1-2 confidential information

 ぽっかり開けた口を閉じてから、スンと白い目を向ける私──服部若菜。

「ゴ来客デスケド」

「あ?」

 人の気持ちだの微塵も知らないで、のんきに戻ってきた柳田さん。その無駄に広い背中に『タラシ要素アリ 激ツン朴念仁』って刺繍でもしてやろうかしらねぇ!

「…………」

 無言で、右腕を一人がけ応接ソファへ向ける私。その先の、制服をお上品に着こなしている彼女は、私に指されていることに気が付いて、ソファからシャキンと立ち上がった。

「あああの、こんっこんに、ちは」

「あん? ……げ」

 声をかけられて、柳田さんはやっと彼女の存在に気が付いたみたい。半開きのやる気の削がれた目を極力見開いて……ん? なんか、びっくりしてない?

「そ、その節は、あの、すみませんでした」

 彼女は、ソファを挟んで向こうの柳田さんを向いて、小さくお辞儀した。いいよいいよお辞儀だの謝罪だのなんてしなくて。私は見損なったよ、こんな奴!

「そう言うっつーことは、もう勘違いしてねーってことな? その……『柳田』の件」

「は、えと、はい。すぐにあの、ご説明受けまして」

「フーン。で、今日は、アイツに言われてここに来たのか」

「えっ、は、そう、です」

「あの件、だな」

「は、はいっ」

「ワリーがアイツはまだこっちに戻ってねぇ。今日は代わりに俺から伝える」

「そ、そうなん、ですね」

 柳田さんの言ったことが、逐一きちんとわかっているみたいな返事。余計なことがひとつもなくて、私だけが阻害的。なんだか柳田さんも、私より彼女の方が扱いやすそう。

「あの、わたし……」

 かと思いきや、彼女のそんな言葉の続きを無視する柳田さん。無視したその足で、ツカツカとかかとを鳴らし、なぜか私に近寄ってくる。何? なんなの。思わず眉間を寄せて、身構えてやる。

「な、何ですかっ」

「話がある。テメーもそこ座れ」

「なっ、どど、どーしてですか」

「業務として関係ある話だからだ」

「私、探偵業務できませんっ」

「バァーカ。誰がテメーみてぇなアンポンタンに探偵業務やらすかよ」

「じゃ、じゃあ秘書なので、依頼人にコーヒーを出したら退出するって契約ですし、退出しますっ」

「その契約した俺様がいいって言ってんだ。訳わかんねぇこと言ってねぇで早く座れ」

「だ、大体っ、今までどこ行ってたんですか。隠し子のところですか?」

「ハァ? 何の話だ」

「だって。彼女が『子どもと出かけたのかも』って!」

「あん?! ……あぁー、バカ、ちげーよ。自宅にタバコのストック取りに行ってただけだ」

「ええー、ホントですかぁ?」

「嘘言ってどーすんだよ」

「フーン! ていうか、曖昧な時間指定して依頼人待たせるなんて、ホント最近どうかしてませんか?」

「それ、俺じゃねんだって」

「はぁ? 彼女を呼びつけたのは柳田さんでしょ? この前のべビードレスのとき、私には探偵事務所の品位がどーのって言ってたくせにっ」

「あああーっ、たく!」

 そこまでぶつくさと言ってやったら、柳田さんは細い目を更に細くして、おでこにかかる前髪をぐしゃぐしゃかき混ぜた。

「テメーには、ちゃんとイチから説明しねぇとなんねぇことがあんだよ」

 かき混ぜていたその右手で、柳田さんは私の左手首をぎゅむりと掴んだ。

「来い」

「え?! や、ヤダ、何ですか?!」

 ちくしょう、振りほどけん。掴む力は強いのに痛くないっていう謎の掴み具合。ムカつくー!

 そうして引っ張られて、彼女の隣に連れてかれた私。ぐっと肩を押さえ付けるようにして座らせられる。もう、意味わかんない!

