第10話 天才幼女もどき

「いやぁ、慣れればここは天国だぞ。何せここは知識の宝庫だからな!」

「それはそうですけど……もし大学がダンジョン化したらどうするんですか? そうでなくとも外からモンスターがやってくるかもしれないのに」

「ふむ。確かにその可能性は否めない。しかし安心したまえ鈴町くん! ボクという存在は、か弱く小さな蛹から気高く美麗な羽を持つ蝶へと進化したのだよ!」

「…………つまり先輩は『ギフター』になったと?」

「ぎふたー? 何だいその言葉は?」


 どうやら他と情報交換をしない先輩には初耳らしい。

 俺はステータス持ちのことがそうだと伝える。


「なるほどなるほど。世間ではステータスを持っている者をそう呼ぶようになったのか。なかなかに傲慢な呼び名ではあるな」


 だったらさっきの進化の発言はそうじゃないの? まあ勢いだけで生きているような先輩だから何も言わないけどさ。


「それで? 先輩はステータスを持っているんですか?」

「うむ! 君と同じだな!」

「…………どうして俺もそうだと?」

「元来君は臆病……というか慎重な性格だ。街中に普通に人間以上の凶悪な存在が闊歩しているのに、君が何の対応策も無しに出歩くとは考えられない。食料確保などのライフライン獲得のためならばいざ知らず」

「…………」

「しかし君は先程ボクが大学には誰も来ていないと言った時、こう口にしたね。『それを確かめに来たんですよ。誰かいたら情報交換でもできるかもと思って』と。たった一人で、しかもそんな手ぶらで、君の家から徒歩で三十分以上は離れている場所までわざわざ来るかい? ただ人がいることを確かめるだけに? いいや、リスクリターンに定評のある君が、そんな無謀なことはしない。するとしてもせめて武器や防護服など少しでも生存率を上げる工夫は必ずする男だ。それなのにまるでふらりと商店街に出るような恰好ではないか」


 ジロジロと俺の姿を見てふむふむと頷き、そしてビシッと俺に向かって指を差す。


「結論! 君もまたステータス持ちだからこその発言と格好というわけだよ!」


 ……さすが。


「さすがは大学始まって以来の天才と呼ばれるだけはありますね。まさかすぐにバレるとは思いませんでした」


 主席入学はもちろん、すべてのテストにおいてトップを維持し、高校の時も全国模試で一位をキープし続けた天才なのだ。将来の夢は司書らしいが、海外の有名大学のオファーすら蹴ってこの大学に進学した理由については教えてもらっていない。


