第37話 後輩は引っ越しがしたい

 地球にダンジョンが出現してから、早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。

 【東京令和大学】のダンジョン化から、拠点をしばらく俺の家にして生活していたのだが……。


「センパイッ、この家狭いですぅ!」


 それまで言いたくても言えなかったのか、ようやくスッキリしたような顔でそんなことを言うのは、高校の時に俺の後輩となった姫宮小色だった。


「そんなこと今更言われなくても分かってるんだが」

「ボクはそれほど気にしていないけどね」


 部屋の隅にチョコンと座りながら読書を嗜んでいる、大学の先輩である愛葉こまちは、どうやら居心地的には悪くないようだ。


「まあセンパイと密着できるっていう点で、確かにメリットはありますけどぉ」


 俺にはない。暑苦しいから近づいてこないでほしい。


「でもでもぉ! や~っぱりもうちょっと広い家で過ごしたいですよぉ」

「んなこと言うならお前だけ自分の家に帰ったら?」

「そ、そんなことできるわけないじゃないですかぁ! ……はっ!? まさかセンパイ、私を追い出して愛葉先輩と二人っきりになった瞬間に襲うつもりですか! そうなんですね! この児童ポルノ野郎ぉ!」

「ちょ、待ちたまえ! それだとボクが幼児のようではないか! いいかい、ボクは成人したれっきとした大人なのだよ!」

「嘘です! 実は飛び級した小学生でしょう!」

「言うに事欠いて小学生とは何事だ! ボクはちょっと人より発育状況が悪かっただけだ!」


 ちょっと……ねぇ。


「ちょっと……ねぇ」


 ありゃ、心で思ったことと、姫宮の言葉がリンクしちゃったよ。


「何だいその疑わしい目は!?」

「……じゃあ愛葉先輩って…………生えてるんですか?」

「生えてる? 一体何が……っ!?」


 瞬間的に真っ赤になった先輩が、何故か俺を睨みつけてくる。いや、何でだよ。俺って何もしてないよね?


「あらら~、その反応ってまさかぁ…………ツルツルなんですかぁ?」


 おいもう止めろ後輩。先輩がプルプルと震えてるし、俺にとってもいたたまれないんだが……。


「…………ちょ……っとくらい……生えてるし」

「はい~? 聞こえないんですけどぉ~?」

「だっ、だからちゃんと生えてるからっ!」

「ほほう~、じゃあ確かめさせてもらってもいいですかぁ?」

「なっ、何をバカなことを言っているんだい君は!?」

「だってぇ、どう見たってロリ体型の愛葉先輩が嘘を言っているようにしか見えませんしねぇ」


 まあ確かに見た目が完全に小学生なので、これで生えてるとなれば……って、これ以上はマジで危険な気がしたので思考をストップさせた。


「そ、そういう君こそ、実は生えてないんじゃないかい!」

「は……はあ!? そんなわけないでしょう! 私なんてそりゃもう綺麗に生え揃ってますよぉ! ちゃんとお手入れだってしてますしぃ!」

「そんな慌てて様子が変だな。はは~ん、自分のことは棚に上げて実は……ってパターンじゃないのかい?」

「だから生えてるって言ってるじゃないですかぁ! この白衣ロリ!」

「ボクだって見事なまでに生えてるに決まってるよ! このギャルビッチ!」


 …………どうでもいいが、男がいる場所でよくもまあコイツらは、こんな恥ずかしい会話ができるもんだ。

 そろそろ止めておいた方が、俺の精神衛生上も良いと判断して、顔を見合わせ火花を散らしている二人に声をかける。


「……はぁ。はいはい、そこまで。おい姫宮、とにかくお前は広い家に引っ越したいってわけだな?」

「あ、ですです! センパイの香りがいっぱいのこの部屋も捨てがたいですけどぉ。さすがに手狭って感じなんでぇ」


 まあ一人暮らし用のアパートでもあるしな。そこに三人で暮らしているのだから狭いのは当然だ。


「お前の家の広さはどうなんだ?」

「センパイ! 私は一人だけ帰るなんてイヤですよぉ!」

「違う違う。お前の部屋に引っ越すってのはどうなんだ?」

「え? あーそういうことでしたかぁ。でも残念です。こことそんなに広さは変わりませんから」

「なるほど。じゃあ……」

「ボクのところもダメだぞ。この前、《ドローン》で様子を見に行ったら、部屋ごと荒らされていたし、何日か人が住んでいた気配もあった。見知らぬ他人が潜んでる場所で過ごしたいっていうなら案内するが」


 それは……ちょっとな。


 しかしこんな世界になってから空き巣狙いが頻発している。服や日用品、また食料などを奪う目的だろう。

 中には人が住んでいるのに急襲して強奪する輩も増えているらしい。

 そう考えると、ここもいつまでも安全とは言い難い。先の強盗犯が現れることもあるし、ダンジョン化だってするかもしれないからだ。


「ならやっぱり図書館へと戻ります? あそこならもうダンジョン化はしないでしょうし」

「ダメだな。今あそこは『ギフトキャッスル』が占拠している」


 先輩が言うには、ダンジョン化した大型拠点というのは、人数を抱えるギルドにとってはありがたい場所なのだという。

 確かに安全な拠点が手に入る上、大人数でも生活できるのだから喜々として手に入れたいところだろう。

 それに大学にはいろいろ利用できる施設などもあるし、入手ランキングでは上位に位置する場所であろう。


「そうですか。俺たちの目的は豪邸を手に入れることですけど、もういっそのこと一軒家でも購入して拠点にしてしまうという考えもありますが?」

「それはダメダメですよぉ! そんなことしたら豪邸が遠ざかってしまうじゃないですかぁ!」

「そうは言うがな。だったらお前が納得のいく物件を探してくるか? 人もいない、ダンジョン化の恐れもないような広々とした物件を」

「そ、それは……」


 そんな都合の良い物件なんてそうそう見つかるわけがない。


「こうなったら早くTポイントを貯めるしかないですかねぇ」

「そうだな。そのために節制してるって思って我慢したらどうだ?」

「むぅ……そうするしかないんですかねぇ」


 どこか釈然としていない様子のまま、姫宮はステータスを開いて操作し始めた。

 これで大人しくしてくれればと思い、俺も先輩と同様に読書で時間を潰そうと考えたその時だ。


「……あ」

「? どうした姫宮?」

「ちょ、センパイ、〝ショップ〟を開いてください!」

「あぁ? いきなり何言って……」

「いいから! ほらほら、愛葉先輩も!」


 俺は先輩と顔を見合わせたあと、姫宮の言うことに従ってステータスを出す。

 そして〝ショップ〟のメニューを開いた。


「ん? …………《オークション》?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る