 どっかり、向かいの三人がけソファの中央に腰を下ろす柳田さん。

「何なんですかっ。公開処刑ですか?!」

「黙っとけ、許可無しに口開くな」

「んなっ」

 ムッカつくぅー! ピギピギと青筋の寄るこめかみ。

 柳田さんは、チッとひとつ大きく舌打ちをしてからモモに腕を乗せて前のめりになった。

「まず、アンタ」

「はっ、はい」

 ピッと彼女へ向けられる、柳田さんの刺すような視線。同時に、柳田さんの左親指が上向きにぐいっと私を指す。

「今からこのアンポンタン秘書にいろいろ説明する。アンタは情報の重複になっけど、復習だと思って黙っててほしい。いいか」

「わか、りました」

 カクカク小刻みに頷く彼女。それを見届けてから、柳田さんの視線がぐっとこっちを向いて、私と睨み合うみたいになった。

「あのな。今から言うことは、テメーにだけじゃなくて、そもそも世間様に知られるのが恥だと思ってるから黙ってたことだ」

「で?」

「だァら、今まで気付かなかったテメーが悪いとか、言わなかった俺が悪いとかの話じゃねぇ。そこんとこほじくってくんなよ。わかったか」

「よくわからないけどわかりました」

 「どっちだよ」っていうツッコミを待ってたのに、柳田さんは何も言わなかった。もうっ。さっきからテンポがズレて持ち直せない。

 柳田さんは五秒で吸って八秒で吐き出してから、低く言葉を発した。

「結論から言うと、『柳田さん』っつーのは二人居る」

「…………」

 目も口もたらりーんと見開いて、思わず固まった私。

 いや、マジで何言ってんのか理解できない。私は今まで、柳田さんが二種類なのに気が付かなかったってこと?

「あの、私もしかして、二人の柳田さんに交互に……」

「ちょ、バカ! 黙っとけっつってんだろっ」

「い、今はどっちの……っあ、もしかして! この前『手ェ出してきた』のがまさか」

「んなっ?! ばっ、誤解招く言い方すんじゃねぇっ!」

 柳田さんを真っ赤にさせると、ちょっと気持ちが満足した。フン、せいぜいJKにきたないものを見るような目を向けられたらいいわ!

「まず、ひとつ目っ」

 ダン、とひとつ足を踏み鳴らした柳田さんは、ガシガシと頭を掻きむしって、左人指し指をピンと立てる。

「その、なんだ、アレだ」

「どれですか」

 さっきまでの勢いはどこへやら。キョロキョロしながら言い淀む柳田さんを、じっとりと観察する私。

「や、その、だァら、だな」

「そんな言いにくいことですか?」

 眉間を寄せて、ジト目を向ける。

 数秒もすると、何かを覚悟したみたいに、柳田さんは私を向いた。

「俺には、その。ふ、双子の兄貴が、居んだよ」

「へぇ」

「…………」

「…………」

「え、ふたっ、双子?!」

 遅れてやってきたリアクションの波に、がばりと立ち上がる私。言葉を失って、あんぐり開けた口を向ける。

 柳田さんは、その高い鼻先を俯けて、ハアーと大きく溜め息を吐いた。

「だァら、彼女が言ってる『柳田』と俺は、別人だっつー話だ。俺自身が二人いるだとか、そういう話じゃあねぇっつーこと」

 なにそれ、なにその展開。柳田さんて、めちゃくちゃファンタジーじゃん! えっ、似てんのかな、すんごい似てたらゲラゲラ笑っちゃうんだけど!

「わ、わかりましたけどくふふふふふ、そんっなに似てるんです? プスススス」

 やば、笑いが漏れてしまった。まぁいいや、柳田さんそこまで気が廻ってなさそうだし。

「いや。一卵性だが、もう顔は似てねぇよ。似てねぇとは思ってたんだが──」

 息を吸うのと同時に、彼女を一瞥いちべつした柳田さんは、ふわっと眉間を緩めた。

「──まっさか、アンタに間違われるたー思わなかった」

「え。双子の兄貴と会ったことあるんですか?」

「え、ええ。このま──」「ふたつ目」

 彼女の言葉をわざわざ遮って、続きだと威圧してきている。あぁ、ホントに一気に言ってしまいたい事柄なんだな。

 黙ってることにした私は、ソファに腰を落ち着ける。

「子持ちっつーのは兄貴アイツの方だ。テメーも知ってるとおり、俺は独身。隠し子なんつーのも無い」

「あぁ、それで……」

 なるほど、と顎に手を添えながら、私は左隣の彼女をチラリ。

「最後に。その兄貴っつーのがだ」

 また目を逸らして言いにくそうにしてる。そんなに兄貴が嫌なのかな? まぁ「恥」って言っちゃうくらいだしね。

「…………」

 沈黙を置いてから、柳田さんは観念したように、呆れたみたいな声で吐き出した。

「俺の兄貴は、YOSSY the CLOWNだ」


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