第32話 異界化

 そして目的地へ辿り着き、《気配感知》を作動させると、中にはいろいろな気配が蠢いていることに気づく。

 やはり図書館にも多くのモンスターが出現しているようだ。


 気配だけではモンスターなのか人間なのかハッキリとは分からない。

 ただジ~ッとして動かない気配があるので、これが先輩の可能性が高いと踏む。

 俺は気配と鉢合わせしないように上手く隠れながら、動かない気配へと向かう。

 あれから姫宮からも連絡が無いことから、まだ先輩とは連絡が取れていないのだろう。

 つまり今もなお連絡が取れない状況にあることが分かる。


「……気配は地下から、か」


 ただしそこにはモンスターの存在も数多くいる。

 しかもフワフワと何かが飛んでいると思ったが、本がモンスター化しているのか、ブックモンという奴らが、かなり多く棲息していた。


 なるほど。確かにこれじゃあ、そう簡単に見つからないように脱出するのは難しいだろう。

 しかも上階に上がる階段の前にも、大型のモンスターが二体もうろついている。


「とりあえず消すか――【死界】!」


 二体のモンスターを同時に瞬殺して逃げ道を確保する。

 だが倒した時の断末魔の声で、ブックモンたちが集まってきた。

 その数――二十体以上。どうやら他のモンスターよりはレベルが低いようだが、一体ずつ相手にするのは面倒だ。

 だが討伐しないと先に進めないのも事実。


「ならせっかくだから――コイツを試させてもらおうか」


 俺はアイテムボックスから、ある武器を取り出す。

 それは手の中にポンと乗せられる程度の灰色の球体。

 集まってきているブックモンたちの中央付近目掛けて、それを投げ込んでやった。

 球体が床に触れた瞬間に、ガラスが割れたような乾いた音がする。


 同時に球体の中から灰色の煙が周囲に充満していく。

 その煙に触れたブックモンたちが、次々と石化していき床に落下し始める。

 ものの十数秒ほどで、かなりの数がいたブックモンたちは物言わぬ石と化していた。


「よし、大成功だな」


 今のは《石化玉》といって、文字通り煙に触れたものを石化させる効果を持つ。

 ただしモンスターのみ効果を発揮し、また自分よりレベルが高いものには効かない。


 そこそこ値が張る代物だが、こうやって一網打尽にしたい時には重宝できる。

 俺は石化したブックモンたちを踏ん付けては破壊していく。こうしなければ倒したことにならず経験値が入らないのだ。

 それに時間が経てば石化が解けるので、なるべき早く倒しておく必要がある。


「さてと、大分気配が減ったが……あっちだな」


 いまだ動かない気配を睨みながら近づいていく。

 すると掃除用具が入っているロッカーがそこにはあり、気配はその中からしている模様。

 ロッカー近くにも三体ほどフワフワ飛んでいるブックモンがいたので、【死界】を使って排除しておく。

 そして一応周りを窺ったあとにロッカーへと近づき、


「……先輩。愛葉先輩」


 そう声をかけると、ガタンッとロッカーから音がした。

 そしてゆっくりと扉が開き……。


「…………す、鈴町くん……なのかい?」


 ……ほっ。どうやら無事のようだ。


「ええ、そうですよ。待たせてしまってすみません」

「! 鈴町くぅぅんっ!」


 先輩がロッカーから飛び出し抱き着いてきた。


「怖かったのだぞ! とっても怖かったのだぞぉっ!」


 しがみつきながらも身体をプルプルと震わせている。きっと心細かったに違いない。

 何せ一歩外に出ればモンスターがウジャウジャいるし、いつ見つかるか分からないのだ。そんな中、たった一人で息を殺していたのだから不安だったはずである。


「まったく、寂しかったなら来るななんて言わなかったら良かったじゃないですか」

「ひっぐ……ぐすっ……だって……だってぇ……君を危険な……目に……合わせられるわけ……ないじゃないかぁ……!」

「俺なら大抵のことは乗り越えられますって。そんなこと誰よりもあなたが知ってるでしょうに」


 だってレベルが50を超えている『ギフター』なんてそういないだろうから。それにどんな凶悪なモンスターでも、俺がその気になったら即死させられることもできるのだ。