「フフン、これもこのボクが君のことを知り尽くしているからなのだよ! 何と言ってもボクは君の先輩だからね!」

「……そうっすね。先輩……ぼっちですもんね」

「ぐはぁっ!?」


 がっくしと四つん這いに倒れ込む先輩。


「ふ……ふふ……いいんだいいんだ。ボクには友達なんて必要ないのだよ。ボクには……こうして気軽に会話を楽しめる後輩がいてくれるからね! ブイッ!」

「大学生がVサインってどうなんですかね」

「何で君はそんなに冷めてるんだい! もっと熱くなれよ! 心を滾らせて……ああいや、暑苦しいのはボクも嫌いだから君はそのままでもいいや」


 うん、こういうところが俺と似ているから、俺も気に入っている関係なのだ。


「ところで君は人探しに来たんだったね? どうだい? ボクと情報交換をするつもりはあるかな?」

「……別にないです」

「はぐぅっ!?」

「だって先輩、多分何も知らないでしょ?」

「ぐほぉっ!?」

「『ギフター』すら知らなかったですし。ここ十日ばかり、ずっとここに引きこもってたんじゃないですか? ……あれ? 役立たず?」

「がふぁぁっ!?」


 最後のがトドメになったのか、先輩がまるで頭部を狙撃されたかのように倒れ込んだ。


「……さ……さすがだよ……鈴町……くん。ここまでボクを……コケにできる人は、君をおいて……他にいない」

「いや、もうそういうノリいいんで。時間の無駄です」

「……はぁ~。相変わらずだな君は。……ふふ。ただこうして再び君に巡り合えたことに今は感謝しようではないか。できれば君もそう思ってくれると嬉しいな」

「…………ま、ここにいたのが先輩だったのは良かったですけどね」


 だって他に知り合いって呼べる人……いないし。

 それにまだ一年も満たない関係だけど、変に馬が合うというか先輩といると気が楽ということもあって、この人に対しては少なからず信用している部分もある。


「おお~、久々のデレだね! それを見たくてボクは君と一緒にいたのかもしれないな!」

「別にデレたわけじゃないんですけどね。ところで先輩はあの日……世界が変わってからマジでずっとこの図書館で?」

「あの日はそうだね……ボクが講義のない日はここに入り浸っていることは知っているだろう? あの時も講義が終わってすぐにここにやってきたのだよ」


 そしてそこで突如外が騒がしくなったという。

 一応何があったのか確かめてみたところ、スカイツリーの頭上に見たこともない物体が浮かんでいたのを見たらしい。


 そこでさっそく知的好奇心に火が点いた先輩は、少しでも情報を集めようとパソコンを開いたが、ネットにも通じず梨のつぶてとなった。


 だがそこへ【リオンモール】がある方角から、大勢の人間たちがこちら側にも逃げてきたようで、彼らが口々に叫ぶ『モンスターが出た』や『ドラゴンが現れた』などの発言を耳にする。

 先輩の読む書物は幅広い。本だけでなくネット小説などにも目を通すほどの活字中毒者でもある。


 故に昨今流行っているライトノベルなどにも造詣が深い。

 現実世界に突然モンスターが現れたり、異世界に通じるゲートが開いたりする物語を知っている先輩は、俺と同じく、半信半疑ながらステータスと口にしてみたらしい。


 すると目の前にステータス画面が現れ、凡その事情を把握したとのこと。

 しかしながら先輩の気性的に、主人公みたいにモンスターを討伐して最強を目指すといったような考えはなかった。

 先輩にとって大事なのは、己の知的好奇心を満たせるかどうか。


 先輩はこの未知なる状況を正確に知りたいと思い、一度家に帰って食料などを確保してから、再び図書館へと足を運んだらしい。

 だがすでに図書館は閉鎖されていたので、窓を壊して中に侵入したのだという。


「ん? あれ? でも入口が盛大に破壊されてたんですけど?」

「あー前に誰かが入ってきたようだよ。ここには貴重な資料や文献もあるし、それを強奪しに来たのだろうね。まあもっとも、ボクが先に確保して隠しておいたんだがね!」


 なるほどね。つまり先輩はほぼほぼこの場所で生活し続けていたということだ。

 実はこの図書館、元々体育館を改装して造られたことから、シャワー室などもあって身体を洗ったりもできるので、食料もあって水道が生きているなら生活には困らない。


「でも先輩はモンスターと戦った経験ないんですよね? じゃあレベルは……」

「うむ、1だね!」

「そんな胸張って言うことじゃないでしょう。ジョブとか教えてもらってもいいですか?」

「君ならば構わない。しかし情報は宝だ。ボクと君だけの秘密にしておくれよ?」

「当然ですね。あとで俺も教えますから」

「OKだ。ボクのジョブは――『錬金術師』。知識人であるボクには最も相応しいとは思わないかい?」

「これまたベタなジョブが出ましたね。けど憧れを抱いてしまうジョブでもある」


 イメージでしかないが、『錬金術師』というのは優秀な人間しか務まらない職業のような感じだ。

 豊富な知識と経験が必要不可欠で、天才、賢者などの二つ名にピッタリのジョブである。つまりは彼女だからこそ与えられた天恵のように思えた。




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