3-2 children have clear eyes

「シスター」

「はい?」

 くるりとシスター・ローザの瞳がYOSSY the CLOWNを見上げる。出来うる限り声を最小に、口もなるべく動かさずに訊ねる。

「彼らは?」

 問うYOSSY the CLOWNの顔が、真っ直ぐどこかを向いている。そちらをゆっくりと視線だけで辿り、やがてシスター・ローザは「あ、ええ」と眉を寄せた。

「彼らが、その──」「サミュエルとエノーラですわ」

 背後からそう声がして、YOSSY the CLOWNは右回りに振り返る。そこには、シスター達と同じ黒の修道服を着た、七〇歳代ほどの女性がいた。

「グランマ!」

 シスター・ローザは慌てて声の主へと駆け寄り、その肩を支えようと手を伸ばす。グランマと呼ばれた彼女が、かしの杖をつき、左足を引き摺る歩き方をしているためだ。

「あぁ、ありがとう、シスター・ローザ。こんにちは、ようこそお越しくださいまして。施設長のシスター・ミシェルでございますわ、ミスター」

 施設長はにこやかに、そうして笑みを向けた。褐色の肌に刻まれた皺が、施設長の聡明さを際立たせる。

「これはこれは、施設長。この度はお招きあずかりまして。僕がYOSSY the CLOWNです」

 日本人らしく、静かに頭を下げるYOSSY the CLOWN。

「さっきは職員室に居られなくて、申し訳なかったわね。せっかくご挨拶にいらしてくだすったのに」

「いえ。『ヒロインは遅れてやってくる』と言うではありませんか」

 施設長は「まあ」と低く笑った。

「シスター・ローザ、あとはわたくしがご案内をいたします。子どもたちのシャワーの用意をお願い」

「はい、グランマ」

 言われたとおり、シスター・ローザは小さく膝を曲げ、会釈と共にその場を後にする。

「あなたをお呼びしてよかったわ。お噂どおりの、ナイスガイね」

「アハハ、よく言われます」

 あっさりそう肯定で返したので、ハテナと共に固まる施設長グランマ

「で、早速ですが、施設長」

「あぁ、グランマでよろしくてよ、ミスター」

「フフ、ではグランマ。彼らについて、いくつかお訊ねしたいのですが」

 構いませんよね? と目を流すYOSSY the CLOWNへ、施設長グランマは小さくいくつか頷く。

「彼らは、随分と警戒してますね」

「ええ、そうなんですの」

 YOSSY the CLOWNの視線の先に、小さな姿が一人。その後ろにもう一人隠れていて、計二人。


 身長は目測で一〇〇センチくらいであろうか、それほど高そうには見えない。

 彼らのブロンド色の髪の毛は、まるで絹糸のような柔さと滑らかさが窺える。陰っている場所に潜んでいるにもかかわらず、わずかな日光をキラリチラリと跳ね返している。


「不甲斐ないことですが、わたくしたちの手にも負えないことが多くて、その……」

 言葉を濁しつつ、かなり慎重に選んでいる様子の施設長グランマ。その様子から、YOSSY the CLOWNは諸事情の大体を『察して』しまったが、敢えて質問として言葉を引き出させるよう仕掛けていく。

「『手に負えない』とは、またどうして」

「その……IQ値が、異常に高いんですの。まだ五才ですのに」

 そうして困ったように、視線を落とす施設長グランマ。YOSSY the CLOWNは「だからどうだって言うんだ」という意味を含ませて、「はぁ」と相槌を返した。

「特にサミュエルは、既にユニバース大学生レベルを理解できますのよ」

「ふぅん?」

「眼を見ただけで、その言葉の真意まで見抜いてしまう『こともあります』わ。それは相手へ、かなりの恐怖心を与えてしまうことも『少なくない』、というか。ご両親のこともあって、大人を、かなり毛嫌いしておりますわ」

 まるで一例のように言った施設長グランマの言葉の端々を、YOSSY the CLOWNは「違うな」と鋭く睨んだ。


 二人は、『眼を見ただけで、言葉の真意を見抜く』ことができ、それはいつでも『大人に恐怖心を与えている一原因』になっている、ということだ。

 産みの親から、なにやら醜悪な感情でもぶつけられてしまったのだろうか。それが結果的に『人の真意を見抜く能力』として彼らに備わってしまい、棘を纏って大人へ食ってかかるのだろう。


 YOSSY the CLOWNの胸の奥がざわめき立つ。

 自分の他にも、同じことが出来てしまう人がいる──その現実に、喜びで震えすら起きた。


「お気を悪くされたかしら」

「いいえ、全く!」

 明るく、晴れやかに、実に嬉しそうに笑うYOSSY the CLOWN。

「だって彼らの『そういうところ』が、施設長グランマの本当のご依頼内容なんでしょう?」

「…………」

 グランマはチラッと目を泳がせ、ふぅと肩を竦めた。

「なるほど。二人の『それ』に手を焼いた彼らの両親は、二人をここへ入れ、親権を棄てた、と」

「なぜ、それを……」

「更には、預けられた先である職員シスター達すらも参ってしまっている。だから、外から様々なエンターテイナーをここへ呼び、今回僕におはちが回ってきたわけですね」

 YOSSY the CLOWNは目を伏せ、薄い唇を横に引く。

「彼らを、まずは年相応に笑わせるために」

 「違いますかね」とまなざし鋭く、いたずらな笑みを向ける。違うなどとは微塵も思っていないのに。

「洞察力まで凄まじいのですね、あなたも」

「やぁ、恐らく彼らほどでもありません。僕の場合、ちょっと魔法が使えるんですよ」

 はっはっは、と声高々に笑うYOSSY the CLOWN。施設長グランマは目を丸くする。

「彼らと、話をしてもよろしいですか?」

「え? えぇ。しかし何の──」「わかりません」

 そう被せたYOSSY the CLOWNは、実に爽やかに笑って見せた。

「たとえ内情がわかってしまえたとしても、誰だって、直接会話してみなければ、何を話せるかまではわかり得ませんよ」

 実に嬉しそうに笑うYOSSY the CLOWN。

 不安を露にし続ける施設長グランマをその場に残し、深々と一礼をしてから、睨みのまなざしを刺し続けている彼らの元へ、カツ、カツと歩みを向けた。


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