえないだろうから、強引なやり方なのはわかってるけど、こうするしかなかったんだって。そして、有泉さんから巻き上げたお金は貯金して、利子をつけていずれ返すつもりだって言ってました」
「私から巻き上げたお金って、多分今のところ数万程度なんだけど、利子つくのかな? 成吉銀行の金利ってどれくらいよ」
「ええっと、普通の銀行の利子って、0.01%くらいでしたっけ?」
岩村さんは、自分の努力に二人の仲がかかっていると思っているかのように、一生懸命だ。
「真面目に応えなくていいよ、有泉さんは冗談を言ってるんだから」
「え、冗談なんですか」
「まあ、一応…」
有泉は照れているのか、顔が赤らんでいる。
女の子同士だと、こんな振る舞いもするとは。こっそりとむくれてみせるけど、二人とも全く気づかないようだった。
有泉と、こうして喫茶店で同じテーブルでお茶を飲むなんて、一年前の自分には全く想像もつかなかった。当時、彼女はとても遠い存在で、遠いなんてもんではなく、違う世界の住人のようにすら感じていた。
これがこんなシュチュエーションでなければもっと楽しいのに、とふと我に返る。
「上原君って、たしか音楽やってるじゃない?」
有泉がごく普通の女の子のような口調で、ごく普通の会話をしている。笑い出したくなるような、怖くて逃げだしたくなるような。もちろん演技だろうけれども。
「ああ、まあ」
上原太郎は曖昧な返事をする。
「私の友達で、ファンがいるの。去年の学園祭ですごく感動したって言ってて」
成吉のことを「友達」と言うとは。いくら演技とはいえ、飛ばしてるな。
「つまり、今年の学園祭は特に印象に残ってないってことだよな」
「え、今年も出てたの?」
ぼろが出るのが早すぎるよ、有泉さん…。
「ま、いいんだ。わかってるよ、彰がいないと、俺一人で歌ったって誰も聴きやしないんだ」
“アキラ”という響きに、岩村さんが反応するのがわかる。
そう、今日は、僕は太郎を誘い、有泉は岩村さんを誘って、偶然を装って喫茶店で落ち合ったのだった。最初は全然関係ない会話をしながら、実はこの女子二人も彰の知り合いなのだ、ということをほのめかし、ごく自然に(?)彰の話を持ち出そう、という作戦だったのだが…。
「私ははっきり言ってJポップには興味がなくて、だから上原君の歌も聴いたことないんだけど、そんなもんなの?」
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