2-3 conversation doesn't stop
頭を下げ続ける服部若菜。その頭頂部へ、柳田良二は強く吐き捨てた。
「か、え、れ」
「ええっ?!」
下げた頭の勢いと同じ速さで、姿勢をガバリと元に戻す服部若菜。返ってきた言葉に理解が置いてけぼりを食らっている。
「あのっ、マジシャ──」「黙れ」
威圧。
そう言っていいほど、柳田良二の視線が鋭い。
「大体、ぬわぁーにが『世界的マジシャン』だ。アホくせ。俺様は、探偵だ。マジシャンなんかじゃねぇ」
わざわざ区切りながら言い放った柳田良二は、大きな溜め息と共に腕を組む。寄りかかった背もたれがまた、悲痛にギキイと鳴いた。
「そもそも、俺の居ねぇとこで俺を勝手に巻き込むな」
「けど、YOSSYさん言ってたんですっ。多分……アナタに、私を紹介す──」「知ったことか」
柳田良二はスーツジャケットの内側から、くしゃくしゃによれたタバコを一本取り出し、不機嫌そうに咥えた。
「テメーがアイツの差し金だってだけでもイライラしてんだ。もう沢山ださっさと帰れ時間の無駄すぎる」
句読点のない後半部分。厄介払いをしてしまいたい気持ちを伝えるに相応しい態度をとってきた。
タバコと同じく、胸元から小さな箱入りマッチを取り出して、一本をジャッと擦り点火する。
「じゃあ私が今からマジックやるんで、見てくださいっ」
柳田良二に負けず劣らずの、鋭いと評判の睨みを利かせてみる服部若菜。
しかし虚しく、その睨みには見向きもせず、柳田良二はそっとタバコへ火を点けた。黒ずんだマッチは、吸殻で剣山のようになっているアルミ製灰皿の中心へ、プスリと刺し込まれる。
「なんで」
「なっ、『なんで』?」
白い煙がフハァ、と宙空に丸く浮いた。それを目で追うように、服部若菜はくるりと眼球をひと回しして、三時間前の記憶を辿る。
「あー、っと。YOSSYさんに、
「はあ?」
柳田良二は椅子をガタつかせ、背もたれから背を放す。
「ンだそりゃ。マジかよ」
「マジです、大マジです!」
服部若菜はうっかり、ずかずかと柳田良二の通った紙束道へ、二歩だけ踏み入れる。
「あとYOSSYさんから、アナタの役に立ってやってくれって頼まれてるんですっ」
「はあ?!」
「だからどのみち、役に立つことするまで出て行きませんっ」
「待てコラ、暴論かましてんじゃねぇぞ」
「暴論じゃありませんー。私、掃除が得意で業者並なんです、マジで」
「あーあー、クソほども必要ねぇな」
「なんでよ、ありえないでしょ! こんっなに散らかってんのに! 仮にも『事務所』だろ!」
「関係ねぇな。部屋がどーだろうと、依頼人は来てんだよ」
「じゃあ私が片付け完璧にして、依頼人量二倍に増やしてやりますよ! こんっな紙クズだらけの部屋なんて、二日もかからず綺麗にしてやりますからねっ」
「紙クズたーなんだ、紙クズたー! これは『資料』だ、ゴミにすんな」
「ゴミ同然ですぅー、スネでザリザリやってるものは全てゴミですぅー」
「俺には清掃業者も、マジック教える相手も必要ねぇっつってんだろ」
「無理無理、お願いです! 私にマジック教えて! んで、その代償に掃除! ね! いい話でしょ?!」
「ぬゎに勝手に纏めてやんだ、ボケ。俺はな、今までずーっと一人でやってきたんだ。今更他人の手なんてウザってぇだけだ、早く帰れ」
「帰れません!」
「なんでだよっ」
「私には帰る家なんて無いんですっ」
ズキリ、柳田良二は胸の奥の古傷が傷んだ。
「私、住み込んでた師匠の下も出てきちゃったし、仕事もお金もないんですっ。だからこのチャンスに賭けてるんです!」
「知らねぇよ。とにかく、俺にゃ管轄外だ。他あたれ」
「他なんてあり得ませんっ。だって、マジックはYOSSYさんより格段に上手いんでしょ?!」
「あ?」
ピクリ、と好転の反応を見せる柳田良二。隙ありとばかりに、服部若菜は早口で続ける。
「YOSSYさん言ってました。ここに居るのは、『世界が認める凄腕マジシャン』だって」
「凄……チッ」
「それ、アナタのことで合ってんでしょ?」
「…………」
スパァ、スパァとふかされていくタバコ。
「『マジックの腕は僕より段違いにスゴいんだ』って。それってYOSSY the CLOWNが敵わないってことでしょ? あと『マジックだけは越えられないと思ってる』とも言ってましたよ」
珍しく、YOSSY the CLOWNからの言葉は覚えることができた服部若菜。きちんと
柳田良二は何も言わず、目を合わさず、左掌を口元にあてがったままタバコをふかし続ける。
「私、YOSSY the CLOWNに憧れてるから。そのYOSSYさんよりスゴい人だって聞いたから、ここまで来たんですっ。今更引き下がれませんっ」
握った左右それぞれの
タバコを口から外し、フウーと細く長く白煙を吐き出した柳田良二は、目頭を狭め天井を仰いだ。
「アイツにしちゃ、やけに褒めちぎってんじゃねぇか。いい気ンなりやがって、胸くそワリィ」
ガタンと乱暴に椅子から立ち上がり、柳田良二は天井から服部若菜へ視線を移した。
「しゃーねぇ。本当の話、してやるよ」
「ほんとの、話?」
頭上にハテナを浮かべた服部若菜は、浅く首を捻る。
「テメーが馬鹿正直に何でもかんでもベラベラ喋るからな。イコール……つまり『同等対価』だ。ま、テメーにとっちゃあ『タネ明かし』だろうがな」
柳田良二の半開きの目は、服部若菜のフルフルと微かに震えている肩へ向けられた。次いで、睨んできてはいるものの、払拭しきれない不安が滲む彼女の表情をロックオン。「今後数分間は、何があっても服部若菜から視線を外さない」と決め込み、小さく口を開いた。
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