 それを知っていてもなお、俺の身の安全を優先するとは……。


 本当にこの先輩は……バカだな。


 だが何故かそんな心遣いに心地好さも感じる。


「……もう少しで《漂流》スキルを使いそうだったよ……」


 ああ、そういえば先輩にはあったな、そのネタスキル。まあリスクは大きいけど。


「よし、それじゃさっさとこっから出ましょう、先輩」

「う、うむ! 必要なものはすべてアイテムボックスにしまってあるから安心してくれ!」


 さすがは先輩。転んでもただでは起きない。

 俺は先輩を引き連れて、さっそく階段の方へと走っていく。


「さ、さすがだね鈴町くんは。ここにはずっと凶悪そうなモンスターが立ち塞がっていたのに……!」

「それよりも先輩、今ここには俺たち以外の人間も攻略にやってきてますよ」

「む? そうなのか?」

「はい。白い鎧を着こんでいる集団ですね」

「白い鎧? ……それはもしかしたら『ギフトキャッスル』の連中かもしれないね」

「『ギフトキャッスル』って、先輩が注目してる三つのギルドのうちの一つですよね?」

「うむ。所属メンバーは、皆『ホワイトリフレックス』という鎧の着用義務があるそうだよ」


 なるほど。じゃあ天都率いるあの連中こそが『ギフトキャッスル』だったのだろう。


「しかしついさっきダンジョン化したばかりなのに、もう攻略チームを作って入ってくるとは素早いね。きっと所属メンバーの数を活かして、あちこちに情報収集用のアンテナを張っているんだろうね」

「先輩みたいに《ドローン》を使ったり?」

「うむ。他にも実際に自分たちの足でパトロールしたり、積極的に他の『ギフター』と接触して情報交換などを行っているのだろう」


 なるほど。確かにそれなら比較的多くの情報を得ることができるだろう。少数部隊の俺たちにはできない芸当だ。

 すると図書館を出た直後に、姫宮からコールが入った。とりあえず確認してみる。


「あ、センパイですかぁ?」

「おう。こっちは先輩を確保した。双方無事に図書館を脱出したぞ」

「おお~、それは良かったですぅ! あ、それでですね、今私ってばグラウンドの上空を飛んでるんですけどぉ」

「何だ? 何かあったのか?」

「はい。よく分からないんですけどぉ、グラウンド区画が全部ジャングル化? してるんですぅ」

「…………は?」

「で~す~か~ら~、ジャングル化ですぅ! 木とか草とかたくさん生えてて、まるで別世界ですよぉ」


 言っている意味は分かるが、状況がよく飲み込めない。

 グラウンドがある区画といえば、ここから近いので、確認がてら様子を見ることにした。


 すると――。


「――な、何だこれ……っ!?」


 確かにそこには〝森〟が広がっていた。

 というよりまるでアマゾンのような光景だ。


「ふむ。さすがは大規模ダンジョンだね。どうやら〝異界化〟しているみたいだ」

「異界……化? 何ですそれ?」

「ボクも詳しくは調査中なのだが、どうも最近ダンジョンではこんなふうに、突然変異したような場所が出現することがあるという。まるでその部分だけが異界のように、ね」


 今までならたとえダンジョン化していたとしても、多少形や大きさが変わったりする程度だった。ここまでの変貌は見たことも聞いたこともない。


「ボクはダンジョンが徐々に進化しているのではないかと考えている」

「進化……ですか?」

「うむ。今までとは異なった現象が起き始めている。恐らく今後も、どんどんボクたちの予想を超えた何かが起こるだろう。その可能性は非常に高い」


 そんなの冗談だろと一笑にふすことなんてできない。実際にダンジョンが変わり始めているのだから。

 より凶悪に、より高難易度化しているといえるだろう。

 耳を澄ませば、ジャングルの中から悲鳴のようなものが聞こえてくる。恐らくは先に攻略に向かった者たちの声だ。


「センパ~イ!」


 そこへ俺たちを見つけたらしい姫宮が、上空からこちらに向かって降りてきた。



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